意図しない試乗

 街の中心から少し離れた場所に位置するその屋敷は土塀で囲まれていた。道路に面する東側には幅一メートルほどの用水路があり、その上に石橋が架けられて玄関に続いている。この地域にしては比較的大きな屋敷はちょっとした過去の栄華の名残であった。

 屋敷の北側には防風林が配置され、冬の北風から家屋を守っている。家屋はごく一般的な日本家屋の二階建てだ。かつては日本庭園風に作られていた庭は、手入れの煩雑さから取り壊されて一部が家庭菜園になり、残りの部分には砂利が敷かれている。

 家屋の南側には縁側があり、それに隣接した部屋がこの屋敷の主が一日のほとんどを過ごす場所である。この畳部屋の中央には掘りゴタツが据え付けられ、一年を通して主がそこに座ってテレビを見たり、昼寝をしたりしている。

 主はコタツを挟んで家人と話していた。

「良一から最近連絡はあるか?」

「昨日の晩、お義母さんが寝てから電話がありました」

「それで何と言ってた?」

「何でも検査入院するから車を預かってくれって」

「ここに来るのか?」

「はい。今日の夕方には車で到着するらしいです。一泊してまた東京に戻ると言っていました」

「一人でか?」

「はい。秋子さんは良一の入院の準備で忙しいとのことです」

「まったく手のかかる子供だ、良一は」

 主はポットから急須にお湯を入れると、自分とコタツの反対側に座っている義理の娘の湯飲み茶碗にお茶を注いだ。

 この屋敷の主である倉田トメは今年百歳になった。十年ほど前までは自分で屋敷の掃除をしていたが、今では二階に上がるのも一苦労だ。ただ、幸運なことに頭の方はしっかりしている。

「お義母さん、今年は四月になってもまだ寒くてなかなかコタツを仕舞えませんね」

「辰子さんや、オレは長く生き過ぎたな」

「またその話ですか……」

「まったく毎日仏壇を拝んで早く迎えに来いって言っているのに、ジイさまは死んでも役立たずだ」

「お義母さん、死んだらどうやって役に立つと言うのですか?」

「ああ、そうだな」

 トメは笑うと、皺だらけで分厚い皮で覆われている大きな手でまだ熱い湯飲み茶碗を平気で持つとお茶をすすった。


 倉田トメは二十世紀に入って間も無く、守部もりべ家の十人兄弟姉妹の最後の娘として山間部の村で生まれた。当時、村の産業は林業と養蚕業であったが、冬になると積雪が二メートルを超えることがある山間部では暮らしはそれほど豊かでは無かった。

 降雪が無い時期は材木を切り出したり蚕の世話をしたりと仕事はあるのだが、雪が深くなるとそれもできなくなる。かと言ってできることと言えば炭焼き程度だった。そして炭焼き小屋から村まで炭を運ぶのが子供たちの仕事だった。

 トメは十歳にならないうちから炭を背負って雪道を運んだ。片道一里(約四キロ)の道のりを他の子供たちと一日二回往復した。冬場は山道が凍結する。坂道の雪はあらかじめ大人が階段状に踏み固めてあるが、子供の歩幅では階段の幅が大き過ぎた。子供たちは何度も足を滑らせて谷に落ちそうになった。

 そうやって子供たちが働き、生活もどうにか安定し出した頃にトメの父親は博打に興じるようになった。最初から仕組まれているイカサマ博打だ。何をどうやっても勝てない仕組みになっている。いや、まったく勝てないわけでは無く、胴元が時々は勝たせて良い思いをさせているから始末が悪い。父親はたちまち博打の虜になった。

 父親をこのまま放置するわけないはいかないと思った母親は一計を案じ、賭場に幼い子供たちを父親の迎えにやらせた。こうすれば子供たちがだだをこね出して父親が早く帰ってくるだろうと思ったからだった。

 しかし母親の計画は二回目にして頓挫した。子供たちに客を奪われた賭場が、すぐさま託児所を開設したのだ。それによって今度は子供たちも一緒に帰ってこなくなってしまった。そうこうしているうちに父親のおかげで家計は火の車となっていった。

