13

“はっ”と目を覚ますと、あたりはすっかり暗くなっていた。僕が眺めていた空には星が輝いている。それに、強い月の光。周りを取り囲む岩山は、満月の明かりによってその姿が薄ぼんやりと照らし出されていた。

それにしても怖い夢だった。ジョッシュから湖底にあるというアーチの話を聞いたから、あのような夢を見たのだろうか。でも、もし本当にそのアーチがあるとしたら、いったいどれくらいの大きさで、どのような形をしているのだろう?


僕は、ふと我に返り、体を起こしてジョッシュの姿を探した。そして、慌てて夜空を見上げ、月の位置を確かめた。既に高く昇ってはいたものの、月はまだ真南よりは若干東側にあるように見えた。

「ジョッシュ!」

僕は声を出して呼んだ。夜の闇に僕の声が吸い込まれていく。返事はない。

「ジョッシュ!」 頼むから返事をしてくれ。

「ティム」

暗闇の中から声がした。「ここだよ」

最初、姿は見えなかったが、岩の上をこするような足音が聞こえて、やがて彼の体の輪郭がぼんやりと見えてきた。

「ずっと寝ていたんだね。死んじゃったのかと思うくらい、じっとして動かなかったよ」

「ああ、相当疲れていたみたいだ。ところで、月はまだ真南には来ていないよね。あの角度だと、あと1時間くらいかな」

「どのくらいかなんて、僕にはわからないよ。湖が光るのを待つだけさ」

まあ、それはそうだ。

でも、彼の言うとおり、湖が本当に光ったら、そして、その光に向かって彼が飛び込んだら、その時僕はいったいどうすればいいのだろう?

逆に、彼の話が事実でないとしたら、湖に飛び込んだ彼はそのまま溺れてしまうだろう。そうなると助け出さないといけないが、この暗さで救出するのはあまりにも困難だ。それに、場合によっては僕も溺れてしまうかもしれない。だが、溺れるとわかっていながら、わざわざ湖に飛び込むような無謀なことをするだろうか?


ここは一つ、彼の言うことを信じてみようと思った。彼は二度と湖面にその姿を見せることはなく、望みどおり、湖底のアーチの向こう側にあるという彼が住む世界へ戻っていくわけだ。

それで・・・彼が戻るのを見届けた僕は、その後どうするのか?

とぼとぼと一人、元来た道を引き返すのか。そして、自分が見た不思議な出来事をみんなに話すのか。スチュ以外、いや、スチュですら僕の話を信じてはくれないかもしれない。何しろ、唯一の証人であるジョッシュ自身が、もうここにはいないのだから。


そんなことを考えているうちに、ジョッシュがそわそわし始めた。水辺に寄り、しきりに湖面を見渡している。僕は月を見上げた。月は高く昇り、南中が間近であることがわかった。時が迫っている。

やがて、頻繁に視線を動かしていたジョッシュが、とある一点を見つめ、動かなくなった。

“ついにその時が来たのか?本当に?”

僕は慌てて立ち上がり、ジョッシュのそばへ駆け寄った。彼は前かがみになり、湖面を見つめている。僕も彼が視線を向ける方へ顔を向けた。

そこには、満月の姿が映っていた。ただ、何か少し違う。円がやや大きいのと、よく見るとその円は二重になっていて、中心部がより輝いているように見えた。

「ティム、あれが僕の言った光さ」

ジョッシュは湖面を見つめたまま言った。「よかった。これできっと帰れるよ」

そして僕の方に顔を向けた。

「本当にありがとう、ティム。いくら感謝しても、感謝しきれないよ」

そう言うと、湖面に向かって前かがみの格好になった。飛び込み台に立つ時のような姿勢だ。

僕はどう言っていいかわからず、戸惑ったまま彼の横顔をじっと見つめていた。ひょっとしたら彼は返事を待っていたのかもしれない。でも僕が何も言わないのを見て、小さく「じゃあ」と言ったあと、光る湖面に向かって思い切り飛び込んだ。「ザバーン!」と水を叩く音がすると同時に、大きな水しぶきが上がった。

それはあまりに一瞬の出来事だったので、僕はどうしていいかわからず、うろたえた。気持ちは焦るばかりで、胸の鼓動が激しく打ち続けた。

ジョッシュが飛び込んだ湖面は大きく波打ち、映っていた月の光も散り散りになったが、しばらくすると収って、だんだんとまた丸い形に戻っていった。彼の姿はどこにも見えない。まだ光は二重になっている。だが、さっきより二つの光の境界がぼやけているように思えた。

それを見た瞬間、僕は自分でもよくわからないうちに足を蹴り上げていた。ジョッシュの後を追って、湖に飛び込んだのだ。ひょっとしたら僕自身、パニックに陥っていたのかもしれない。でもなぜか、それ以外に方法がないように思えた。もし、溺れたら溺れたでその時だ、と。

輪になった光の真ん中に向かって必死に手を伸ばし、頭から突っ込んだ。湖面に手の先が触れた。その後、何かに体が吸い込まれるような気がした。

僕が覚えているのは、そこまでだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る