第157話 大阪市西区江戸堀の鯛坦麺【辛さLEVEL:3辛】
腹が減っていた。
空腹が、腹の虫を騒がせていた。
仕事帰り。
とっとと帰って簡単に飯を済ませてあれこれやるべきことがある、と思っていたのだが、どうやら無理らしい。
ならば、せめて。
「今まで喰ったことのないところに行って刺激を得よう」
かくして私は、土佐堀近辺のオフィス街を歩む。
自称日本一短い商店街を通りがかり、今は亡きメニューが最も好きだったつけ麺屋にフラフラと吸い込まれそうになるのを回避し、更に西へと歩みを進める。
この界隈は、色々な店がある。
その内、めぼしい店があるだろう。
腹の虫とのチキンレース。
限界前に、見つかれば吉。
西へ進んでいくと、そのまま土佐堀通りへとぶつかる。
道なりにしばらく進むと気になる店があったが、まだ、そこじゃない。
ならば、と。
少し南へ折れてみたところ。
「なんだ、これは?」
変わった名前の店だった。
なぜだか、心の
どうやら先月オープンしたばかりの店らしい。
メニューも、ありそうでない。
「坦々麺じゃ、ないのか?」
そこに書かれていた文字は、
『鯛坦麺』
字面からして、鯛の入ったタンメンという訳ではないだろう。
気になる。
覗いてみれば、時間が早めなので、客もまばら。
ならば入ろう。
かくして、木目調の洒落た雰囲気の店内へと。
正面に厨房。それをL字に囲むようにこじんまりしたカウンターがあり、そのカウンターの周囲を更にL字に囲むようにテーブル席が並ぶ。
こじんまりしつつも、綺麗に纏まった印象だ。
食券制のようなので、入って左手の食券機へと向かう。
サイドメニューや飲物もあるが、ここは基本に従おう。
どうやら、汁ありと汁なしがあるようだが、今は汁ありの気分。
更に、辛さが選べるようだ。
「こういうの、いきなり最高レベルといういうのもなぁ……」
激辛、という文字に惹かれるが、それは避け、直前の3辛の食券を購入する。
空いてる席はどこでもOKという感じだったので、空いていたカウンターの隅へ陣取る。
すぐに、店員が水を出し食券を回収していく。
さぁ、後は待つばかり。
『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在は、カトレアさんと半神セイラザードさんのイベント。幸い、半額十一連でセイラザードさん確保済みなのでアクティブポイント稼ぎが捗っている。
とはいえ、出てくるまでの時間が読めないので出撃は控えよう。
おでかけをのんびり仕込んでいれば、目の前の厨房で麺上げが始まった。
いよいよ、か。
少しして、注文の品がやってきたのだが。
「おお、見た目からしていい感じだ」
見慣れた坦々麺とは一線を画する。
白っぽいスープにラー油らしきもので赤みがプラスされるところまでは、それらしいが、具材が目を惹くモノばかりなのだ。
チャーシューが2枚乗っているが、種類が違う。恐らく、豚と鶏だ。豚は赤みを帯びたレアチャーシュー。鶏は、真っ白なところから胸肉だろう。
水菜と紫キャベツがチャーシューに寄り添うように盛り付けられ、チャーシューと共に黒っぽいソースが掛かっている。その一角だけ観ればサラダに見える。
更に、糸のように細く切ったかき揚げのようなものが乗っている。
そして最後に、ゴマを塗した赤黒い団子のようなもの中央に鎮座していた。
なんだろう?
と考えていても腹は膨れない。
食べよう。
「いただきます」
箸とレンゲを手に、挑む。
まず、スープの中から麺を引っ張り出す。
現れたのは中太縮れ麺だ。そのまま、当然口に放り込めば。
「ああ、確かに坦々麺だ」
店内のあれこれから類推するに鯛出汁を使っているのだろうが、淡泊にはならず結構しっかりした味わい。
それだけでも上手いが、よく解らない玉が味噌か何かかもしれないので、スープに混ぜてみることにする。
「ん? これ、味噌というか肉?」
目の細かいミンチのような、そんな感触だ。
まぁいい。
これだけきめ細かいんだ。混ぜる前提なのは確かだろう。
そうして、改めて食せば。
「おお? 味が一気に深まった……」
どうやら、肉と魚を練り合わせたものだったようだ。
それらが何かまではよく解らないが、ただの坦々麺ではなくなってきた。
これが鯛坦麺か。
いいぞ。
「って、本当にこの一角はサラダだな」
思いの外たっぷり入っている水菜と玉葱を合わせて食べると、さっぱりした味わい。酸味のあるソースはやはりドレッシング系のようだ。
「次は鶏チャーシューを」
一口囓れば、とても柔らかく淡泊な味わい。
「なるほど、スープと合わせるんだな」
すると、レアなだけにゴマダレで食べるしゃぶしゃぶ的な味わいになる。
「当然、こっちも」
豚に手を付ければ、こちはしっかり味がありつつ、やはり豚しゃぶ風味。
「あとは、この謎のかき揚げだが……」
糸のように細い何かをかき揚げにしているようだが、口に入れてみれば。
「もしかしてこれ、ポテトか?」
どうやら、超細切りのポテトをかき揚げにしているようだ。
ポテトフライと言ってしまえばジャンクフードの代表格だが、この坦々麺のスープに浸して柔らかくして食べるとなんだか優しいお味に感じられるのだから、不思議なものだ。
そこまで鯛を感じることはないが、坦々麺として捉えると斬新で新鮮な味わいだ。
「って、そこまで辛くないな……」
3辛にした割には、そこまで痺れも辛味もこない。
勿論、根っこにそれらは感じるのだが、大したことはない。※個人の感想です
「次は激辛にしよう」
と、思わず次回の来訪を考えてしまう程度には、楽しい食の時間を過ごすことができている。
そこまでの量はなく、替え玉もサイドメニューの鯛めしも頼んでいない。
気がつけば、鯛坦麺は底を尽きそうだった。
いいさ。
最後までいこうじゃないか。
レンゲで残ったスープを啜る。
ゴマのまったりした風味と、複雑な出汁の味わいが絡み合って、知っているようで知らない坦々麺、否、鯛坦麺の世界を口内に繰り広げてくれる。
印象的な味だ。
全てを飲み干し、一頻り余韻に浸る。
最後に、水でリセットして、一息。
「ごちそうさん」
店を後にする。
「またいずれ、来よう」
次は激辛をいただこう。
そんなことを考えながら、駅を目指して東へ歩む。
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