第49話 大阪市東成区東小橋のチャーシューメン(大)野菜大盛り

 今日は、肉の日のようだ。

 ならば、ということで仕事帰りに焼き肉で有名な鶴橋へ立ち寄ってみた。


 家路を辿る腹を空かせた通学・通勤者で溢れた構内に、容赦なく肉の焼ける匂いが充満している、あの鶴橋駅である。


 とはいえ、匂いは空へと舞い上がるもの。影響があるのはJR環状線と近鉄ゆえ、


「地下鉄は、関係ないんだがな」


 そう思いながら、JRとの連絡口へ出れば、左手がJRの駅、正面は近鉄へと続くガード下の裏通りになっている。


「ここも、大分変わったなぁ」


 昔ながらの店も沢山残っているにはいるのだが、だからこそ、点在する真新しい店舗が目立つ。


 そうして、JRの駅を通って千日前通りに出る。


 今日は、肉の日だから鶴橋へやってきたのだが、だからといって焼き肉を食いに行くわけではない。


「増えたなぁ」


 駅前を見回すと、そこここにラーメンがあるのが目に入る。


 ここ数年で、本当に増えた。隣接して新しい店ができていたり、中々の激戦区の装いを見せ始めているといっても過言ではないだろう。


 そう。


 今日は、鶴橋にラーメンを食いに来たのである。


「さて、どこにしたものか?」


 煮干しラーメン、ニンニクラーメン、辛味噌肉そば、濃厚鶏白湯、お馴染みチェーンの中華屋などなど。


 それなりにバラエティに富んだ店が並んでいるが、どうにも「これだ!」という決め手に欠ける。


「少し、歩いてみるか」


 ここから隣の駅へ向かう途上にも、幾つもラーメン屋が存在する。


 駅前で目立つところよりも、少し離れたところの方が食指が動くかも知れない。


 しばし、東へと進路を取り、幾つかのラーメン屋を通り過ぎたところで、


「お、そうか! この店があった!」


 古くからあるラーメン屋だ。いつの間にやら改装されて小綺麗になっていたのだが、それでも味は変わらないはず。


 覗いて見れば、テーブル席が少しと、厨房を囲むカウンター席の並ぶこじんまりした店内は、比較的空いている。


「うん、ここしかないな」


 即断だ。店へ足を踏み入れ、空いていたカウンター席へと着く。


 醤油、味噌、塩と色々あるのだが、少しは肉の日らしく、且つ、昔ながらのラーメン屋を感じられるメニューを頼むとしよう。


「チャーシューメン(大)、野菜大盛りで」


 水を出してくれた店員に、即座に注文を告げる。因みに、店内のどこにも書いていないが、実は無料で野菜(=もやしとネギ)や油の量、味の濃さなどある程度カスタマイズができるのである。


 注文を済ませれば、後は待つだけだ。


 ここは、アクティブポイント報酬で【糖味】リリーが手に入る『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイしておきたいところだが、残念ながら出撃するだけの時間はないだろう。


 大人しくチャンピオンを読んで待てば、マンガ一本を読み終わるより前に注文の品がやってきた。


 そうそう、オーソドックスなラーメンというのは、これぐらいサクッと出てくるもんなんだ。


「う~ん、チャーシューメンだねぇ」


 大ぶりの丼の円周上には、ずらりと並んだチャーシューが並び、表面を覆っている。


 その上には、大盛りにしたネギとモヤシがどっさり乗っている。


 スープは、油の浮いたド王道の醤油色。


「いただきます」


 まずは、スープを一口行けば、


「これだ、これ」


 獣臭さを強めの醤油の風味が包んだ味。


 背脂でドロドロギトギトした系統ではない、澄んだスープのオーソドックスな豚骨醤油である。京都の某店の流れを汲むという、昔ながらのこの店の味だ。


 家系やら激辛系やらマシマシ系(?)、もしくは、ドロドロ白湯やら、個性の強いものを喰う機会が増えてしまった身には、この味はなんだか癒やしである。


「さて、次は豚だ」


 肉の日に因んだチャーシューメンの主役である。


 これは、味の付いていないごくごく普通のチャーシューの切り落とし。そこに、味の強い豚骨醤油のスープがとてもよく合う。豚通しなのだから、当たり前な気もするが。


「で、このストレートの中細麺も、素直にスープを纏っていいな」


 最近は太麺を喰う機会が増えてしまった身には以下同文。ともかく、昔から変わらぬラーメンが嬉しい。


 一口大のチャーシューを麺と一緒に掴んで頬張るのもまた、乙というもの。


 さすれば、「今日、この店を選んでよかった」と感じずにはいられない多幸感が身を包む。


「おっと、そろそろ第二形態に移すか」


 三分の一ほど食べたところで、備え付けの胡椒を振りかける。


「昔は苦手だったけど、今はこのピリリとした風味がたまらんのだよ」


 豚と醤油と胡椒が合わない訳がないのだ。更に箸が加速し、ラーメンに胡椒という黄金コンビを堪能する。


 無常に丼の中身は減り、更に三分の一がなくなったところで。


「さぁ、最終形態だ」


 これから使うのは、劇薬。これを入れてしまうと、もう後戻りできない。


「でも、入れないという選択肢はないのだ」


 卓上の瓶を空け、備え付けのスプーンにその中身のペーストを掬う。ニンニク入りの唐辛子味噌だ。


 粘度の高いそれは簡単にスプーンから外れないため、丼の縁に引っ掛けるようにして投入する。それから、ティッシュで拭き取ってから瓶へスプーンを戻す。


 今度はレンゲを手に取り、辛味噌の固まりを押しつぶすようにしてスープに溶かし込んでいく。


 段々と広がっていく、赤、朱、紅。


 いい、色だ。


 しっかりと馴染んだことを確認したところで、いよいよレンゲにひと掬い。


「ああ、美事な辛味噌ラーメン」


 風味はガラリと変わっている。


 今、この時。丼の中身は豚骨醤油をベースとした辛味噌ラーメンへと生まれ変わったのだ。


 最初からこうしては、元の豚骨醤油味を味わえない。最低限、三分の二以上食べてから、が己に課したルール。


「一杯のラーメンで色々楽しめるのもまた、この店のいいところだな」


 辛味が後押しして更に加速した箸とレンゲは、もう止まらない。


 麺、チャーシュー、スープを休まず口内へ運び、口はそれを胃の腑へと叩き込む。


 シンプルな食の喜びを満喫する一時。


 気がつけば、丼の中の固形物は姿を消し、


「ふぃー」


 残ったスープも一気に飲み干していた。


 お腹は、しっかり膨れ、唐辛子の作用か体内からぽかぽかしてくる。


 お冷やを一杯飲んでクールダウン。


 喰ったなら、長居は無用だ。


「ごちそうさん」


 会計を済ませ、店を出る。


「しっかり喰ったし、せっかくだから少しぶらついてから帰るか」


 適当に東へ、足を向けた。

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