17-16 : 悪意そのもの
「あらあら……? まあ、まあまあ……」
全身を硬直させたローマリアが、表情までも固まらせて、感心した声を出した。
「これは……影縫いの術式ですか? 何てことでしょう……全く動けませんわね」
「貴様の影、頂いた……」
魔法使いの
「我が影縫いの術式は、
そう
「ええ、存じておりますわ……影縫いの術式は、第1級の封印術式……。ですがそれは、本来自己とは不可分の存在であるはずの“影”を使役する魔法」
身動き1つ、表情1つ動かすことのできなくなったローマリアが、辛うじて口だけを動かして言葉を続けた。
「
影使いが、強く光り続ける“魔力連結の指輪”を見やって、青くなった唇をニヤリと広げた。
「私は……“何もせぬ”……。それが……この術式しか使えぬ私の、我が生涯最大の使命であり……今生最後の、役割……」
「よくぞ、魔女を封じてくれた……よくぞ……」
魔法使いの
「……恨んでくれても、構わんぞ……」
「何を
肩で息をしながら、影使いが弱々しい声で続けた。
「……我ら魔法の求道者を照らす、天の光の
魔法使いの
「……先に……待っておれよ……!」
「覚悟せい……災いの魔女よ……!」
影縫いの術式によって動きを完全に封じられたローマリアの目前に、魔法使いの
「
500人の魔法使いの魔力を束ねて練り上げた大魔法。その気配を目の前にして、ローマリアがただ純粋に尋ねた。
「明けの国の
魔法使いの
「させぬ」
衰弱していく影使いが追加詠唱を
その影の腕と、魔法使いの
「……アはっ……アははっ」
身体の自由を封じられ、転位することも
「――アはははははははははははははははははははははっ」
封印の影の中で、ただ狂おしく、
「重力の
魔法使いの
声高に
――フッ。
そして、影と魔女の姿が、それらの含まれていた空間そのものが、突如、消滅した。
それと同時に、バタリっ、と、影使いの
虚空に浮遊する魔法使いの
「重力崩壊の術式……空間ごと、無限に潰れ続ける、第1級消滅術式よ……」
……。
……。
……。
「……ふふっ……うふふっ……」
数え切れない騎士たちの犠牲と、己の命と魔力を削った魔法使いたち、そして我が子を
「……
“三つ瞳の魔女ローマリア”は、それらを前にして、ただ、嘲笑を浮かべて、そこに立っていた。
「……馬……鹿な……」
虚空の中に浮遊している魔法使いの
「馬鹿な……馬鹿な……!」
老魔法使いが
「ふふっ……わたくし、こんなにも胸が高鳴るのは、初めてです……」
「人間の魔法使いと、魔法で殺し合いができるだなんて、夢のようですわ……」
「
「……ふふっ」
「……うふふっ」
「ふふふっ……」
互いに身を寄せ合い、互いに指を絡ませ合い、深い深い嘲りの笑みを浮かべて、“3人のローマリアたち”が、絶望の
「馬鹿な……なぜ……なぜ……」
しわがれた声で
「ふふっ……
「
「うふふっ、さあ、御老体……今のお気持ちを、是非、お聞かせになって……?」
顔を寄せ合う“3人のローマリアたち”のその満面の笑みは、“悪意”そのものだった。
「「「……我が子を無駄死にさせたお気持ちは、
宙に浮く老魔法使いの顔から、生気が消え
やがて、骨と皮だけになった指先から
……。
……。
……。
……パキャ。
とても
「「「
“3人のローマリアたち”が、3つの
取り残された魔法使いたちが、一斉に
「し、師匠……っ。そんな、そんなことが……!」
「第1級消滅魔法を……魔法院の奥義でも、
「もう、無理だ……無理だ……」
その諦めと脱力は、魔法使いのみならず、騎士たちにまで
死人のような顔を浮かべる人間の群れを見やりながら、“3人のローマリアたち”がわざとらしく悲しむような表情をしてみせる。
「
「とても深く、傷つかれておいでなのね……」
「その悲しみ、
……。
……。
……。
「……我らの……積み重ねてきたものは、何だったのだ……」
打ちひしがれて
「もう、いいのですよ……」
魔法使いの背中を、ローマリアがまるで母親のように、優しく包み込んでいた。
「とても、疲れたでしょう……? さあ、目を閉じて……ゆっくり、おやすみなさい……」
薄いローブ越しにローマリアの身体の柔らかさが伝わり、魔女のひんやりと心地よく冷たい頬が首筋に寄せられる。肌を
「あ……あ……」
そのまやかしの母性に包み込まれて、やがて魔法使いの肉体が、ローマリアの姿もろとも、灰色の砂となって、永遠に形を失った。
“数千人のローマリアたち”が、戦意を失った人間たち1人1人と身体を重ねた。偽りの安息に満ち足りた者たちが、抱きしめ合う魔女とともに、砂となって消えていった。
「――第3番、“禁呪書架”……霧散自壊の術式……。甘い絶望は、とてもとても、心地よいでしょう……? うふふっ……」
その禁呪は、疫病のようなものだった。
「ふふふっ……」
被術者の体内の魔力を暴走させ、肉体を自壊させる、ひとつの国をさえ滅ぼし得る、禁呪。
「……
その禁呪は、絶望を糧とする。
「本当に……本当に、素晴らしいですわ……」
――ゆえに、勝利と生に執着する者だけが、この場に生き残るのだ。
「……そりゃどうも」
長剣を抜きながら、隻眼の騎士が言った。
「……」
既にその剣先をローマリアに向けて、
「姉様と、約束したんだ……」
そして“左座の盾ロラン”が、風を
禁書“霧散自壊の術式”が朽ち果て、分身たちが消え
「……アはっ」
――“明けの国”、西方攻略部隊、絶望を乗り越えた残存戦力、騎士150名、魔法使い20名。“三つ瞳の魔女ローマリア”と、
「……終わらせるよ、魔女」
「ふふっ……えぇ……終わらせましょう……うふふっ……」
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