 それまで炭を運んで家計を助けていたトメは、今度は年季奉公に出て家計を助けることになった。行く先は村から遠く離れた町にある裕福な家であった。母親は泣きながら嫌がるトメを説得し、父親と一緒に町に向かわせた。

 トメを奉公に出した二日後の深夜、母親は玄関前にたたずむ父親を見て呆然としていた。父親は褌一丁で申し訳無さそうに頭を垂れていた。何が起きたかは明白だった。父親は娘のトメを奉公に出した帰りに賭場に寄って身ぐるみを剥がされたのだ。しかも今回はトメの三年分の前借りである現金も残らず失っていた。

 母親は激怒した。子供たちのこともあるから離婚はしないが、もしまだ博打を続けるようであればこの家から出て行ってもらう。もし家に残りたいなら家のことは何もせずとも良いから家から出るな。残った子供たちは私が一人で育てる。そう言われた父親は残りの人生をほとんど家から出ずに過ごすことになった。

 トメが十二歳の時だった。


 三時間弱で高速道路を降りて実家に続く一般道を走り始めた頃には夕方になっていた。ヘッドライトを初めて点灯させてみたが、昔の車だけあって光が弱かった。もし真っ暗闇の道路を走るのであれば心細い印象だ。一般道に入ってから三十分ほどで実家に到着した。実家に隣接した駐車場に車を停めると荷物をトランクから出した。車が三十台ほど停められるこの駐車場は実家の土蔵を取り壊して作られた。三十台のうち契約されているのは半分ほどで、残りは空いている。

「ただいま」

 いつものように私は玄関に入った。

「バアさんは元気か?」

「元気よ。毎日どんぶりでご飯を食べてるわよ」

「相変わらずだな」

 荷物を玄関に置くと靴を脱いで上がり込んだ。

「ちょっと痩せたみたいね」

「仕事が忙しかったんでね」

 私は二十歳を過ぎた頃から両親に嘘をつくことに罪の意識を感じなくなっていった。すべてを正直に話したら面倒なことになるのがわかりきっていたからだ。

「夕ご飯をすぐ作るから」

「ありがとう」

 荷物を持つと二階にある自分の部屋へ向かった。

 私が小学校の頃から使っている部屋は今でもそのままになっている。妻と帰省した時はこの部屋で寝ることになっている。この部屋で昔と変わったことと言えばエアコンが取り付けられたことだ。昔はそうでも無かったが、最近の夏は東京より暑いこともあるのでエアコン無しでは寝ることはできない。

 荷物を置いて衣装箪笥の中にある部屋着に着替え、階段を下りて茶の間に行くと祖母はコタツに入ったまま横になって寝ていた。テレビの音量がかなり大きいことで耳がさらに遠くなったことが分かった。私がテレビのスイッチを切ってコタツに入ると祖母は起き上がった。

「バアさん、久しぶり」

「良く帰って来たな」

「相変わらず元気そうだな」

「ああ。まだ死ねねぇよ。最近ボケて忘れっぽくてな」

「バアさん、百歳を超えてボケたって話は聞かない。そりゃただの物忘れだ」

「お前、痩せたか?」

「ちょっとな」

 祖母はお茶をいつものように入れはじめた。

「仕事はどうだ?」

「まあ忙しい」

「何で入院するんだ?」

「検査入院だ」

「どこが悪いんだ?」

「どこもかしこもだ。あとで詳しくバアさんには話す」

「わかった」

 祖母はお茶をすすった。

「お袋の調子は?」

「最近は落ち着いてる。でもやっぱり今みてぇな季節の変わり目はダメだな」

「寝込むのか?」

「二、三日寝れば治る」

「そうか」

 母親は生まれつき病弱だった。今までに入院するほどの大病を患ったことは無いが、年に数回は風邪をひいて熱を出して寝込んでいた。特に呼吸器系が弱いらしく、夜中に咳き込んで父親が寝ずに看病していた姿を今でも記憶している。

