第51話 大阪市中央区千日前のラーメン(キムチ+ほくほく揚げにんにくサービス)
「腹が、減った……」
ここのところ、頭を使うことが多い。頭脳労働は、お腹が空くのだ。お腹が空くと怒りっぽくなり怒ると胃が悪くなり胃が悪いとごはんが食べられなくなってお腹が空いて無限ループ。
重力へのレジストがそこそこ身に付いてきた今、仕事終わりのこの空腹を満たすために、週一ぐらいのラーメンは誤差の範囲であろう。
かくして大阪ミナミへ降り立ち、ラーメンを喰うべく店を探し始める。
「せっかくだから、いつもと違うところへ行ってみるか」
どうしても、難波では南側へ行きがちだが、今日は北側の千日前通り沿いを歩いてみる。
「お、そうか、この店があったな……」
大通りの向こうにビックカメラを臨む場所。
雑居ビルの一階で微妙に道路からは解りにくい店の前で、足を止める。
「何年ぶりだろう? 下手すりゃ、十年以上か?」
そう、多分、前世紀からこの場所にあったはずだ。
こうして、足を止めたのもぶつかる出会いでなくとも運命的と言えそうだ。
迷わずエレガントに、この店に決めよう。
「食券をどうぞ」
店に入ると、店員がすかさず声を掛けてくれる。
食券の買い忘れは間が悪い。少々お節介と感じる人もいるかもしれないが、素直に助かる。
入ってすぐ左にある食券機へと向かう。
「う~む、色々あるな」
ノーマル、辛い紅、マー油の黒に、サイドメニューやトッピングが色々。
「まぁ、ここはノーマルでいこう」
店舗の名前を冠したノーマルのラーメンを選ぶ。
「空いてる席へどうぞ」
店員の声に応じ、店内を見渡す。
変則的な並びのカウンター席が並ぶ店内にはパラパラと客が入っている。
「ここでいいか」
周囲が空いている入って直ぐの空席へ着く。
ほどなく、水と、付け合わせのサービスのキムチと、一枚の赤い券が供される。
そうして、食券を回収されると共に、麺の固さと味の濃さを尋ねられるシステムのようだ。もう、長いこと来てないが、昔もこうだっただろうか? もう、覚えていないほど来ていないのだな。
などと思いつつ。
「麺は固めで、味はあっさり」
今日は、あっさり行くことにしよう。店の系統からして、濃いめは背脂だろうしな。
かくして、待ち時間に『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』でも、と思うのだが、この店の麺を考えるとそんなに時間は掛からないだろう。
素直に出されたキムチを摘まみながら、待つ。
「食べやすいが、もうちょっと辛くてもいいかな?」
旨み重視の辛味控えめのキムチだった。辛党の身には少し物足りなさもあるが、それでも旨い部類のキムチであろう。
その味わいを楽しんでいると、
「お、やっぱり早いな」
注文の品がやって来る。
褐色のスープは、豚骨醤油。麺は細ストレート麺。久々だ。
具は、長方形のチャーシューが二枚、極太のメンマ、そして、刻みネギ。
さっそく手を付けたいところなのだが、ここで店員に席に表示されていたサービス品の注文を済ませておく。
「一人前で宜しいですか?」
待て、無料だというのに、幾らでも頼めるのか?
いや、しかし、そんなに大量に頼んでも風味が壊れる。
「一人前で」
無難に、順当な量を頼んでおく。
これで、仕込みは上々。
改めて箸を取り、丼へと向かい。
「いただきます」
まずは、スープ。
「お、もしかして、あっさりは魚介風味か……」
よく見れば、うっすらと油が掛かっているのだが、どうやらそれは魚介の風味の油のようだ。
「魚介豚骨醤油……いいぞ」
つけ麺では定番だが、こうしてラーメンにチューニングしたそれは久々だ。
「麺も、別物だなぁ」
太麺ばかり喰っていたので、このストレートで固めでパキッとさえした麺が新鮮だ。この細さでも、味わいはしっかりあるのもポイントが高い。
「チャーシューも、少々脂っこいが、これもまたいいな」
背脂も加わると少々くどかったかもしれないが、魚介豚骨にはいい塩梅だ。この辺りは、好みだろうが。
「そして、麺との対比の極太メンマの食感の楽しさよ……」
とてもいいぞ、このラーメン。ちょくちょく絡んでくる刻みネギもいいアクセントになっている。
そうして味わっていると、先ほど頼んでいたサービス品がやって来る。
「おお、一人前でも、しっかりあるな」
サービス品。それは、ほくほく揚げニンニク、である。昔来たときは生ニンニクをマッシャーで潰して、という感じだった気もするが、今は揚げらしい。
一人前なので二、三粒かと思ったら、六粒入っていた。そこそこの量だ。
「いいな、これ」
火を通したことで刺激は薄れているが、それでもしっかりニンニクの風味が感じられる。絶妙な揚げ具合だ。つか、注文聞いてから揚げてたから揚げたてだぞ? これが無料とか、大丈夫か?
