第183話 東大阪市長堂の特製ふく流らーめん

「何もないな……」


 週末といっても、全員がめがねっ娘になるわけでもない金曜の夜。

 仕事を終えて帰った私を待っていたのは、とても寂しい冷蔵庫だった。


 ここのところ体調不良で食欲が微妙だったのもあるが、ろくなものがない。


「外に喰いに行くか」


 かくして、私は食事を求めて出かけることにした。


「せっかくだから、仕事帰りに余り寄らないところへいってみるか」


 ふらりと向かったのは、近鉄布施駅だ。隣の市まで足を運んで見るという試み。


「そういえば、商店街にご飯がおかわり自由の定食屋があったな」


 長らくそういうのを喰っていない気がする。


 ならばと向かったのだが。


「あれ?」


 心当たりの定食屋は、いつの間にかなくなっていた。


 代わりに、真新しい麺屋が出来ているではないか。


 しかも。


「おお、あの店の支店か」


 屋号を見れば、ずっと気になりつつ行く機会のなかった本町の麺屋と同じ。


「これも何かの巡り合わせか」


 定食はやめて、麺を選ぶことにする。


 店内は、最奥が厨房になっており、手前の壁際、中央に対面のカウンター。右手奥にテーブル席がいくつか。こじんまりとしつつもゆったりとした空間になっている。


「決まったらお呼びください」


 対面カウンターの手前に案内してくれた店員は、そう言って奥へ戻っていった。

 

「食券制じゃないのか」


 なんだかそれも久々な気がする。


 座席のメニューを見れば、メインは三種。


 鶏白湯の看板メニュー、煮干しラーメン、そして、煮干しまぜそばである。


「まぜそばは別の店舗で喰ったこともあるし、ここは、看板メニューにしておくか」


 そういう訳で、トッピングが豪華な特製の看板らーめんを頼むことにする。


 後は待つばかりとなれば、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動するのが自然な動作だ。


 だが、のんびりとおでかけを仕掛けたところで、なんだか厨房の中の動きがそろそろ出来そうな雰囲気に。


 出撃中に来ると食べるタイミングが狂うので控え、大人しく待つと、予想通り、ほどなく注文の品がやってきた。


「これはこれは……」


 大ぶりなレアチャーシューが丼の縁の半分を埋め、味玉と水菜が見える。


 それらの上には、山かけのような白い泡立つ何かが掛かり、スープが見えない。


 独特な趣の丼だった。


「いただきます」


 何か解らなければ、食べればいいのだ。


 泡状のものとスープをレンゲで掬って食べてみると、


「茶碗蒸し?」


 鶏の出汁とゆずの香り。柔らかい味わいで思い出したのはそれだった。


 とても、ほっこりする味わいだ。


 ドギツイ麺を食す機会が多かった気がするので、とても癒やされる。


 白い泡は、メニューに寄れば『柚子エスプーマ』というものらしい。エスプーマは、確かスペイン語で『泡』だから、そのまんまだな。


 改めてスープだけを掬ってみれば、薄褐色の白湯。出汁は鶏ベースだが、ポタージュ系まではいかない、優しい雰囲気のスープだ。そこに加わる柚子の風味の独自性もいい。


 麺を啜れば、スープがしっかりと纏わり付いていい塩梅。ズルズルと啜るのがとても楽しい。


 レアチャーシューも、味は強くなく、スープと調和している。


 味玉も、そこまで濃くない味付けなのが、スープに包み込まれることで丁度よい味わいになっていた。


 それらの中で、水菜の緑とシャキッとした歯応えがまたアクセントになっている。


「どうにも、想像していなかった味わいだなぁ」


 流石は看板メニュー。しっかりした個性を発揮した麺である。


 見た目の泡のインパクトを掴みにしつつも、派手にならないどこまでも丁寧に積み重ねられた味わいだ。


 こういった出会いは、とても心地良いものだな。


 元の味を堪能すれば、備え付けの黒胡椒を振り掛けてみる。


「ああ、いけるなぁ」


 柔らかい味にピリッとした締まりが加わり、印象が変わってくる。


 レアチャーシューにも振り掛けると、更にいい感じだ。


 続いて、一味を振り掛ければ。


「これは、薫りがいいな」


 一味は辛味だけでなく薫りも加わり、華やぐ。


 なんだか、幸せな気分に浸れる一時。


 ベースにあるのは、鶏白湯と柚子の香り。茶碗蒸しを彷彿とさせる和の味わい。


 アクセントを加えても、ブレないベースがあるからこそ、安心して味わえる。


 思いがけず、素敵な食との出会いになったな。


「もう、スープだけか」


 気づけば、麺も具材も食べ尽くし、薄褐色のスープが残るのみ。


「これは、いかねばなるまい」


 丼を持ち上げ、一息にスープを口内へ流し込む。


 適度に冷めたスープは、舌を優しく楽しませながら、胃の腑へと降りていく。


 短くも充実した至福の時。


 過ぎ去れば、残るは空の丼のみ。


 最後に、水を一杯飲んで区切りを付け、


「ごちそうさん」


 会計を済ませて店を後にする。


「せっかく布施まで出てきたし、この辺りをぶらついてから帰るか」


 夜の布施の街へ、足を運ぶ。

 





 


 


 

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