「バアさん、ひょっとしてお袋は俺が帰ってくるので無理とか……」

 ガラス戸が開けられ、母親が顔を出した。

「二人ともご飯よ」

「はいよ」

 私と祖母は立ち上がり、家の裏庭に面した台所に向かった。


「良一、それであの車はどうすればいいの?」

 食後、いつものように母親は祖母の湯飲み茶碗にお茶を注いだ。

「とりあえず駐車場に置いておいてくれ。退院したら戻ってきてまともに走れるようにする」

「わかったわ。それにしてもあの車は変な形ね」

「俺が初めてバアさんの実家に行った時にショーイチさんに乗せてもらったのと同じ車なんだ」

「三十年も前の車なの?」

「だいたいそれくらい前のイタリアの車だ。バアさん、そう言えばショーイチさんはどうしている?」

 祖母は湯飲み茶碗を置いた。

「ショーイチの野郎は相変わらずらしい」

「相変わらずって?」

「山の仕事を放り出して金にもならねぇ車いじりをしている」

「まだやってるんだ」

「ショーイチの親父も機械いじりが好きだったしな。でも最後は可哀想だった」

「ショーイチさんのお父さん?」

「お前には話していなかったか?」

「いや、聞いてないけど」

「あれは戦争前だったからショーイチがまだ小さい時だった……」

 ショーイチさんの父親は猟が趣味だった。猟の時期になると村の仲間と一緒に山に入って猪とか熊などを捕っていた。ところがある年、仲間と熊狩りに出かけて事故に遭って死んでしまった。仲間の誤射だった。

「やつの親父は竹藪から出てきたところを熊と間違って撃たれた」

「どうして?」

「何だかよくわからねぇが、その日に限ってやつの親父は首に白い手ぬぐいを巻いていたんだ」

「白い手ぬぐい?」

「そう。四つんばいになって竹藪から出てきた親父はツキノワグマと間違えられた」

「白い手ぬぐいが輪に見えたんだ」

「しかも撃ったのは猟が初めての村の若い衆だった」

「運が悪かったのか?」

「ああ、本当に運が悪かった。そのあと村の駐在が検分するわ、遠くから警察は来るわで大騒ぎだった」

「その話は初めて聞いた」

「撃った若い衆も事故だから刑務所には行かなかったが、戦争に行って死んじまった」

 母親はテーブルの上の食器を片付け始めた。私も自分の食器を持って流しに持って行った。

「良一、またあとで来い」

 祖母が立ち上がって居間に戻ったので私は皿を洗い始めた母親に話しかけた。

「バアさんの具合はどうなんだ?」

「とにかく元気よ。この前百歳になって市長から表彰されたわ。それよりあなたの体は大丈夫なの?」

「大丈夫。ちょっと無理がたたって胃とかやられたらしい。検査が終わったらついでにしばらく入院してまた職場に戻る」

「本当に大丈夫なの?」

「そんなことは医者に聞かないとわからない」

「もしあなたに何かあったりすると……」

「それはその時になってから考えてくれ。でもどう考えても俺よりバアさんの方が先だろう」

「心配しなくてもおばあちゃんは大丈夫。もう何年も前から用意をしているから。葬儀場だって決めてあるし、葬儀の積立金だって全部支払い済みだわ」

「バアさんらしいな」

「明日は何時に東京に帰るの?」

「まだ決めていないがお昼前にはここを出て電車で帰ろうと思っている」

「じゃあここで朝ご飯を食べていくのね。鮭しか無いけどそれでいいわよね」

「ああ」

 私は台所から出て祖母が待つ居間に向かった。

 居間に行くと祖母はコタツに入ってリンゴの皮を包丁でむいていた。

「良一、お前もリンゴを食うか?」

「ああ」

「じゃあその仏壇の横に置いてある箱からリンゴを取ってくれ」

 言われた通りに箱からリンゴを出して祖母に渡した。箱には祖母が生まれた村の農協マークが印字されていた。

「このリンゴは村からの贈り物か?」

「オレは頼んだ覚えはねぇが、米寿の祝いの時から毎年送られてきてるような気がする。多分幹太だ」

 祖母はリンゴを洗いもせずに手ぬぐいで良く拭くと分厚く皮をむきはじめた。

「ほれ」

 祖母がすでにむいてある一切れを差し出したので私は手にとって口に入れた。

「くぅ!相変わらず酸っぺーな」

 祖母はニヤリと笑った。

「オレはその酸っぺーのが大好きなんだ」


 街に奉公に出されたトメは半年ほど毎晩寂しくて泣いていた。幸運なことに奉公先の家人はそれほど悪い人では無かったが、学校へはあまり通わせてもらえなかった。友達はできなかったが町の暮らしは村で暮らすより遥かに便利で見る物聞く物がすべて珍しかった。でもトメは村の暮らしの方が好きだった。

