第22話 真意

 私には、三人の母親がいる。


 一人は、生んでくれた魔族の母。その記憶は私にほとんどない。物心ついたころには病気と言われ、ほとんど会うことができなくなっていたからだ。父親もいつも忙しく、私と一緒にいたこともほとんどないと言っていい。


 そんな私に新しくできた二人の母親。それは人間だった。幼い頃のおぼろげな記憶だけど、出会った時のことはまだ覚えている。

 両親を失った私の新しいママになってずっと一緒にいてくれると約束してくれた。

 薄暗い地下しか知らなかった私を日光の下へ連れ出してくれた。

 人間と敵対していた魔族の子である私を、自分の子として育ててくれた。

 人と魔族が対立するこの世の中で、分け隔てなく接してくれた。


 そんな二人の母親のお陰で私を魔族と知りながら理解してくれる人もたくさんできた。

 シオンさん、フジさん、ドラセナさん、キッカお姉ちゃん、レンカお姉ちゃん、そしてエリカ……数えきれないほどのたくさんの思い出がある。それはどれも私にとって大切な宝物だ。


 だからこそ――私は私が許せなかった。


 手を取れなかった。一瞬でも親の仇であることが脳裏に過ぎってしまった。

 あれだけ一緒にいたのに、ママたちが大好きな気持ちに嘘なんてないのに信じることができなかった。

 その結果、ママは魔法の前に倒れた。手を伸ばせなかったあの瞬間のトウカママの表情、オウカお母さんの叫び声。全部ぜんぶ記憶に残ってる。だから――。


「何か言いたそうだな、マリーよ」

「――え?」


 突然の言葉に私は我に返った。謁見の間で空っぽの玉座を前に私の兄、アザミが声をかけて来たのだ。

 この場所へ来るのも五年ぶりだ。あの時はママがいじめられていると勘違いした私が王様に向けて怒ったんだっけ。お陰でママと一緒に暮らすことができるようになったのも変な話だけど。


「……話が違うわ、西の国境から攻め込むんじゃなかったの?」


 私は疑問に思っていたことをぶつける。あの日、ゲームと称してドラセナさんたちに教えた魔物の襲撃計画。だけどこの日、私たちが転移魔法陣を使って到着したのは王都のすぐ近くだった。しかもアコとナイトはさらに魔物たちを呼び寄せ、王都に攻め込もうとした。キッカお姉ちゃんたちに託した情報のまま王国騎士団が動いていたら、今頃この国はたくさんの人が巻き込まれていたはずだ。


「その方が戦略としては都合がよかっただけのことだ」

「でもそれじゃ!」

「小娘二人を逃がした甲斐が無いとでも?」

「……っ!?」


 アザミの鋭い眼差しが私に向いた。初めて出会った時に向けたものとは違う、殺意や敵意が混じったものだ。驚きで思わず声を上げそうになったのを必死に抑え込む。できるだけ冷静なふりをしなくちゃいけない。


「……何の話?」

「お前は私の目論見通りに動いていたのさ」


 息を呑む。手を無理やり握り締めて震えそうになるのを抑える。手の平に汗が浮かんでいた。


「あの時のゲームはお前が人間たちを逃がすか否かを見極めるためのものだったのさ。魔物が国を襲うことを知れば、人間は何かしらの対応を取るだろうからな」

「狙いは私だったってこと……?」


 ハメられた。アザミたちの狙いは、私をママたちから取り戻して魔王の子供たちでこの国を滅ぼそうとするつもりだとずっと思っていた。でもそれ自体が間違いだったんだ。昔ノアが言っていたように魔族は利己主義。一人一人が自分のための行動にのみ動く。全員が同じ思想で動いているとは限らないんだ。


「目論見通りにお前は動いてくれたよ。あの小娘二人を逃し、人間たちに備えさせた……さすがに王都を丸ごと空にするとは思ってもいなかったが」


 窓の外から見える王都。本当ならそこにはたくさんの人が生活しているはずだ。だけど王都にも、このお城にも誰かの姿は見えなかった。王国騎士団以外無人のアルテミシア王国。まるで王都に住んでいる人が丸ごと国を捨てたかのようだった。

