終わりの時間
「さて、魔法の時間は終わりだよ」
何処からともなく聞こえた声に、ふたりは驚いて振り向いた。
そこには漆黒のドレスを着た美しいご婦人が立っている。白い肌、銀色に波打つ長い髪。そして吸い込まれるように赤い瞳。ミミは誰に教えられることも無く、そのご婦人こそが森の主であると直感した。
「帰る所が見つかったなら、ここもう貴方の居場所はないわ」
そう言って口の端に笑みを浮かべると、パチリとひとつ指を鳴らした。
その次の瞬間、ルカがうめき声をあげ、苦しげにカウンターの陰にうずくまる。幾千もの針にその身を刺されたような痛みを感じて、とても立ってはいられなかった。
突然苦しみ始めた恋人の姿にミミの理解は追いつけず、慌てふためいてカウンターの向こう側へ回り込む。目に見えない何かに苦しむルカを、どうしてやることも出来ない。もどかしく思いながら、彼を胸に抱きしめてその背を撫でさすった。
「どうしたの? しっかりして!」
黒い羽根を撫でながら、ミミは森のご婦人に慈悲を乞う。
「彼が何をしたのか分かりませんが、どうか助けてあげてください。この森に足を踏み入れたのが悪いならそれは私が悪いのです。どうか、どうか」
しかし、森のご婦人はローブの袖で自身を覆ったかと思うと煙のように消えてしまった。
あっという間の出来事に、ミミは唖然と見送るしかない。
助けを乞う相手を見失い、苦しむ恋人を抱き締めながら、どうしたらいいのだろう。ミミが気を揉んでいるうちに、羽を逆立てて震えていたルカが、解放されたように動かなくなった。
「だめ、だめよ。ルカ! 何とか言ってちょうだい!」
不吉な予感に押しつぶされそうになりながら、ミミは夢中でルカを抱き起こす。その時、手をかけた肩の羽毛がガサリと抜け落ちた。触れば触るほど抜け落ちる羽をかき分けて、ルカを助け起こす。
埋もれるような漆黒の羽根の中、ルカの顔が現れた。
それはもはや鳥では無く、ミミのよく知った顔だった。静かに目を開いた彼の頭を胸に抱きかかえ、彼女はその髪に愛おしげに口づけを落とす。
魔女はルカの命を脅かしたのではなく。彼にかけられた呪いを解いてくれたのだ。ミミは感謝を述べようと再び彼女を求めて部屋に視線をさ迷わせた。しかし、森のご婦人の姿はどこにも無かった。
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