喪失巡路
23-1 : 2人旅
がらり。と、灰になった
遠くに、小川の流れる水音が
“宵の国”を数日覆っていた厚い雨雲は
原生林を抜けた先は、それまでとは打って変わって背の低い木々がまばらに生えるだけの広大な平野だった。
地平の向こうから吹いてくるそよ風は夜の冷気を含んでひんやりとしていて、肩に何か羽織っていなければ肌寒いほどだった。
パチリと小さく
膝を寄せて布に
目が覚めてからしばらくの時間が
柄には、触れることができなかった。その剣を手放してはならないという強迫観念と、身体の芯に染み着いてしまった拒絶反応との間に挟まれて、エレンローズはただそうしていることしかできないでいた。
がらり。再び、燃え尽きた
不規則に揺れる炎の陰影に本来意味などなかったが、エレンローズの記憶と無意識がそこに幻影を浮かび上がらせる。
――カカカカッ! カカカカカカカッ!
炎の影に白骨化した頭骨が浮かび上がり、それが空虚な
――ひはははっ! ひははははっ!
悪魔のようにグニャリと
――カカカカッ! 小娘ぇ……。
――ひははっ! エレンん……。
……。
身体が、震える。
――抜けい。
――抜けよぉ。
……。
呼吸が、できなかった。
――……抜かぬのか?
――……抜かねぇのかよぉ?
……。
頭からサァっと血の気が引いて、全身からヘタリと力が抜ける。
――ならば……。
――それならよぉ……。
……
……。
……。
――何も
……。
……。
……。
「――おい」
……。
「おい」
……。
「おい、どうした?」
エレンローズがその声を聞いてはっと我に返ると、その
「
暗黒騎士“魔剣のゴーダ”のその言葉に、エレンローズが口を開く。
「…………」
そこまできて、エレンローズは口を噤み、ふるふると首を振った。
「……。そうか。なら、いい」
座り込んでいるエレンローズの顔を見下ろしていた視線を上げて、ゴーダが
「ふぅっ。食糧の現地調達など、えらく久し振りでな。少々、手間取ってしまった」
そう言うゴーダの足下には、エレンローズの両手を広げたほどの大きさの川魚が何匹か、大きな葉の上に並べられていた。魚は採ったその場で処理されてきたらしく、腹が開かれ内臓が抜かれていた。
「
「……その様子では、まだ上手く
並べた魚の身が焦げ付かないよう、刺した枝をくるくると回しながら、ゴーダが落ち着いた調子で尋ねた。
「…………」
エレンローズは
「……。まぁ、経緯を詳しく聞こうとは思わんよ。そういう病があると聞いたことはある。黙秘している訳ではないということぐらいなら、私の目から見ても分かるからな――食うか?」
ほどよく火の通った1串を手にとって、ゴーダがエレンローズに向かってそれを勧めた。
「…………」
が、エレンローズは首を何度か横に振って、“いらない”と意思表示した。
「……ふむ。なら、私は勝手に頂くとしよう」
エレンローズの手の届く位置に魚を刺した枝をぶすりと突き立てて、両手の
「…………」
自分の分の焼き魚を手にしたゴーダが、ばくりとそれにかぶりつく。
「…………」
特に何か
「……どうかしたか?」
「…………」
ゴーダの言葉に、返ってくる声はなかった。
――グゥゥ。
エレンローズの腹の鳴る音が、虫の鳴き声と
それを聞いたゴーダが
「食え」
エレンローズに差し出して1度は拒否された魚をもう1度手にとって、ゴーダが腕を伸ばした。
「…………」
エレンローズの目が、迷ったように左右にきょろきょろと行き来する。
「食え、ほら」
魚の刺さった木の枝を
「毒など入ってはおらんよ。今は無理にでも食っておけ。いらん世話かもしれんがな」
3匹目の焼き魚を口にしながら、ゴーダが素っ気ない口調で言った。
「ふむ……あと3、4匹多く採っておくべきだったな。今日はやたらと腹が減る」
そういうゴーダの左腕には、紫色の血が
「…………」
――東の四大主でも、そんな
手元の焼き魚に目をやりながら、エレンローズは何とはなしにそんなことを思っていた。
「…………」
恐る恐る、エレンローズが小口を開いて魚の肉を
食べるという行為を思い出すように、何度も何度も
「
ゆっくりと魚の身を口に入れるエレンローズを見やりながら、自分の分を食べ終えたゴーダが尋ねた。
「…………」
エレンローズが、ゆっくりと首を横に振った。
「だろうな。私も、
塩気のない、泥臭いだけの魚の肉だったが、それは“明けの国”でも何度か食べたことのある魚の味と同じだった。
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