第176話 神戸市中央区相生町のスペシャル定食Y

 今日はとある舞台に立つために、神戸へとやってきていた。

 集合時間が13時。

 こうなると、家で昼食を取ると早い時間になり、腹が減る。

 ならば、現地で食うに限る。


 ということで、丁度お昼時をターゲットに神戸駅へと降り立っていた。


「さて、何を食うか?」


 演奏会場の付近には神戸発のチェーン店の本店がありそこへいくのもいいか、と思ったのだが。


「腹が、すごく減ったな……」


 どうにも神戸についたところで腹の虫が限界を迎えていた。


 そこまで歩くのも辛い。


 ならば、神戸駅近隣で済まそうか? 前に行った店にもう一度いく、というのもいいかもしれない。


 そうして、駅の北側を東に少し歩いたところで。


「お、なんか、よさげな店があるな」


 微妙な脇道の入り口にひっそりと佇むこじんまりした中華屋だ。


 見れば、沢山の中華料理の定番メニューに麺もあり。定食も豊富ときた。


「よし、入ってしまおう」


 腹の虫に促されるまま、店内へと。


 民家のような雰囲気の店内は、仕切られた厨房の前に真っ直ぐのカウンターのみ。奥に木製の階段があるので、二階席では宴会等も可能なテーブル席があるように見受けられる。


 ともあれ、孤独に訪れたのだからカウンターで必要十分だ。


 空いている席に陣取り、メニューを眺める。

 

 定番のチャーハンと麺の定食にしようと思ったところで。


「スペシャル定食? そういうのもあるのか」


 カウンターの上に並ぶメニューに気になるものを見つけた。店外のメニューにはなかったものだ。


「しかも、種類がある……」


 基本は、麺とチャーハン+1品のようだ。


「スペシャル定食Kは……唐揚げか。Gは餃子、Tは手羽先……Yはなんだ?」


 メニュー写真にはカツのようなものが見えるが、詳細は何も書かれていない。


 ならば。


「スペシャル定食Yを」


 行くしかあるまい。


 水を持って来た店員に迷わず注文を告げる。


 と。


「豚骨と醤油どちらにしますか?」


 どうやら、麺の種類が選べるらしい。


 ここで、豚骨はダシ、醤油はタレなんで選択肢がおかしいとか面倒臭いツッコミは無粋だろう。


 ここのところ、豚骨が続いているというかメインになっている気がするので、


「醤油でお願いします」


 これでいいのだ。


 かくしてメニューは確定し、腹の虫への奉仕までの時間を『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイして過ごす。


 現在は、クリスマスイベント。特に眼鏡的な報酬もなく、学園乙女の想いをボチボチ集めているところだ。


 どれぐらいの時間掛かるか見えないので、おでかけを仕込み、時間帯的にギルドバトルを一戦こなしたところで、注文の品が五月雨式にやってきた。


「ラーメンはすぐに持ってきます」


 ということで、最初にやってきたのはチャーハンだった。


 黒みが強いのは醤油かソースだろうか?


 ワクワクしてきたところで、麺もすぐにやってくる。


「おお、中華屋のラーメンだ!」


 褐色のスープに、薄切り蒲鉾とチャーシュー二枚、メンマに刻みネギ。麺は中細ちぢれ麺。


 そうして、


「油淋鶏は、少しお時間頂きます」


 と告げられた。


「なるほど、Yは油淋鶏のYか」


 スペシャル定食の追加の一品は、Gが餃子、Kが唐揚げ、Tが手羽先、Yが油淋鶏。末尾のアルファベットは、その一品の頭文字だったのか。


 謎が解けてスッキリしたところで、麺に手を付けていく。


 まずはスープ。


「安心する味だなぁ……」


 どこまでも気を衒わない、やや甘み強めの鶏ガラ醤油らしき味わい。麺は少し固めだが、食べ応えがあってよい。


 軽く麺を味見しているところに、遂に油淋鶏がやってきた。


「でかい、な」


 薄切りとはいえ、鶏肉の一枚揚げのような状態に、刻みネギが散らされ、ピリ辛のタレが掛かっている。その下には、キャベツと水菜のサラダが敷かれている。奴がいないことを確認して、ホッと一息。


「頂きます」


 全品が揃ったところで、改めて挨拶する。


「ピリ辛ダレ、うまいな」


 中華屋だけあって、中々本格的な味わい。これとご飯だけでも十分いけるぞ……って、ご飯とスープが付いた定食が普通にあった。そりゃそうか。ここは中華屋だ。


 続いて、黒みが強いチャーハンだが。


「おや? そこまで味は濃くないな」


 ごくごくオーソドックスな中華味チャーハンである。具材も玉子とネギと刻みチャーシューと定番。だが、それがいい。


「ああ、なんか、こういうの忘れてたなぁ……」


 どこまでも素直な醤油ラーメンとチャーハン。そこに、中華屋らしいしっかりした油淋鶏。


 ガッツリ味やドロドロのスープや山盛りのニンニクとヤサイがなくとも、腹よりもまず心が満たされていくのを感じる。


 素朴だが丁寧な味わいに、腹の虫はしみじみと穏やかに鳴りをひそめていく。


 というか、油淋鶏が加わった分、中々のボリュームである。


 だが、まだまだいける。


「そうだ。こういうラーメンには胡椒だ」


 粗挽きではない、白色の粉末を振り掛ける。


「そうそう、これだ、この味だ……」


 期待通り、ピリッとした刺激が食欲を増進させてくれる。


 特にガツガツいく訳ではない。


 自分のペースで、安心の味のラーメンを、定番の味のチャーハンを、しっかりした味わいの油淋鶏を食していく。


 腹と心を、しみじみ満たしていく。


 満たされていけば、それだけ器の中身は減っていく。


 すっかり満たされたところで。


「そうか、終わりか……」


 カラッポの三つの容器が目の前に並んでいた。


 粛然とした気持ちで水を一杯飲んで一息入れ。


「ごちそうさん」


 会計を済ませて店を後にした。


「これで、今日の演奏会への備えはバッチリだな」


 満たされた気持ちで、山側、ホールのある方向へと歩みを進める。


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