 トメは家で飼っていた牛の『ハナ』が大好きだった。ハナは母親から世話を任されていた。毎日の食事の世話や糞尿の始末、果ては散歩までトメの仕事だった。ハナはトメに良くなついていた。ハナを散歩に連れて行くと必ずトメと同じ速度で歩き、トメが疲れて座り込めばまた歩き出すまで待っていてくれた。トメは親に叱られると泣きながら必ずハナの所に行き、その度にハナはトメの顔を舐めてくれた。トメが村から出発する朝にトメがハナに最後のエサを与えると、そのあと一日中鳴き続けていていた。

 奉公先の家には三番目の兄が時々、村で採れるリンゴをトメに送ってきてくれた。奉公先ではもっと甘いリンゴを食べていたが、トメはそのリンゴより村の酸っぱいリンゴの方が好きだった。そしてトメは父親のせいでただ働きさせられているとも知らず、そのリンゴを食べながら村に帰れる日を心待ちにしていた。


「そう言うわけなんだ。バアさん」

 私はかいつまんで正直に自分の病状を話した。

「そうか……」

 そう言ったまま祖母は手に持った湯飲み茶碗をじっと見つめていた。

「いや、まだ死ぬと決まったわけじゃない。これから入院して検査をして、それから治療が始まる。医者の話だと治療をすれば最低でも一年は持つだろうと言っていたし、うまく治療できればもっと生きることができる」

「何もしなかったらお前は一年で死んじまうのか?」

「ああ、でもそれは俺を早く入院させるために医者が大げさに言っただけかも知れない。仮に本当だとしても治療するからそうはならない」

「お前の父親はある日ぶっ倒れて死んじまった。ジイさまも癌で何年も入院してから死んだ。そして今度はお前か……長生きはするもんじゃねぇな」

 私は言葉に詰まってリンゴを口に入れたが、なかなか飲み込めなかった。

「良一、死ぬと聞いて泣いたか?」

「ああ、泣いた」

「ジイさまも死にたくねぇと何回も女みてぇに泣いてた」

「俺も死にたくは無いが、どちらかと言うと痛みの方が嫌だな」

「ジイさまも痛み止めの注射を何本も打ってた」

「バアさん、このことはお袋には言っていない」

「言わねぇ方がいい」

 祖母はお茶をすすった。

「お袋に言ったら神頼みでも始めるかな?」

「多分な」

 母親は神頼みが好きだった。何かあるといつも神頼みをしていた。私も子供の頃は一緒にお参りに行ったが、ある時から一緒に行かなくなった。

 それは私が高校受験を控えたある冬のことだった。母親は私の合格を祈願するので私に一緒に神社に行くように薦めた。私はそれに対して異論は無かったが、祖母は私が行く事に反対した。

「そんなのは意味が無ぇ」

「だってお義母さん、神頼みくらいしないと」

「そんなに行きてぇなら、良一は置いていけ」

 母親は祖母が頑固なことを知っていたのでそれ以上は言わなかった。母親がいなくなったあと、私は祖母に尋ねた。

「何で神頼みがダメなんだ、バアさん?」

「神様には自分の力ではどうにもならないことを頼むんだ」

「そうなの?」

「そうだ。試験はくじ引きか? 実力だろう」

「そうだけど」

「そんな神頼みをしてる暇があったら勉強しろ」

「わかったよ」

 私はこの時から自分のことを神頼みするのを止めた。神頼みをするのは家族の健康のことだけにした。


 三年経ってトメの年季奉公が終わる頃、落雷が原因で村の山が大火事に遭った。山林の半分以上が焼失する大火事だった。村人の家も何軒か焼けた。幸いトメの家は無事だったが、村全体の経済的損失は大きかった。

 年季奉公が終わったトメを迎えに来ていたのはリンゴを送っていた三番目の兄だった。

――トメ、俺の話を良く聞いてくれ

 兄は村で起こった火事のことをトメに話した。兄は年季が明けるまでは火事のことをトメに話すなと両親に言われていた。

――このままお前が村に戻ってもお前を養うことはできない

 トメは茫然となった。

――このまま街に残って糸引きをやってくれ

 当時街には製糸工場がいくつも建てられ、常に糸引きをする女工を探していた。女工には住む場所が与えられ、厳しい労働と引き替えに当時としては高い給料を手にすることができた。

――村が元に戻ったら必ずお前を迎えにくる

 兄はそう言ってリンゴ三個と母親が作ってくれた新しい着物をトメに渡した。トメに選択の余地は無かった。トメは兄の帰り際に尋ねた。

――ハナは元気?

