第264話 大阪市東成区東小橋のラーメン(ニンニクたくさんアブラ増し野菜増し増し)

「どうにも、年度末という気がしないな……」


 疫病により、じわじわと日常が侵食されていく。本来は次年度に向けてあれこれ感じるところもあるところだが、日々状況が変わりそれどころではない。


 ならば。


「できる対策をしよう」


 かくして、仕事帰りに私は鶴橋の地に降り立っていた。


 近鉄やJRの駅ではガチで焼肉の匂いがしたりする焼肉の街であるが、今日の目的はそれではない。


 免疫を高めるのだ。


 古来、ネギを首に巻いたりする民間療法があったようだが、ネギに含まれるアリシンは強力な殺菌作用があり、経験上そういった作用を利用していたと考えられなくもない。


 ネギの仲間でそういった作用が特に強いのは。


 ニンニクだ。


 だから私は、焼肉のある地ではなく、千日前通り南側を東へと歩く。


 さすれば、目的の店はあった。


 幸い、すぐ入れそうだ。


「つけ麺とまぜそばがあるが……ここはやっぱりラーメンだな」


 食券を確保し、他の客と間を空けて入ってすぐのカウンターに座る。


 水を持ってきてくれた店員に食券を渡し、


「ニンニクたくさんアブラ増しヤサイ増し増し」


 と、詠唱する。ニンニクたくさん、これこそがウィルス対策の呪文だ。


 後は待つばかりということで『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。


 明日で5周年を迎えるということで、記念イベントが始まっている。とか思っていたら、前のイベントの報酬があれこれ入ってきて、そちらの成長やら、おでかけやらを仕込んでいると、時間が掛かってしまった。


 気が付けば、盛り付けをしている気配があったので出撃せずに待てば、注文の品がやってきた。


「独特な見た目だなぁ」


 この店の丼は、V字型の鋭角で背の高いタイプ。その上に、山盛りの野菜が載っていると、全体で♦型のようだ。山盛りの野菜には、キメの細かい脂。麓にはでっかいチャーシュー二枚と、本命の刻みニンニクがどっさり。


 旨そうだ。


「いただきます」


 まずは、脂をスープに混ぜ込みつつ野菜を食すが、スープへの導線が確保できていないので、味が薄い。


 が。


「野菜用オイル、か」


 備え付けの容器から、野菜へ振りかけ食せば。


「ゴマ油ベース、か」


 香ばしい風味がプラスされてよき。


 そうして喰い進め、スープへの導線を確保。


 スープへ豚とニンニクと脂を沈め。


 麺を引っ張り出す。


「綺麗な麺だ」


 太く角ばった黄色い面は、ツルっと艶やか。


 頬張れば、固めでモッチモチ。豚骨醤油の風味があるが、まだ、弱い。


 どうやら、脂とニンニクがいきわたっていないようだ。


 しっかり混ぜて、再度食せば。


「ああ、ニンニク……」


 麺肌に細かい粒子がついて齧れば更に強烈な風味。


 これだ。


 これが、健康への切り札だ。


 勿論、ベースの豚骨醤油+背脂の味わいに支えられて旨みもばっちりだからこそ、いいのだ。


 そこで、豚を齧るが。


「む? 素朴すぎるな」


 が、それは、スープに合わせる前提だからだろう。


 改めてスープを潜らせ、更に備え付けの返しを掛ければ。


「ああ、酒が欲しい」


 最高の摘みになりそうな味わいに変わる。


 ずるずると麺を啜り、シャキシャキした野菜を食し、みっちりした豚を齧る。


 否応なく、抵抗力ロールにプラス修正がつくのを感じる。


 半分以上を食したところで。


「色々試してみるか」


 この店、備え付けの調味料が充実しているのだ。


 まずは、ラーメン胡椒。


「まぁ、これは無難だな」


 味が引き締まるのを感じる。


 次は、一味。


「ニンニクと異なる刺激……代謝アップだ」


 ここまでは、定番だが。


 次に。


「魚粉……は控えめに」


 味が変わり過ぎるので、麺と野菜に軽く振りかけて食せば、豚骨魚介風味を楽しめる。


 が、やはり全体がそうなると、何か違ってしまう。


 そういいつつ、最後に。


「これは、慎重にいかないとな」


 禁断の黄色いパウダーを軽く振りかけ。


 素早く麺と野菜ごと掬い上げて口へ運ぶ。


「おおう、これはご飯が欲しくなる」


 要するに、カレー粉だ。ポークカレー味だ。


 だが、今の気分的には豚骨醤油がメインがいいので、一過性の楽しみに留める。カレーな気分の時は最初からぶっかけるのもありだろう。


 そうして、残りは元の豚骨醤油ニンニクガッツリで楽しめば。


「もう、終わりか」


 麺も野菜も尽き。


 脂が浮かぶスープのみ。


 一口、二口、三口……


 名残を惜しめば、底に沈んだニンニクの破片が口内に。


 齧れば、免疫アップの味がする。


 だが、汝完飲すべからず、だ。


 追い駆けるのはほどほどにし。


 最後に、水を一杯飲んで未練を断ち切り。


「ごちそうさん」


 外していたマスクを装着し、店を後にする。


「しっかり喰ったし、少し歩くか」


 千日前通りを東へと。



 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る