第66話 大阪市浪速区難波中の四川屋台担々麺

 気がつけば、もう六月だ。今年が半分終わろうとしている。

 

 早いものだ。


 私は、前に進めているだろうか? 同じ事を繰り返しているだけの日々を過ごしていないだろうか?


 少々の残業を経て仕事帰りの私は、買い物のために立ち寄った難波の街を歩きながらそんなことを考えていた。


 どうしても、この街には引き付けられてしまう。目的地は隣の日本橋だが、徒歩数分なのでまぁ、そこはアバウトに。


 それだけに、思うのだ。


 同じ事を繰り返してしまっているのではないか? と。


 だから。


「行ったことのない店に行ってみよう」


 空腹に苛まれた私は、その方針の元で店を選ぶことにした。


「幾らでも、あるんだよな」


 大阪ミナミの繁華街。飲食店はそこら中にある。


「そういやここ、入ったことないよな」


 高島屋の西側。高速沿いの一角にある店の前で足を止める。


 ちょっと洒落た感じの、本格四川料理の店という佇まいになんとなく敬遠していた店だ。だが、こうして立ち止まって店頭に据えられたメニューを見てみれば。


「む、熱い四川の視線を感じるぞ?」


 夏が近づく昨今。四川の山椒唐辛子には心惹かれるものがあった。


「うん、正直、悩んでいられるほど私の空腹は大人しくないぞ」


 今年は酉年だけに思い立ったが吉日。なせばなる何事も。なぜかはしらないがな!


 というわけで、変なテンションになった私は、店の扉を潜っていた。


「お好きなお席へどうぞ」


 入ってしまうと、こじんまりしたカウンターと小さなテーブル席が二、三ある店内。奥に階段があり二階席もあるようなので、見た目よりは入れそうな感じだな。


「さて、メニューは……」


 四川といえば、担々麺。


 担々麺と言えば、元々担いで売り歩いていたというが、この店の担々麺の名称は、四川屋台風担々麺。うん、なんだか本格の香りがするぞ? クイーンとかクリスティとかカーとかヴァン・ダインとか……という意味ではないが。


 迷わずそれを頼もうとしたのだが、新味甘口と元味辛口の二種類があるらしい。


 いや、ここはもう、元味辛口しかないだろう。


 他にも色々とサイドメニューもあるが、


「半チャン……これだ!」


 麺に炒飯。背徳的な糖質と脂のコンボだが、今はそんなことを考えない。


 腹の虫が求めるままに食うことが、健康の秘訣。地球に好かれてしまってより大きな力で引っ張られてしまいそうだが、大丈夫、いざとなれば熱い四川の人だけが地球を回してどうにかしてくれるはずだ。多分。


 などと馬鹿なことを考えていたところに、店員がやってきた。


「四川屋台風担々麺 元味辛口で。あと、半チャーハンも」


 決めていた注文を済ませ、出てきたお冷やで口を湿らせる。


「さて、イベント少し進めておくか」


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動し、おでかけを仕込む。ウェディングドレス姿のリリーをチャペルにおでかけに出すのは、とてもいい事だと思う。