――ああ、元気だ

――あたしの代わりに面倒を見ておいてね

――わかった。必ず面倒をみておく

 兄は振り返らず答えたが、目には涙を溜めていた。ハナは火事のあとすぐに売られ、家にはもう家畜は残っていなかった。


「お前が入院したらもうオレとお前は会ねぇな」

「ああ。考えたくは無いがバアさんの歳も考えると、二人で話せるのは多分今晩が最後になると思う」

 祖母は壁にかかっている祖父の遺影を指さした。

「良一、ジイさまとザリガニを捕りに行った時のことを覚えてるか?」

「ああ、覚えている」

「無茶なジイさまだった」

「ハサミを全部もぎ取ったからな」

 私が小学校に上がる少し前、祖父は私を連れてザリガニを捕りに出かけた。祖父はザリガニが沢山捕れる池を知っており、そこでスルメイカをエサにザリガニを釣った。半日かけて釣り上げたザリガニは二十匹ほどで、それを家に持って帰ると手洗いの中に入れた。

 私がその中の一匹を掴もうとしたらハサミで挟まれた。痛くて泣き出すと祖父は私の手からザリガニのハサミを外し、ついでに手洗いの中のザリガニすべてのハサミをもぎ取ってしまった。

「ジイさまはお前が初孫で可愛がっていたからな」

「でも何も全部のハサミを取る必要は無かったけどな」

 母親の足音がしてガラス戸が開いた。

「お義母さん、お風呂に入ってください」

「わかった。良一、ちょっと待ってろ」

 そう言うと祖母はコタツから出て箪笥から着替えを出して部屋を出て行った。


 製糸工場で働くことになったトメは必死に働いて家に仕送りを続けた。一緒に働いていた幼い女工の中には以前のトメのように夜になると泣いたり、逃げ出したりする者もいたが、トメは歯を食いしばって働き続けた。お湯の中に入っている蚕の繭から糸を取り出す作業では、繭のアクで手が荒れた。手の指の股はあかぎれのようにパックリと割れた。

 仕事にも慣れだした頃、休みの日には母親に作ってもらった着物を着て繁華街に遊びに出るようになった。そして繭の仲買人の息子であった倉田宗吉と出会った。

 トメより五歳年上の宗吉はトメのことを妹のように可愛がってくれた。約三年間そうした付き合いをしてトメが村に戻る時に宗吉はトメに結婚を申し込んだ。トメはうれしかった。このまま村に戻っても大火事の影響はまだ残っているし、年頃のトメはすぐにどこかに嫁に出されることは確実だった。どうせ知らない土地や家に嫁ぐなら、このまま町で宗吉と結婚した方が何倍も安心であったしトメも宗吉のことが好きだった。

 村の両親も異論があろうはずも無く、二人はめでたく結婚した。羽振りが良かった宗吉の両親は二人のために町の外れに土地を買って家を建ててくれた。家を建てる際にはトメの村から大量の材木が送られてきた。トメの仕送りの恩恵を受けた村の家々からの贈り物だった。

 両親の跡を継いだ宗吉の仲買業は順調そのものだった。トメも時々仕事を手伝うこともあったが、ほとんど何もせずとも良かった。昭和に入って息子も生まれ、宗吉は太平洋戦争で召集されたが無事に戻ってきた。街は空襲に遭ったものの、街外れにあった屋敷は焼失を免れた。

 戦後、世の中が落ち着いてくるとトメは宗吉の知り合いに勧められて株投資を始めた。子育てを終えて暇を持て余していたトメに宗吉が少額から運用させてみようと思ったのだった。トメは父親の血を引いたのか株の売り買いは大胆だった。そして日本の高度経済成長期と重なって、気がつけば千万円単位で売買するほど儲かっていた。だがその千万円単位の金を持ってしても後年の宗吉の病気を治すことはできなかった。


