第18話 悪夢の対峙

 連れ去られ、その行方が分からなくなってから数週間。

 幽閉されていたと目されていた城も今は瓦礫と化し、行方を探る術すら失っていた彼女らにとって、その再会は全く予想していないものだった。


「よかった、無事だったんですねマリー」

「でも、どうしてここに……ううん、今はそんな事いいわ」


 マリーのその手を取ろうとキッカが手を伸ばす。とにかく今は再会できた喜びよりも、この森を抜けることが先決だった。


「行くわよマリー。オウカ様たちがあんたの帰りを心待ちにしてるんだから」

「……キッカお姉ちゃん」


 マリーも手を伸ばす。かつて振り払ったマリーの手を今度は放さない。キッカはわずかながら得られた達成感を少し誇らしく感じていた。


「――魔力よ、雷と成れ」

「危ない、キッカ!」

「なっ!?」


 伸ばそうとしていたキッカの手を払い、レンカが二人の間に唐突に割り込む。


「きゃあーっ!」

「レンカ!」


 マリーの手から放たれた電撃がレンカに直撃する。あっけにとられたキッカの目の前でレンカが倒れていく。


「レンカ! しっかりしてレンカ!」

「う……マリー……どうし、て」


 ぐったりとしたレンカを抱き起こし、キッカがマリーを睨みつける。

 彼女の割り込みがなければレンカとキッカの立場は逆だったのは間違いない。


「あんた、何すんのよ!」

「……もう、狙いがずれちゃったじゃない」


 ゾッとするような冷たい声だった。いまだかつてマリーからそんな声色を聞いたことなど二人にはない。


「言ったでしょ。ここから先へは行かせないって」


 マリーの体から淡い桜色のオーラが放たれ始めた。膨大な魔力が可視化したその光景は明らかに人間による魔力の行使を上回るもの。改めて、マリーが魔族なのだと思い知らされる。


「……私、こっちで魔法の使い方を教えてもらったの」


 ゆっくりと右手を持ち上げる。その掌に集まった魔力が光球と化し、マリーの意思によって二人の前の地面に向けて放たれた。


「くっ!」


 着弾した魔力がはじけ爆発する。体で覆い、飛び散る礫からレンカを守る。


「凄いでしょ。こんな力を自在に使えるんだよ」


 マリーが自嘲気味に言った。それはどこか諦めにも似た言い方だった。

 自分とキッカたちは違うと。どんなにお互いが思い合っていてもその間には人間と魔族と言う明確な違いがあるのだと。この力の行使がそれを物語っているのだと見せつけるように。


「一緒に行けるわけないじゃない。だって私、魔族なんだよ?」

「そんなこと関係ない! だって、あんたのお母さんたちは――」

「別に、頼んだわけじゃないわ」


 キッカの言葉を斬り捨てるような一言。トウカとオウカが彼女にかけた愛情を、そしてマリーが二人をどれだけ慕っていたかを間近で見て来たからこそ、キッカはその言葉が信じられなかった。


「……あんた、今なんて言った」

「魔族でも、ずっと育ててくれたことを感謝しろとでもいうの? それこそ自己満足じゃない」


 唇を震わすキッカに更なる言葉が叩きつけられる。これまでもケンカで悪口を言い合ったことはあった。だけど、ここまで明確に心を抉る言葉をマリーから受けたことを彼女は知らない。


「罪滅ぼしだとでも言うつもり? 私の両親を殺して、ずっと私を騙してたんだよ。ノアもアキレアも一緒になって!」

「違う……それだけは絶対に違う!」

「近づかないで!」


 再び放たれた魔法が歩み寄ろうとしたキッカの足下に着弾する。

 この五年間を否定するマリーの言葉。トウカたちから全ての事情を聞かされているキッカとレンカはそれが違うということを知っている。


「言い訳なんか聞きたくない。二人だって何て吹き込まれているかわからないもの」

「くっ……!」


 届く気がしない。頑なに魔族側の主張を受け入れているマリーに思いを伝えられるのは自分たちではないのだ。彼女と話が許されるのは恐らく、その時、その現場にいた者のみなのだ。


「私は許さない。だから、私はこっちに付く。の方に!」

「……あんた、本気で言ってるのよね?」

「本気だよ。私は自分の意思でこっちに残る。だって、私は魔族だから」


 ぎゅっと拳を握り締め、マリーが顔を上げる。幼い頃から綺麗だとキッカが思っていた紅の瞳が敵意を持って睨みつける。


「レンカごめん。ちょっとだけ待ってて」

「……キッカ」


 震える両手を両膝の鞘に納めたダガーに沿える。そして、迷いを断ち切るようにキッカはそれらを一気に引き抜く。


「オウカ様とトウカ様には後でお詫びをしなくちゃね」


 左手のダガーを逆手に持ち替え、右手に握ったダガーと刃を十字に交差させる。

 白刃の交点の先にいるのは血が繋がっていなくても、幼い日々を共に過ごし、絶対に守ると誓った最愛の妹。


「この分からず屋、骨の一、二本折ってでも連れて行ってやる!」


 誰かを守るために得た力を、守ろうとした彼女へと向けることに心が痛んだ。

 王国騎士として、私情を任務に持ち込むことは許されないことはキッカもわかっている。だが、マリーは言ってはならないことを口にした。人間との決別。育ててくれた母たちへの反逆。それが洗脳であれ本心であれ、黙って見過ごすことはどうしてもできなかった。