 キッカお姉ちゃんたちに託した情報は偽物だった。それでもシオンさんか、お母さんか……アザミたちの考えを読んで、王都を空っぽにしてまで魔族たちを迎え撃つ作戦を立てた人がいるってことだ。


「お前は人間に寄り過ぎた。我々ではなく、この国を取ったのは兄として残念に思う」

「家族だなんて思ってもいないくせに」


 その私の言葉に、アザミがわずかに反応を見せた。


「一緒にいてわかった。あなたは他の三人と違って肉親を大事に思う気持ちなんて持ってない」


 私が見て来た五年間。ママたちは本当の子供のように愛情を注いでくれた。私が魔王の娘だと分かっていながら守ろうと戦ってくれた。フロスファミリアの人たちも、ママたちの友達も、誰もが絶対的な力を持っていなくたって誰かを大切にする思いを力にしていた。ううん、力が足りないからこそ誰かの弱さを分かることができたんだと思う。

 だからこそ、アザミを慕う双子、私に執着するカレン、私を守ろうとするノア。同じ魔族でも誰かを大切に思う気持ちが本物だってことが分かった。でも――。


「あなたは表向きだけ温かい言葉をかけてるだけ。あなたに執着しているアコやナイトの気持ちを利用しているだけよ」


 初めて会った時に受けた優しい言葉の中に混じっていた気味の悪い感覚。あの瞬間、私が感じたのは表面だけは綺麗に見せただけでその中身は真っ黒な泥みたいなドロドロしたものだ。


「ククク……クハハハハハハハハハハハ!」


 アザミが笑った。私の言葉を否定しないで、むしろ見抜いたことを面白がっているように見える。これまで私たちの前で見せていた落ち着いた態度が一転したことに、私は思わず気圧されてしまう。


「人間の中で育ったからか。そこまで私の心を見抜くとはな!」

「……それがあなたの本性ね」


 私たちと同じ紅の瞳を持っていながら、それを全く綺麗と思えない。輝く瞳の奥に見えるのは真っ黒な負の感情。まるで血の色だ。


「ならばもうわかっているだろう。私の本当の目的が何なのか」


 前に言っていた「この国を滅ぼす」「魔族が人間以上の存在であることを示す」なんて手段の一つだ。アザミの本当の目的はその先だ。


「新しい魔王になるつもりね」


 この国を滅ぼし、ママたちを倒すことで先代の魔王――私の父親以上であることを世界中に示すこと。そのために私を捜していたカレンや、自分を慕ってる双子まで利用したんだ。


「その通りだ。私は父を超え、真の強者こそが集う魔族の世界に君臨するのさ。それこそが真なる魔王。父が目指していた世界とは似て非なるものだ」

「父……魔王といったい何が違うって言うのよ」

「かつて父は家族とやらに興味を抱いた。力を持つ者も持たない者も受け入れ、集団が膨れ上がって生まれたのが魔王軍だ」

「元々は……家族?」


 初めて聞く話だった。だけど今なら納得できる。わずかな記憶の中で、あの場所にいた魔族も、魔物も、みんな優しかった覚えがある。私には軍という感じは全くしなかった。一緒に遊び、みんなで私を温かく見守ってくれていた。主従を超えた何か別の絆みたいなものがあった。


「だが……有象無象で膨れ上がった組織など、その頭が死ぬだけで人間に滅ぼされるほどに脆い。そんなものは私の目指すものではない。現に魔王軍は父が殺されただけで・・・・・・・人間に滅ぼされたではないか」

「……え?」


 アザミの言葉に何か引っかかるものを感じた。殺されたから魔王軍が滅んだ、それでは私がカレンから聞いていた話と全く違う。


「待って。ママたちが……魔王を倒したんじゃないの……?」

「お前たちはそう思い込んでいるようだな。だが本当は、父は討伐戦の前に既に死んでいる。人間との決戦を前に殺されたなど言えないノアたちはその死を病死と偽ったのだ」

「……何でそんなことを知ってるの?」


 アザミが一歩踏み出した。思わず私も一歩下がる。アザミのその表情に恐怖しか感じない。それでも聞かなくちゃ。私が知らない真実を、お父さんの死の真相をこの男は知っているから。


「父を殺したのは私だからだ」


 当たり前だと言わんばかりの口調で、アザミはそう言った。

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