「今日は控えるが、今度は酒も欲しいな……」
正直、これ摘まみで三杯は行ける。それぐらい旨い、このニンニク。
そうして、口にニンニクの風味が残った状態で、スープを一口。
「まぁ、旨いに決まってるよなぁ」
魚介豚骨醤油+ニンニク。ネガティブな要因などどこにもない。
キムチのインパクトがそれほどでもなかったところに、この揚げニンニクの風味が福音である。
「って、あっという間に麺が尽きてしまったぞ……」
旨みに応じてズルズルと啜れば、細麺は直ぐに胃の腑へと消えてしまうものだ。
だが、大丈夫。
食券を出す前に供された、一枚の赤い券を手に取る。
それは、替玉無料券!
「替玉お願いします」
替玉も一つ無料サービスというのは、本当ありがたい。やっぱり、細麺だと二玉は喰わないと物足りない。
次も硬めで頼みつつ、ニンニクとキムチをつまんで待つ。
硬めはそれだけ茹で時間も短い。あっという間にやって来る。
店員の手により、スープに投入される茹でたての麺。
主役を失って寂れたスープの中に、再び主役が帰って華やぐ。
「この瞬間、なんかいいなぁ」
久々の替玉は、感慨深いものだった。
とはいえ、本来替玉とは、最初から大盛りにすると伸びてしまうからこそ、一玉ずつ茹でたてを入れるものだったはずだ。
さっさと喰わねば礼を失する。
「ああ、ラーメンが生き返っていく」
スープに絡め、麺に褐色の衣を纏わせ、再び味わう。途中に揚げニンニクとキムチで風味を加えるのも忘れない。
ズルズルと啜り、思うままに麺を味わう。
気がつけば、またしても麺は失われて褐色のスープだけが残る丼。
流石に二玉食べれば腹の虫も納得の表情を見せてくれる。
だが、ダメだ。
まだ、足りない。
「ここは、戒律を破るぞ!」
丼を両手で挟んでガッチリ掴み。
顔の前に持ち上げ。
口の前に付け。
傾ける。
重力に引かれた褐色の液体が。
とめどなく、口内へと注がれる。
受け止める喉は迷わず嚥下。
「ぷっはぁ!」
空っぽの丼を、カウンター席へと丼、もとい、ドンッっと戻す。
我、完飲せり!
ああ、汝、完飲すべからず、の戒律を破ってしまった!
それでも、喰い終わって、悔いはない。
満足だ。
前に来たときは前のシュシュトリアンが頑張っていた頃かもしれないぐらいだが、今日、この日に、久々に訪れた運命に感謝である。
「ごちそうさん」
席を立ち、店を出る。
「そうか、今はこんなにいい感じの店になっていたのか……」
ラーメンだけなら、ここまでではない。
とにかく、ほくほく揚げニンニクが素晴らし過ぎた。これがサービスとか、頭おかしい。
たまたま長い年を経て訪れてみれば、こんな当たりもいいところな店になっていたとは。
大阪は、食に厳しい街である。飲食店の入れ替わりは激しい。東京の有名店があっという間に撤退することも珍しくもない程度に。
その中でも、特に食に厳しいのがミナミ。千日前は、くいだおれの街。
飲食店には容赦ないこの場所で、前世紀から生き残っているのだ。ある意味順当な進化かもしれない。
「また、来よう」
そう心に刻み。
「腹が満たされたら、次は眼鏡だな」
今日は、眼鏡的に外せない『眼鏡橋華子の見立て』の第一巻発売日。買わずに帰るなんて、眼鏡者として許されることではない。
かくして、足を南へと向け、一路メロンブックスを目指す。
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