過ぎ去りし夢

「この国を救えるなら何でもくれてやる」


 燃え落ちる城で、身体中に槍を突き立てた竜人が忌野際イマワノキワに呟いた。


 血溜まりが玉座を囲み、溢れた血が階段を川のように流れ落ちる。壁や幕に燃え移った炎が天井を崩し、戦士の死体が散らばる謁見の間を燃える瓦礫で埋めていった。


 王家の末に生まれながら抜きん出た才を持ち、兄の誰よりも先に城をタマワり国をヤスんじてきた。


 その道のりに努力がなかったわけではない。

 役立たずの余計者は無用な権力争いを避けるためと称していつの世も消される運命にあった。


 生きたければ役に立つしかない。

 他に生きる道がなかったから、死に物狂いで情の薄い父にも仕えてきた。


 それが仇になろうとは。

 出る杭は打たれるのだ。


 自分の最後を想像したことはない。

 だが、それが身内に寝首をかかれ城を攻め落とされるものだったと誰が想像できたであろう。


 苦労して築き上げ、慈しみ、繁栄させてきた国が滅ぶ。それは断じて受け入れられなかった。


 全て灰になるのか。

 全てが無駄だったというのか。


 絶望という闇のなか、いよいよ勢いを増す火の渦に、黒いローブがはためくのが見えた。


 舞い上がる火の粉が幻を見せているのだろうか?


 フードからこぼれ落ちる白金髪プラチナブロンドの細い筋が、炎の色を焼けた鋼のように照り映える。燃え上がらんばかりの瞳が、玉座にもたれ掛かり、今命尽きようとしている竜人の王を見つめた。


 城が崩れようという時に、そのローブの人はクスブる炎がマダラに舐める絨毯カーペットをたどり、真っ直ぐに玉座へと近づいていく。


 黒い鱗におおわれた竜人の王は、途切れがちな息のなか僅かに視線をあげた。手を伸ばせば届くほど近く、血溜まりへ足を浸して人が立っている。


「今言ったことは本当?」


 思いの他澄んだ声が響く。

 フードをとったその人は、熱風に見事な白金の髪を靡かせ、端正な顔に柔らかな笑みを浮かべた。その姿は黒ずくめの衣装に似合わぬ天使のような清らかさだ。

 ただ、瞳の色が吸い込まれるように赤い。


「この国を救えば、何でもくれるの?」


 その美しい女は、周りの危機など一切見えないようすで王に語りかける。


 竜人は乾いた笑みを浮かべた。

 このように都合の良いことがあるものか。幻想だ。忌野際に己の願望が見せた夢に違いない。

 だが、このように甘美な夢ならば乗ってみるのも一興か。


「あぁ、何でもくれてやる。お前の欲しいものを言ってみろ」


 女は手を伸ばし、王のアゴの下を軽くささえて暗い笑みを浮かべた。

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