第58話 神戸市中央区北長狭通の徳島風ラーメン(ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ)
今日は、午後から神戸元町で予定があった。
時間的に、昼を食べて出ると微妙に遅い。ならば、先に神戸方面にでて、昼食を済ませた方が効率がいい。
となると、普段なかなか行くことのできない店に行ってみるのがいいのではないか?
「なら、あの店しかないな」
何度か訪れてはいるが、ずっと気になっていたメニューを食べていない店があった。心も体も、思いついた瞬間その店に焦がれている。
かくして、土曜の昼時。元町の手前、三宮に私は降り立っていた。
「あっちへ行きたいが……今日はお預けだ」
ゲーマーズやらアニメイトやらとらのあなやらメロンブックスやららしんばんやらギルドやらがある界隈。とても心が落ち着く地ではあるが、そちらに寄れるほどの時間は生憎ない。
目指すべき店を目指さねばならない。
阪急三宮駅の北側すぐ。但し、裏道にあるために微妙に見付けにくい店舗へと迷わず辿り着く。この店は以前はもっと北側=坂の上にあって活きづらかったのだから、駅近にあるだけでも随分と進化したと言えよう。
「お、思ったより並んでないな」
昼時だけに並んでいるかと思ったが、一人だけだ。これなら、すぐに入れるだろう。
「さて、リリーを応援するか」
現在、二周年記念イベントで五乙女五悪魔を二チームに分けた紅白歌合戦+総選挙が開催されている『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して、全部リリーの編成でボーナスステージへ出撃する。
まったく。リリーがワースト2位とは、みんな見る目がない。だが、だからこそ己の慧眼を自画自賛できるともいえるな。私はリリーの魅力を理解できる選ばれし民なのだ。そう思えば、この順位も悪くない。
そんな現実逃避をしながら一度出撃を済ませれば、すぐに席は空いて店内へと案内される。
厨房をL字型に囲むカウンター席のみの狭い店内。ちょうど角にある食券機で食券を買うだけでも一苦労の狭さだが、そういうのもひっくるめてこういう店の味というものだろう。
「おや?」
食券機の前に立ち、戸惑う。ラーメンには、幾つかの味があったはずなのだが、食券はラーメンのみなのだ。狙っていた味の食券は、当然存在しない。
「……まぁ、これを買うしか、ないよな」
選択肢はない。ラーメン(並)の食券を購入して、セルフの水を確保して案内された席へと着く。
食券を出すと、店員からお決まりの確認が来る……と思いきや、前段階の質問がきた。
「醤油、塩、徳島と味が選べますが、どうしますか?」
しょうゆうことか! ぷっ……くくくっ。
味が違っても全て同じ値段だから『ラーメン』の共通食券で注文して、後から味を選ぶというシステムなのだな。これは、それなりに同じシステムのラーメン屋は存在するから、腑に落ちた。
「徳島でお願いします」
それこそが、ずっと食べたかったこの店舗にしか存在しない味だった。
「あと、ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメで」
続けて、基本詠唱も済ませておく。
「あとは待つばかり、なら、リリーを応援しない道理はない」
再び、ゴ魔乙のステージ巡回を行い、二回ほど出撃した頃。
注文の品がやってきた。
「お? なんだか見た目が違うな」
スープはさておき、豚が他の店舗の肉塊という見た目では無く、細長く切ったチャーシュー然とした見た目なのだ。まぁ、その分厚みもサイズもかなりデカ目だが。量的にも、一般的な店だとチャーシューメンにしないと入っていないぐらいの量だが。
その豚が並ぶのは、野菜の山の上。比較的穏やかな傾斜だ。これは、並で麺が少なめな分、沈んでいるのもあるだろう。
山の頂上には、お決まりのニンニク。これだけ乗っていれば、安心だ。
「まずは、スープだな」
徳島ラーメンは、わずかながら喰ったことがある。印象としては、「ラーメンスープの出汁にタレとしてすき焼きの割り下を入れた感じ」というものだ。
要するに、和風の甘辛味。生卵やごはんが合う味だ。実際、前に喰った店ではごはん付き生卵食べ放題だったのも、すき焼き感覚に合致する。
果たして、これはどうなのか、と口に運べば。
「あ、予想通りの味だ」
いや、思ったより甘いか? とはいえ、醤油と砂糖のゴールデンコンビが織りなす和風甘辛味には違いない。
うむ、いいぞ。すき焼きの〆にオーション製極太麺ぶち込んだような味わいは、脳にビンビンきやがる。
「これ、野菜絶対旨いぞ」
野菜を箸で掴めるだけ掴み、スープに潜らせて食せば。
「はぅあ……やべぇ、ミスター味っ子なら謎の光吐いてた」
ビンビンくるどころか脳内にヤバイ汁が溢れんばかりの多幸感。甘辛味のもやしとキャベツがまずいはずがない。
「麺は……うん、すき焼きの〆に硬めのうどん入れたような感じだな。豚もすき焼き味が嵌まってて、最高だ」
ラーメンと言うより、すき焼き食ってる感覚が強まっていく。
だが、ほどなく、違和感を感じ始める。
「おや? 段々と効いてくるすき焼きにはないパンチ……これは、ニンニク!?」
そうだ。野菜の上に乗っていたニンニクを混ぜながら食べていたので、徐々に全体に広がっていったのだろう。甘辛い中で主張を徐々に強めていくニンニクの刺激。
これは、すき焼きにも、以前喰った徳島ラーメンにも無かったオリジナルだ。語りたくなる素敵オリジナル。
「これに生卵も絶対あうんだろうけど……」
残念ながら、そんなトッピングもなければ、そもそも体質的に卵NGだった。徳島ラーメン喰ったときも、無料の生卵一個も使わなかったっけ。
それはさておいても、近場にないのが惜しまれる味だ。
醤油と砂糖の、言うなれば日本人の心に響く甘辛風味は、箸の動きを加速してやまない。
「ああ、そうだよな、そうなるよな」
見れば、丼の中に固形物はなくなっていた。
いつになくハイペースで野菜と豚と麺を頬張ってしまっていたらしい。和の心に響く甘辛はヤバイ。
「これは、流石に無理だな」
言われるまでもなく、完飲しない。というか、少々甘みが強いスープは飲むにはキツイ。具材と絡めてこそ、その本領を発揮する味わいだ。
めんつゆをストレートで呑まないのと同じように、具無しのこのスープを完飲するのは厳しい。
それが、歯止めになった。
最後に、お冷やを一杯。
口内のドギツイ甘辛味を洗い流し、一息。
丼などの食器を付け台に戻し。
「ごちそうさん」
狭い店を後にした。
「おお、タイミング良かったんだな」
店外に出ると、十人以上が並んでいた。すぐに入れたのは、運が良かったということらだろう。
「さて、腹ごなしに散歩してから、用事に向かいますかね」
せっかくなので、三宮から高架下を元町方面へと歩む。
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