「……っ!」


 マリーはそんな姿を見て、誰に見えるでもなく歯噛みした。



 ◇     ◇     ◇



「はあ……はあ……アキレア、生きてる?」

「……当然だ。人間ほどヤワじゃねえ」


 ダメージを負った体を引きずり、アキレアが言葉を返す。ドラセナの方も弓の弦が切れ、矢も魔力も尽きかけていた。

 しかし深手を負っただけの甲斐あって、襲撃をかけて来た魔族六人は全員討ち取っていた。


「なかなかやるじゃねえか、女。無名の奴にしちゃそこそこやれる方だぜ」

「オウカたちが異常なのよ。これでも私だって出世頭の一人なのよ?」

「ははっ、違いねえ」


 王国最強の呼び声高いオウカ、その妹であり魔王を倒したとされているトウカ、史上最年少の騎士団長シオン。さすがに同年代に三人も華々しい活躍をしている者がいればドラセナの功績も霞んでしまうのも無理はない。


「……なるほどね。五年前の決戦で仲間がことごとく射抜かれたってのはねえちゃんの仕業か」

「……謝るつもりはないわよ」

「いらねえよ。戦って死んだのはよええからだ。そこに哀れみなんざ余計だ」


 アキレアは人間よりドライに、物事を見ることができる。立場が違えば殺し合うのも当然だ。そこに感情は不要だ。


「ちょっと取っつきづらい奴だと思ってたけど、意外とさっぱりしてるのね」

「ふん。俺に言わせりゃお前ら人間があれこれ考えすぎなんだよ」


 そう言って、アキレアは何かに気づき考え込む。そして、ポツリと呟く。


「……ま、そんな奴だからこそマリーの母親になれたんだろうけどな」

「……そうね」


 思い浮かぶのは二人の姉妹。誰よりも深く思い、考え、自分のことのように心を痛める。そんな二人だからこそ、人と魔族が対立するこの世界で魔王の娘の母親になるなんて選択をすることができたのかもしれない。


「キッカちゃんたち、無事ならいいんだけど」

「あの二人が生き延びりゃ仮に俺たちが死んでも勝ちだからな」

「……そうね」


 仮の話とはいえ、自分が死んだ場合を考えるというのはいい気分ではない。心残りはまだ山のようにある。

 それでもここで得た情報さえ伝えることさえできれば、あとはオウカやシオンたちが何とかしてくれるはずだ。人として、母としての感情ではなく、騎士としての感情ではドラセナはそう思った。


「私たちも行きましょう」

「ああ、結果的には二手に分かれることができた。俺たちも下山して――」

「――残念だが、それは不可能と言うものだ」


 ふと、二人に影が落ちる。今日は快晴だったはずだ。日差しを遮る雲などあるはずがない。つまり、それが意味することは――。


「最悪」


 見上げた刹那、あまりの絶望感に思わずドラセナは笑いが漏れてしまった。


「ゲームでは誰よりも早くターゲットを仕留めるのも大事だが、相手の力量を見抜き、しかるべき時に狩るのを見極める力も必要なのさ」


 太陽を背に浮かぶ一人の魔族。マリーと同じ銀色の髪に紅の眼。

 既に一度目にしているその特徴を忘れるなどあるわけがない。


「アザミ!」

「……あんた、部下を捨て石にしたわね」


 アザミが残酷な笑みをこぼす。彼ほどの力量があれば他の魔族と連携し、ドラセナたちを討ち取ることは容易なはずだ。だが彼はあえて部下が戦い、散る様を見届けたのだ。


「万に一つの可能性でも、流れ矢に当たるつもりはないものでな」

「くっ……」

「だけど、てめえが出てきたのなら、ここで討ち取れば俺たちの勝ちだぜ」

「ほう、できると。全身に傷を負い、そっちの人間は弓も壊れ、矢も尽きかけているように見えるが?」

「……それでも、諦めるわけにはいかないのよ」


 ドラセナが構え、残り少ない魔力を励起させる。


「術式展開――――『修復』」


 弦の切れた弓に魔力を注ぎ、その形を元通りに修復する。

 この術式は夫のフジから教えてもらったものだ。彼は治療にこの術式を用いるが、ドラセナはそれ以外にも独自に改変を加え、物体の損傷も修復できるようにしている。

 だが、そもそも魔術は秘匿する技術ゆえ、使えるのは自身の持ち物か、気心の知れた仲間のいる場に限るが。


「ほう」


 ドラセナは残された最後の矢をつがえる。魔力切れが近い。長期戦は不可能だ。確実な一射でアザミを仕留めなくてはならない。


「援護するぜ、姐ちゃん……死ぬんじゃねえぞ」

「当然よ」


 ドラセナは不敵に笑う。空に浮かぶアザミはその手に魔力を集め始めている。

 絶望的な状況での一縷の希望。そのわずかな可能性をこじ開けるため、ドラセナは深く息を吐き出し、告げた。


「家に愛する子供と旦那が待ってるんだから!」

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