 テレビを置いてある台の中には、数年前祖母が久しぶりに村を訪れた時の写真が飾ってあった。村人たちの真ん中に祖母がいる集合写真だ。恐らく祖母はもう村に行くことは無い。祖母の兄弟姉妹は祖母を残してすべて死に絶えている。

 私は祖父の遺影を見上げた。

――結局ジイさんと同じ病気になっちまった

 かつては祖父の墓参りをする時は家族の健康を頼んでいた。しかしいつの頃からか祖母の口癖が『オレは長生きし過ぎた』となり、同じくして私も祖父に『バアさんを早く迎えに来てくれ』と頼むようになった。

 子供の頃は祖母に対して無邪気に『おばあちゃん、いつまでも元気でね』などと言っていたが、大人になるにつれそれは言えなくなった。祖母の歳が増えるにつれ、家に顔を出す祖母の友達の数が減ってきたのが大きな原因だった。そして十年ほど前からは誰一人遊びに来る友達はいなくなり、祖母は一人でテレビを見る時間が増えた。

 私はそうなった祖母を見て、健康であっても長寿が幸せとは限らないと思うようになった。いつまでも元気でなどと言うのは単にこちらの望みであり、相手が望んでいるとは限らない。だから私は実家から帰る時は元気でと言う代わりに『また来る』と言うようになった。

 祖母の足音がしてガラス戸が開いた。私は視線を祖父の遺影から祖母に移した。

「良一、そのジイさまは何を頼んだってダメだぞ」

 寝間着に着替えた祖母は笑いながら言った。

「オレは十年も前から毎晩、毎晩、早く迎えに来いって言ってるのにまだ迎えに来ない役立たずのジイさまだ」

「バアさんが頼んでもダメなら、いくら俺が頼んでもダメなわけだ」

「お前も頼んでたのか?」

「ああ。できればポックリ頼むって」

「二人で頼んでもダメか。ますます役立たずのジイさまだ。良一、今度はお前が風呂に入ってこい」

「わかった」

 私は祖母に言われた通り、自分の部屋に着替えを取りに戻った。部屋に戻ると少し胃が痛むことに気がついたので、念のため痛み止めを飲んでから風呂に入った。


 トメの一人息子は昭和三十年代に結婚した。トメは二人の子供を産んだが、最初に生まれた子供は一歳の誕生日を迎える前に病気でこの世を去った。次に生まれた男の子はトメと宗吉の手を煩わせることなく元気で素直に育った。

 息子が結婚して二年目に良一が生まれた。母親である辰子は体があまり丈夫では無く、また良一が難産だったので父親は二人目の子供を望まなかった。良一は祖父母と両親に可愛がられてわがままに育ったが、中学校一年生の時に父親を亡くし同じく母親の病状が悪化してからは素直な子供になっていった。

 母親が寝込むことが多くなると家事のほとんどはトメがやるようになった。良一は学校から帰ってくると最初にトメとお茶を飲み、トメが夕食の支度を始めると宗吉と一緒に近くの川まで散歩し、食後はトメと一緒にテレビを見るのが日課となった。夏になると宗吉と一緒に家の東側を流れている用水路で川魚を捕まえて遊んだりした。

 その後、良一は十八歳で東京に出るまで祖父母に育てられたようなものだった。


 風呂から出て祖母の部屋に戻ると、祖母が何やら紙を折って封筒に入れていた。

「それは何だ?」

「手紙だ」

「宛先は?」

「色々だ。オレが死んだら必ず宛名の人に渡してくれ」

 そう言うと封筒の束を箪笥の引き出しに入れた。そしてコタツに足を入れた私の目の前に正座した。

「良一、良く聞け」

「バアさん、改まってどうした?」

「この命、お前にやる」

 祖母は濁った目で私の目を見つめた。

「何をいきなり言い出すんだ」

「オレも百年生きた。お前のケツの世話を始めたのは六十近くなってからだ。ジイさまも死んだしお前の父親も死んだ。もう身内の葬式を見るのは沢山だ。だからオレが先に死ぬ」