 そうして、【氷結】リリーを最終進化させた【雪花嫁】リリーをメインショットに据えてイベントステージの death を一周したところで、注文の品がやってきた。


「うむ、いい、色だ」


 唐辛子の赤に胡麻が加わった真っ赤というよりは深みある朱のスープ。


 具は、たっぷりの挽肉、青梗菜、ネギ、もやし、とオーソドックスなもの。


 だからこそ、期待できる。


 一方、半チャーハンは。


「なんというか、上品、だな」


 更に薄く盛られたチャーハンは、『半』の名にふさわしく、厚みがない。ノーマルがEとすればAか。なんのことか深く考えてはいけない。


 それでも、人参や玉子やネギの彩りのあるこれまたオーソドックスな内容だ。


「いただきます」


 まずは、レンゲでスープを頂く。


「おお、濃厚だ……」


 よくある担々麺の味ではなく、胡麻と唐辛子の風味がしっかり立った味わい。辛口という割にはそれほど辛くなく、濃厚な旨み溢れる逸品だ。こいつは、いい。


 そこに溶け込んだ、味付きの挽肉が、具材と言うより出汁としてスープに広がりを加えてくれている。


「このしっかりした麺も、またいい」


 重めのスープに、細めながらも腰の強い麺の相性は抜群。ずるずると啜れば幸せな気分になれる。


「ここでチャーハンを……」


 うむ、パラッとしつつも、適度にジューシー。麺に比べて上品な味わいなのは否めないが、バランスはいい。


「で、担々麺といえば、これだよなぁ」


 スープに浸りきった青梗菜へと箸を延ばす。淡泊ながらやや癖のある味に、胡麻と唐辛子の風味が乗っかると、自然な植物の甘みが感じられる。これが、いい。


「ここにきてモヤシのシャキシャキがいいアクセントだな」


 さて、そろそろ、薬味を足してみるか。


 といっても。


「辛旨には、これだよな」


 迷わず『ニンニク』と書かれた小さな容器を手に取り、小ぶりな匙で一つまみ程度のきざみニンニクをスープに投下する。


「やはり、ニンニクは正義だ」


 なんというか、とても重厚な味わいになった。そうなれば、麺が進み。


「あれ? もう、麺もないか。なら……」


 残ったチャーハンを食べて、スープと合わせてみるが。


「いかん。スープが重すぎて、全然減ってない、な」


 そこで、閃いた。


 麺がないなら、頼めばいい。幸い、この店には、ある。


「替え玉を!」


 脂肪フラグ? なんだそれは?


 そうして、ゆであがりを待つ間、スープを減らすのもなんなので、豊富な薬味を眺めていると、


「お、搾菜もあるのか」


 これ幸いと空いたチャーハンの更に少し出してチマチマつまむ。


「う~ん、なんというか、ちゃんとした味の搾菜だ」


 自家製っぽい、的な意味で。


 そうして、替え玉がやってきたのだが。


「ん? これは?」


 器に入った麺と、小さな水差しのようなものがやってきたのだ。


 レンゲに一垂らしして味見した結果。


「ああ、かえしか」


 麺追加で薄まった味の調整用にありがたい心遣いだ。


 となれば、


「迷わず全部、だな」


 この出方だと、つけ麺的にもイケそうだった、なんというか、やはりラーメンとして喰いたいのだ。


「おお、思ったよりボリュームあるな」


 先程まで寂しかった丼の中が、麺の黄色に支配される。


「ふむ、やはり、少し薄まっているな」


 かえしを回し掛けする。うむ、いい塩梅。


「具がないのが、ちょっと寂しいな」


 見回して、薬味の中に『フライドガーリック』を見付けて入れる。うむ、カリカリの食感が嬉しい。


「お? ライチ酢?」


 これはいきなりは厳しいのでレンゲに取って……うん、果実の香りがいい感じだが、これはまだ早い。


 というか、なんだ、この店。どんだけ薬味があるんだ? ここは薬味パラダイスか?


 見れば食べる辣油とかもあったりしたが、流石にそこまで手を出すと渾沌カオスなので、この辺りで止めておこう。


 適度に味を足しながら、存分に担々麺を味わって、あとスープが少しとなった。


 だが、少々スープが重くて完飲は厳しいか、と思ったのだが。


「ここで、出番だ」


 先ほどのライチ酢を手に取り、一垂らし。


「正解だ。これなら、いけるぞ!」


 酢は、本当、色々サッパリさせてくれるな。別に他の成分を消し去った分けじゃないから、錯覚だとは解っているが、それでも、最後の〆には心地いい味わいだ。ライチの香りが味わったことがない感じで、新鮮な風味でもあるしな。


 こうして、丼を持ち上げて完飲したところで。


「そういや、これはなんだったんだ?」


 丼の添えるように、茶色い団子のような物体があったのだ。

 

 最初触れると凍っているようだったが、今ではスープの熱ですっかり溶けていた。


「なるほど。デザートだった、というわけか」


 よくみれば、それは皮付きのライチだった。


「では、頂こうじゃないか」


 皮を剥き白いプリプリの果肉に齧り付く。先ほども酢で味わった少々薬臭いような独特の風味が鼻を抜けていくが、それもまた心地良い。


 こういう新鮮な時間で充実したときを味わえるのだから、これからももっと色んな店にいかないとな。


 そんな気持ちを新たにさせられる、最後まで存分に楽しめる食の一時だった。


 満足感に浸りながら、水を飲んで口内を清め。


「ごちそうさん」


 会計を済ませ店を後にする。


「さて、今日発売のコミックスを買いにいかねばな」


 オタロードに進路を取り、数学の天才に国語を、国語の天才に数学を教えたりする作品を求めて歩き出す。


 勿論、私は前者推しだ。

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