第111話 大阪市浪速区日本橋のマゼニボ

 始まりがあれば終わりがある。


 昨年末から某シネマコンプレックスのフリーパスをゲットして映画三昧していたのも、今日で終わり。


 ゆえに、仕事帰りに難波で英国紳士が活躍するが仕立屋ではなく子グマな映画のチケットを確保していた。だが、上映まではまだ少し時間がある。


 腹の虫も騒いでいる。


 ならば、夕飯を先に済ませるが吉であろう。


「そういえば、最近オープンした店があったな……」


 かくして、オタロードへと至り、少し南下したところで、目的の店はあった。


「面白い佇まいだなぁ」


 目立つ黄色いテントから、ビニールカーテンが垂らされた創り。店内はコの字型の小さなカウンターで一辺には三人ぐらいしか並べないサイズ。


 椅子はなく、立ち食いスタイルだ。


 その奥には、これまたこじんまりとしつつもシステマチックに纏められた厨房があった。


「さて、食券を買いますか……って、意外に暖かいな」


 白い息を吐きながら入ったカーテンの中は暖房がしっかり効いていて、とても心地良い。


「潔いメニューだなぁ」


 まぜそばの専門店というだけあって、基本はまぜそば一本。ただ、基本の煮干しに対して、煮干しが苦手な人のためにツナバージョンを用意している辺り、中々卒がない。


「煮干しはむしろウェルカムだからな」


 という訳で、基本メニューの食券を確保して厨房寄りのカウンターにつけば、一人で切り盛りする若い女将がすぐにやってくる。


 どうやら、大盛りも同料金のようで大盛りを頼んでしまえば、あとは待つだけ。


 現在、アクティブポイントで『ほんまかいな劇場』版の【くく…】リリーが手に入るので頑張って稼がねばならぬのだ。


 とはいえ、おでかけと試合をこなしていれば時は流れる。不用意に出撃するのもなんだしと思ったところで、タイミングよく注文の品がやってきた。


「中々個性的だな」


 醤油と背脂の濃いめのタレ、薬味として刻み玉葱とネギ。存在感を主張する、厚切りハムのようなレアチャーシュー。まぜそばとしてはオーソドックスな中太ストレート麺。そして、それらの上にこれでもかと降り積もる煮干しの魚粉。


 見るからにジャンキーで旨そうだ。


「頂きます」


 箸を手に、混ぜ合わる。


 経験は人を育てる。ここでしっかり混ぜ合わせなければ、まぜそばはそのポテンシャルを発揮しきれないのだ。


 丁寧に箸で持ち上げては戻してと混ぜれば、全体が醤油だれの黒みを帯び、魚粉も全体に行き渡る。


「では、そろそろ……」


 タレの纏わり付いた麺を啜れば、


「くぅ……ガツンとくるねぇ」


 煮干しと醤油の和のテイスト。それでいて背脂によりガッツリ感があって空腹にはたまらない。


 ずるずると啜って腹の虫の騒ぎを収めていく。


 だが、刺激にはなれてしまう。


 食べ進める内に、何か、ひと味が足りなく感じてきてしまった。


 ここに必要なものはあれだが……


「解ってるなぁ、流石に」


 勿論、席に置いてあったおろしにんにくの容器にニヤリとする。


 ガッツリ醤油味には、ニンニクが欲しくなるのが人情だ。インフルが流行る昨今、その予防にもなってとてもいい。


 小さなスプーンに大盛り二杯を投入して、再び混ぜ合わせれば。


「これだよ、これ」


 期待通り、足りないものが埋まった味わいに交響曲第九番歓喜の歌を奏でる腹の虫達。


 こうなれば、もう、私は食べるマシンと化す。


 ずるずると啜る。


 ときおり混ざる玉葱のシャキッとした歯ごたえと辛味。

 ぶつ切りのネギの風味。

 そして、トンテキのような厚切りのレアチャーシューのボリューム感。


 それらを包含してのまぜそば体験。


 幸福な食の時間である。


 立ち食いスタイルでは、カウンターが遠い。


 丼を持ち上げてガツガツといけば、あっというまに麺は姿を消してしまう。


 名残惜しいが、何、この店には嬉しいサービスがある。


「追い飯、お願いします」


 そう、残ったタレと絡めて食べる〆のご飯も料金に含まれているのだ。


 しかも、量もある程度選べるようながら、大盛り麺の後なので普通にする。


 そうして、半膳ぐらいの軽い盛りの米を残ったタレにぶち込めば。


「これが米に合わない理由はないよなぁ」


 煮干し主体の旨みを纏った米が麻薬のように脳に多幸感を叩き込んでくる。

 味噌汁の定番の出汁でもある煮干しが米に合わない訳がない。

 

 丼を持ち上げ。

 箸でガツガツとかき込む。

 余りのがっつきぶりを女将に突っ込まれるのも一興。

 糖質を摂取する喜びに満たされながら。

 全てを平らげる。


 幸せな時間は、遂に終わりを告げ、目の前には空の丼があった。


 最後に、水を一杯飲んで一息。


 気さくな女将に「美味しかった」と素直な感想を述べ。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


 さて、劇場へ向かうか。


 オタロードを北上し、映画館を目指す。


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