第163話 大阪市中央区難波千日前の四川麻辣麺
「腹が、減った……」
仕事を終えた私は、腹の虫の騒ぎに辟易としていた。
こういうときは、欲望の赴くまま、喰いたいものを喰うに限るであろう。
そこで、気になっていた麺の存在を思いだし、難波で下車して店へと向かうのであった。
Auferstehung ……と交響曲第二番『復活』の一節を口ずさんでしまう、そんな新メニューを思い浮かべつつ店に着けば、開店直前。
入り口前で少し待ち、先頭で入店する。
「これだこれだ」
入ってすぐの券売機に見慣れない絵面のボタンがあった。
四川麻辣麺。
そう、マーラーだ。ゆえに交響曲第二番『復活』だった。
能書きはいい。
腹の虫の感じるままに、喰いにきたのだ。
奥の席について使い回しで『限定2』と書かれた食券を出す。
「ニンニク入れますか?」
と尋ねられるが、この店にマシシステムは存在しない。詠唱してもその旨説明されるだけである。
紛らわしいとは思うが、そもそも字面通りのことを確認されるのだからこうなるのは致し方ないだろう。
「入れてください」
素直に答えれば、後は待つばかり。
おもむろに『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい~』を起動する。今日は『
だが、このラインナップで新ショット引っ提げて現れたのがザガートというのがなんともケイブらしくて楽しい。勿論、ラブマックス可能だ。
それはさておき、アクティブポイント回復にまだ時間が掛かりそうで無理に消費する必要もないだろう。
適度におでかけを仕込んで、チャンピオンを読み進めることを優先することにした。
すぐに死ぬ吸血鬼の話だけど今回主役不在だったけど面白くて笑っている頃、注文の品がやってきた。
「ほほぉ、これはこれは」
ベースは大盛の麺に山盛りの野菜、そこに埋もれる山盛りニンニク。
その上に、フライドオニオンが散らされ、薄切りの豚焼き肉が添えられている。
更に、緑の刻みネギが色鮮やか。
頂上に乗る檸檬薄切りがなんとも爽やかさを演出しているではないか。
さすが
「いただきます」
まずは、野菜の裾野から覗く赤いスープを頂く。
「おお、これは、いける」
この店のいつものメニューと方向性の違う味わい。
ピリ辛の風味に出汁の旨味。
だが、それだけではない。
なんともいえない、口の中に広がる味を越えた何か。
それが何か?
考える前に、野菜をしっかり味わう。
フライドオニオンのカリッとした歯応えと風味、ネギの辛味、豚の旨味。
それらを包み込む、スープの味わい。
「これは旨いぞ」
続いて麺を箸で掴めるだけ掴んで頬張れば口内に広がる幸せ。
そこまで味わって水を一口飲んだところで、先ほどから口内に広がる味の外側にあるものが何か気付いた。
水で洗われた舌に残る感覚。
それは。
「痺れ、つまり、麻味か」
四川料理の象徴とも言える、花椒だ。
麻辣麺。麻は花椒、辣は唐辛子。シビカラと呼ばれる味わい。
これは、いい麻辣だ。ご立派な痺れだ。
何しろ、あれだけ入ってしっかり効いてるはずのニンニクさえも越えてくるのだから。
味の理解が深まったところで、
「ならば、この存在意義を問うのも一興か」
使い所に悩んでいたスライス檸檬である。
全体には明らかに足りないので、スープをレンゲに入れて、そこに軽く絞っていただくと。
「酸味プラス…すっぱシビカラ、いい」
なるほど、こういう狙いがあったのだな。
なんというか、今までの限定で一番好きだ、これ。
喰いたいと思ったら喰う、大事。
食の幸せを噛み締めながら、麺を食む。
肉もやしネギ麺。
渾然一体となったそれを包み込む麻辣味。
ときおり檸檬を絞って酸味を足すのも楽しい。
美味しい麺を食べていると、時の流れがおかしくなる。
「なんで、もう、ないんだ……」
あれだけ山盛りだった器の中身が、すっかりない
「なぜだ……」
終わりが近づく幸福を、レンゲでスープを啜って繋ぎ止める。
ご立派な痺れに舌を晒す。
ああ、飲み干したい。
が、珍しく戒めが頭に浮かんだ。
汝、完飲すべからず。
「そうだな、さすがにこれはキツイ」
刺激もだが、その刺激に負けないぐらいのショッカラさというか元々の味の濃さは健在なのである。
健康に気を遣って、スープは少し残そう。そうしよう。
決心を揺らがさないために、水を一杯飲み干して舌に残る痺れの残滓を楽しみ。
食器を付け台に戻して、
「ごちそうさん」
店を後にした。
心地良い食の悦びに浸りながら、夜の日本橋へと。
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