第23話 大阪市浪速区難波中のラーメンこってり(ネギ多めにんにくたくさん)+唐揚げセット(セットのライスをチャーハンにチェンジ)
毎月一日は、映画の日として知られている。これが休みに被ると、映画好きとしては嬉しい限りだ。
本日は、その嬉しい日であるからして朝から『超高速! 参勤交代リターンズ』を鑑賞しにミナミへと繰り出していた。
行きは参勤、帰りは交代。前作で無事に参勤を終え、交代のために湯長谷藩への帰路へと着いた一行。だが、行きと同じく、いや、それ以上の波瀾が帰り道には待っていたのだ……
蛇足になるまいかと思った続編ながら、綺麗に前作から繋がりつつ更に盛り上がるとても楽しい作品だった。殿様の器の大きさに感服しつつ、その家老にして知恵袋である相馬の娘、小梅が大層べっぴんさんのめがねっ娘であったのがとても印象的だった。江戸時代なら日本に眼鏡は伝来済み。高価ではあろうが、貧乏藩とは言え家老の娘であれば、眼鏡を掛けていても全く不思議はないであろう。
満足して劇場を出たところで、今日の日付を思い出す。
十月一日。漢数字で表現すれば、一○○一。
そう、今日は眼鏡の日なのである。
朝からべっぴんのめがねっ娘が登場する映画を観たのは、そのお導きだったに違いない。めがねっ娘がべっぴんであり、天下一品だと感じることができたのは、我が信仰の賜であろう。
とは言え、信仰では腹は膨れない。
時間は昼前。店が混み合う時間ではあるが、腹の虫の昂ぶりは最高潮。具体的なメニューまで指定して、騒ぎ立てる。
求めるモノは映画館からほど近い、あの店で食べることができる。たとえ、この昂ぶりを堪えて並んででも、それを喰わねば今日は帰れない。それほどの渇望だった。
覚悟を決めて、店へと向かう。
「並んでいるな……」
案の上、数十人がたむろしていた。整理券を発行すると、ちょうどその頃呼ばれた番号から、実に三十以上後だ。全部がお一人様でも最低三十人。実際には、それ以上が並んでいるということだ。
しかし、それでも、今日はこれを喰わねばならぬのだ。何、回転は速い。どんなに長くとも一時間以上並ぶようなことはないだろう。
腹の音をBGMにしつつ空いている場所に陣取り、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を開始する。
現在周回しているステージは風と光のためにリリーの出番はないが、風属性の【心咲】メリッサを育成している。アイドルイベント時のガチャでは手に入れ損ねたものの、直近の更新時に復刻して無事に手に入れたものだ。
入手直後、初期状態で眼鏡を外していて絶望したのだが、最終進化をさせれば無事に眼鏡を掛けて一安心。そうだ。アイドルだからと眼鏡を外そうとしつつ、最後は眼鏡を掛けて本当の自分発見! という訳だろう。当然の帰結。それを表現できるケイブなのだから、五乙女の【制服】シリーズを最終進化させると眼鏡が外れてしまうという致命的なバグもいずれは解消されると信じている。
ステージを周回しながらそんなことを考えていると、時が経つのはあっという間だった。並んでから三十分ほどが過ぎたころ、整理番号が呼び出される。
「大変お待たせしました」
案内されたカウンター席に着けば、開口一番そういいながら店員がお冷やを持ってやってきた。相変わらず、接客がやたら丁寧で元気で気持ちがよい。
メニューは決まっている。
「ラーメンこってり、ネギは多めでにんにくもたくさん入り。それの唐揚げセットでセットのライスは炒飯にチェンジで。それと、生ビールを」
これが、私の最高の贅沢メニュー。めがねっ娘が天下一品な眼鏡の日に喰うに相応しい昼餐である。二千円弱と値が張るが、昨日は給料日。怖いものはない。
注文を済ませれば、すぐに生ビールがやってくる。本当は食事と一緒にして欲しいところではあるが、混み合っているために厳しいということで素直に最初に持ってきて貰った。
「めがねっ娘に、乾杯」
口には出さず、脳内でそう祈りをこめて、口に運ぶ。
「旨い」
まだまだ残暑厳しい休日に、昼間から飲むアルコールは、喉越し以上の心地良さをもたらしてくれる。
たっぷりの一口を飲んで一息吐けば、ほどなくラーメンがやって来る。
「そうだ、これだ、これが喰いたかったんだ」
腹の虫の喜色に塗れた鳴き声が聞こえてくるようだ。
具材は、メンマとチャーシューと多めにしたネギ。麺は中細ストレート。ここまでは、オーソドックスな『中華そば』といった風情だ。
だが、スープが違う。鶏をベースにしながらもたくさんの野菜と共にじっくり煮込んだポタージュ状のスープは格別である。ラーメンではない、この店独自の食べ物と評されることもある逸品である。
「ああ、ガツンと染みる」
たっぷりスープの絡んだ麺を啜れば、空腹に飛び込んできた久々の味わいに口から胃までの経路全てが喜んでいるのを感じる。
薬味のネギを交えたり、メンマを交えたり、チャーシューを交えたりして味わっていると、セットの唐揚げとチャーハンがやってきた。
器に盛られた三個の唐揚げは、少量の細切り大根を付け合わせとしただけの、見た目には寂しいものだ。
だが、口へ運べば、
「揚げたてなのが、いいなぁ」
サクッとしていて脂っこくなく、シンプルな鶏の旨みが感じられる。脂ギッシュでジューシーなタイプより、こういうあっさり目の方が好みなので、有り難い。
「チャーハンは、相変わらずシンプルだなぁ」
麺のスープの独自性とは異なり、ネギと卵と刻みチャーシューのごくごくオーソドックスなチャーハンだ。とは言え、こってりのラーメンと合わせれば丁度いいバランスともいえよう。
だけど、だけど、だ。
今日は足りないのだ。めがねっ娘を愛でるべき一日を送るには、足りないのだ。
だから、席に備え付けのラーメンのタレを手に取り、チャーハンの上に回し掛ける。
レンゲで軽く混ぜて口へ運べば、
「うぅん、こってり。これで、もっともっとめがねっ娘を愛でられるというものだ」
旨みが凝縮されたエキスを纏い、なんとも体に悪そうな味になる。だが、それがいい。
「おっと、麺も行かないと伸びてしまうな」
それに、行列ができているんだ。早食いする必要はないだろうが、あれこれ考えて箸を止めるのはギルティだ。
麺、唐揚げ、チャーハン、ビール、麺、唐揚げ、チャーハン、ビール。
焦らず、滞らず、規則正しく量をマネジメントしながら、それぞれを味わっていく。めがねっ娘の祈りだけを胸に、腹の虫を癒やしていく。
祈りのときは永遠でも、目の前の食事は永遠ではない。食べ続ければ、いつか終わりが訪れる諸行無常。
「ふぅ……」
ラーメン丼を持ち上げ、最後に残ったスープの一滴までをも飲み干す。
これで、幸福な食の時間は終わったのだ。
「ごちそうさん」
会計を済ませ、ラーメン一杯無料券をいただき、元気な声に見送られながら店を後にする。
真っ直ぐ帰路に着きたいところではあるのだが、腹の中の幸福は、重たい。
「少しオタロード歩いて腹ごなししていくか」
眼鏡の日の午後。
めがねっ娘への祈りを胸に、オタロードへと歩みを進める。
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