第129話 大阪市浪速区日本橋の冷やしまぜそば(野菜マシマシハイカラボールマシマシマヨソースマシマシ)

「なんだか、疲れが抜けないなぁ……」


 確かに春の気配は感じるのだが、未だ明け方はは冷え込む。着るモノに困る季節だ。寝るときにちょうどいいように調整すると、明け方の冷え込みに起こされることしばし。


 変幻自在の気候の奇行に抗う機構もなく、どうにも寝不足気味な日々が続いている。


 それでもどうにか仕事をこなして職場を脱出し、細々した買い物のために難波からオタロード方面へと向かう最中、


「腹が、減ったな……」


 疲れに空腹が重なると、パフォーマンスが著しく落ちる。本題の買い物の前に、どこかで腹拵えするとしよう。


 オタロードをダラッと南下していると、


「ん? また、新しいメニュー、か?」


 東に折れてすぐのところにある店の前に、見慣れない看板が出ていた。


 腹の虫は待ったなし。


 気がついたなら、そのまま挑むが吉だが。


「『冷やし』か……」


 警戒レベルが上がる。


 麺類を冷やしたものには、高確率であの植物が入っているからだ。


 一体全体、どうしてあれを入れてしまうのか? あれが入ると私にとっては食べ物でなくなってしまう。


 幸い、写真付きだ。慎重に慎重に、隅から隅まで確認し、


「うん、これならまず入ってないな」


 確信を得られたので、食券を購入する。


 二人ほど並んでいたが、丁度そこで店内からぞろぞろと先客が出てきたので、すぐ入ることができた。


 席に落ち着いてセルフの水を飲んだところで、店員が食券の回収にやってくる。


 トッピングを尋ねられるのだが、このメニューはいつもと違うラインナップ。野菜は共通だがニンニクはなく、代わりにハイカラボールとマヨソースというジャンクなトッピング。


 ハイカラボールは、観たところ、唐辛子入りの揚げ玉。ハイカラうどんとかの『ハイカラ』と、とても辛いという『ハイ辛』を掛けているのだろうか?


 マヨソースの方は、その名の通りマヨネーズベースのソースだろう。


 このラインナップなら迷うことはない。


「全部マシマシでお願いします」


 これしかないだろう。


 注文を通せば、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動しておでかけを仕込んだり試合をこなしたり、ジャンプを読んだり思うままに過ごせばよい。


 さすれば、注文の品はやってくる。


「うん、中々カラフルで面白い見た目だ」


 丼に山盛りの野菜。斜面に立て掛けるように並ぶ大ぶりの豚。


 あちこちに散らされた大量の赤い揚げ玉と、全体に塗された白いマヨソース。


 頂点に添えられた刻みネギの緑がいいアクセントになっている。


「いただきます」


 箸とレンゲを手に、まぜる。


 この工程で手を抜くと、薄味のまま食べ進んで後半で後悔することになる。


 だが、だ。


「腹の虫は待ってはくれない、か……」


 適当に野菜をつまんで口へと運ぶ。


「ん? なんか、サラダって感じだな」


 まぜそばのタレは、豚骨醤油ベースっぽいのだが、マシマシにしたマヨソースが勝って、更には冷静なのもあって、サラダ感覚だ。


 などと思っていたら、


「済みません、これ、入れ忘れてました」


 と、小皿に乗せられた薄切りの茹で豚を出される。本来はそれが上に乗ってくるということだ。


 遅れ馳せながらまぜそばに加え、頂けば。


「あ、これ、冷しゃぶだ」


 基本ガッツリ系の店で、こんなにさっぱりした味わいのものが出てくるのはとても新鮮だ。タレがそれほど強くないので、完全にマヨドレで頂く冷しゃぶ。たっぷりもやしがいつもと全く違う趣なのが嬉しい。


 元々の大ぶりの豚も、マヨドレ味の中では素朴に素材の旨みを楽しめる。


 そんなさっぱりの中にあって。


「ハイカラボール、いい仕事してるなぁ」


 背脂のようなこってりさはないが、それでも揚げ物だ。唐辛子風味のスナック感覚だが、このさっぱりの中では相当の存在感を示す。


 さっぱり風味で、冷やして締まってバキバキの極太麺を力強く咀嚼している一時は、なんとも幸せである。


 ふと、その幸せが、少しずつ遠のいていくのを感じる。


「流石に野菜マシマシだと、薄まるか」


 徐々に水分が全体の味の輪郭をぼやかしてきた。


 だが、大丈夫。


「そんなときのための、かえしだ」


 この店は席にかえしがある。比較的野菜の盛りがいい=味が薄まり安い店だけに、自分で細かく調整できてとてもありがたい。


 かえしを回しかけして適宜味を調整しながら、それほど負担を感じずに食べ進めて四分の一程度の残りになったところで。


 冷たい料理喰ってるはずなのに、一筋の汗。


「ここで、ハイカラボールが勝つ、か」


 タレに浸かって適度に溶けて、内包していた唐辛子が解放されていた。乳白色が薄く褐色を帯びたような色合いのタレが、紅く染まりつつあった。


 辛党だが、それでも辛いと感じられる程度の効き具合。


 マシマシは伊達じゃなかった。


 いいぞ。


 これぐらいの辛さはウェルカム。


 ここでまた新たな味わいに触れて食を楽しむ。


 しかし、人はなんとも欲深い。


 十分旨いのだが、そこに何かもう一声欲しくなってくる。


 そうなって、ようやく気付く。


「しまった。これがあった……」


 備え付けの調味料の中に、ゴマがあったのだ。


 絶対合うぞ、これ。


 もう一声に申し分ない薬味だろう。


 残り少ないが、まだある。


 ならば、いくしかあるまい。


 ゴマの容器を丼の上で振り回し、たっぷり振り掛ける。


 焦る気持ちを抑えて混ぜ合わせ。


 口へ運べば。


「ああ、これが、完成形、か」


 まぜそばだけに、これまでのあれこれが渾然一体となった味わいに、ゴマの風味がとても心地いい。


 もっと早く入れればよかったと思わないではないが、今、こうして味わえたのだからいいのだ。


 最後の最後まで新鮮な味わいを楽しみ。


 冷たい辛味に身を晒して汗ばみつつ。


 水を一杯飲んで一息吐いて。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、新刊買いに行くか」


 オタロードを南へ歩み、アニメイトビル4Fを目指す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る