第28話 大阪市東成区深江南のチャーシューメン
休日の昼前。
生憎の曇り空ではあるが、未だ空は涙を堪えて大地を濡らしてはいない。
「外食にするか」
引き籠もっているのも体に宜しくない。散歩がてら、街へと出ることにする。
「さて、何を喰ったものか?」
とはいえ、余りこってりしたものは控えたい。大盛り特盛りのような大食いメニューも避けたい。
オーソドックスで、何というか、昔ながらの……
「あ、なら、あの店にするか」
大阪市内の老舗ラーメンを食すため、早速、出発することにする。
地下鉄の最寄り駅に当たる新深江の出口から、東へと進路を取る。
この辺りは、文房具の有名企業やペット食品の有名企業の本社ビルがあったりはするが、基本的に住宅と工場がひしめく下町の風情ある土地である。
大阪の町工場といえば東大阪市が有名だが、市境は時代の流れで行政により変遷するものだ。東大阪と隣接する大阪市内の一角も同じような歴史を歩んできたのだから、同じような土地柄であることに何ら不思議はないであろう。
穏やかな町の空気に触れながら大通りの道なりに布施方面へと十分ほど歩くと、目的の店へと辿り着く。
大阪市の最東端。二つの道の合流地点の三角州のような一角を切り取った小さな店舗は、昭和の風情が残り見るからに老舗と解る佇まい。実際、半世紀以上この地で営業している年期の入った店舗だ。
古くから『高井田のラーメン』として親しまれたラーメンであるが、現在の行政的には道一本挟んだ先からが東大阪市高井田であり、住所的には深江南と呼ばれる地に位置している。
今世紀に入ってからだと思うが、ごくごくローカルな高井田のラーメンが全国的に『高井田系』として知られるようになったからか、数年前に『高井田ラーメン』と書かれたテントが新調されていたりして、そこだけは真新しいのも趣深い。
「いっぱいか」
店までの移動時間でいい感じに昼時に被ってしまったからか、小さな店内は満席だった。更に二人ほど、順番待ちをしている。
この店と同じ系統というか、この店の大本ともいえる店が数十メートル先にあってそちらは席に空きがあったのだが、
「いや、ここで待とう」
初志貫徹することを選び、店舗前で待つことにする。
並んでいると接客担当の愛想いい女性が店内から大きな声で注文を聞いてくる。
「チャーシューメンで」
炭水化物を控えるため、大盛りにしたいところを肉マシで補うことにした。体重を気にして糖質を控えるときは、脂質少なめのチャーシューでタンパク質を補うのは理に適っている……はずだ。
注文を告げた後も、お得意さんと思える客と色々と雑談したり、地域に根付いた店という雰囲気で好ましい。
そんな心地良い緩い空気に包まれながら『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイして席が空くのを待つ。
スコアタック1000位以内に入れば入手出来る【火遊戯】フォレットは、そのスコアアタックステージを周回することで二枚ドロップして入手することができた。
だが、どうせなら五枚集めて最大まで育てたいのだ。
ならば、このままスコアアタックステージを巡回するが吉。有利属性が『水』というのもいい。全員リリーのデッキでハイスコアを目指す。
「あちゃぁ……そう上手くはいかないか」
空腹で順番待ちをしているのもあって、今一集中力が持続しない。何度か出撃するもうっかり被弾でスコアが今一伸びずにいる内に、順番が回ってきた。
厨房を囲む両辺がほぼ同じ長さのL字型のカウンター八席だけの狭い店内に入り、背の高いカウンター用の椅子に着く。
すぐに出されたお冷やを飲んで一息吐いていると、先に作り始めていたからだろう、それほど待たずにチャーシューメンがやってきた。
丼の表面を埋め尽くすチャーシュー。その上にばらばらと振りかけられたネギ。
そして、うどんのような極太のストレート麺と、黒に近い褐色のスープ。
紛うことなく高井田のラーメンである。
「いただきます」
割り箸を手に極太の麺を啜れば、まろやかな出汁の風味の後に強烈な塩分を纏った醤油味が口内に拡がる。
だがそれは、モチモチとした麺を咀嚼していると、麺自体の持つ素朴な甘みと混ざり合って絶妙な味わいとなった。
とは言え、スープ単体はとにかく塩辛い。
「これでも、同系統の中ではかなりマイルドなんだよなぁ」
実際、高井田ラーメンの元祖と言われる店などはもっと醤油寄りの味だ。
ともあれ、うどんやそばでは醤油を立てない出汁メインの甘辛寄りが好まれる大阪にあって、醤油が立った塩辛いスープが半世紀以上も親しまれているのは、不思議な感じである。
工場町の中にあり、労働で汗をかいて塩分を欲した労働者達に好まれる味としてこうなったとも言われているが、それが労働者の手を離れて『地元の味』として半世紀上残っているのが、なんとも味わい深い事実だ。要するに、旨いから親しまれた、それだけの話であろうが。
そうして、次はチャーシューへと。
「このスープだからこそ、シンプルなチャーシューが嬉しいなぁ」
味付けのない、パサッとしたこれまた昔ながらのオーソドックスなチャーシューは、このスープに浸すといい塩梅なのだ。適度に固く噛み応えがあるお陰で、スープの醤油風味に引き立てられた豚の旨みを存分に味わえる。
そこで、丼を持ち上げ、少しスープをそのまま飲んでみる。
「塩辛い……けど、旨い」
明らかに飲んだら体に悪いけれども、ついつい飲んでしまう。力強い醤油の中に出汁の風味が確かに感じられて、それが口の中に旨みとなって残るものだから、
「あと少し、あと、少しだけ……」
気がつくと、結構な量のスープを飲んでしまっていた。
「いかんいかん。中身を喰わねば」
もう、口が完全にこのスープの味にチューニングされ、幾らでも食べられるような状態になっていた。
麺を啜りチャーシューを噛み時にネギの風味に一息入れ、たまにはスープを飲みながら、ガッツクように食せば、
「もう、終わりか……」
あっという間に、丼から固形物は消え、スープが残るだけとなっていた。
「も、もう少しだけ……」
我慢出来ずにスープを飲むも、流石に全部は不味いと体が継承をならす。
半分ぐらい飲んだところで、丼をカウンターにおろし、お冷やで口を清めると、
「お勘定」
代金を支払う。その際、お冷やをもういっぱい進めてくる心遣いが嬉しい。
だがお冷やは飲んだところだから辞退し、
「ごちそうさん」
店を後にする。
「さて、帰るか」
今日はまだまだ色々とやらないといけないことがある。
老舗の味を腹に抱え、家路を辿る。
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