「そう簡単には死ねない。バアさん、自殺でもする気か?」

「自殺なんかじゃねぇ。道具も何もいらねぇ。ただ死ぬだけだ」

「仮にそうだとしても、俺と何の関係がある?」

「オレの力じゃお前の病気を治すことはできねぇ。でも命と引き換えなら寿命は最低二年は伸ばせる」

「何を言ってるんだバアさん。そんなことできっこない」

「いや、できる」

 祖母は頑固に言い張った。そうなったら何を言っても聞く耳を持たない祖母であることを知っているので話を合わせることにした。

「バアさん、あと二年だな。わかった」

「その後はオレでもどうしようもねぇからな」

 祖母は一息ついて自分の湯飲み茶碗に残っていた冷えたお茶を飲んだ。

「良一、ジイさまが死んだ時のこと覚えてるか?」

「ああ、丁度俺が海外旅行に出かけてたけど、ギリギリで死に目に間に合った話のことだろう?」

「あの時オレが病気になって葬式のあと一週間入院したのも知ってるな?」

「確か看病疲れとかだった」

「本当はそうじゃねぇんだ」

「じゃあ、何なんだ?」

 私は祖母が死ぬと言い出したことにいらだっていた。

「ジイさまはな、本当はお前が来る三日前に死ぬはずだったんだ」

 その頃大学生であった私は彼女と一緒に海外旅行に出かけた。入院していた祖父が気になってなかなか長期間の旅行に行けなかったのだが、祖母から――死ぬまで待っていたらいつまで経っても旅行なんかできない――と言われて旅行に出かけた。

「オレがお前が戻って来るまでの三日間、生きられるようにしてやったんだ。ジイさまとそう約束したんだ」

「約束?」

「ああ。病院でジイさまと二人になった時にな、どうしてもお前の顔を見たいと言うから望みを叶えてやった」

「バアさん、よくわからねぇよ」

 私の頭は混乱していた。祖母の口からそんな言葉を聞くのは初めてであり、またそれに近いような話でさえ誰からも聞いたことは無かったからだ。

「本当はオレの命をジイさまにやれば半年くらい持ったはずだ。でもジイさまがオレに死んでもらっては困ると言うから、じゃあ三日間ってことになったんだ。三日経てばお前が帰ってくるって聞いたからな。でもおかげでジイさまが死んだあと体力を使い果たして一週間寝込んだ」

 祖母の話を聞きながら結局それは単なる偶然で、祖母と話したことで祖父の気力が復活したとでも考えることにした。それにここで言い合いをしても始まらない。ましてや今晩会うのが最後になるかも知れないのにケンカなど決してするべきでは無いと思った。

「バアさんの言いたいことはわかった」

 私は正面から祖母の目を見返した。

「わかってくれたか」

「バアさんはあの世に先に行って待っていてくれ。俺もしばらくしたら追いつくから」

「お前は当分来なくていい」

 祖母は笑いながら私の肩を掴むと体重をかけて立ち上がった。

「山から親戚が皆下りて来たらバアさんの葬式は盛大になるかもな」

「オレも見てぇな」

 祖母は笑った。

「そりゃ無理だ」

 私も笑い出した

「このことは誰にも言うんじゃねぇぞ」

「ああ、わかった。それに言ったところで誰も信じない」

 祖母は寝ると言い出して押し入れから布団を出し始めた。私はもっと長く話していたかったが、祖母は私を無視して布団に入って蛍光灯の長い紐を引いて電気を消した。仕方なく私が部屋から出ようとした時に暗闇から祖母の声がした。

「良一、元気でな」

「ああ。また明日な」

 私はガラス戸を閉めて自分の部屋に戻った。


 トメは暗闇の中で目を開けたまま見えない天井を見ていた。恐らく良一はさっき自分が言ったことを理解していないであろう。だがそれはそれで構わない。

 百年生きてきた中で、楽しかったことと苦しかったことを比べれば楽しかったことの方が多かったような気がする。子供の頃はあまり楽しくなかった。このままこの貧しく苦しい生活が続くのかと思うと、どこかへ逃げ出したい気持ちに何度もなった。ただ、それをすれば両親や兄弟姉妹に迷惑がかかる。だから踏みとどまった。

 宗吉と出会ったのは本当に幸運だった。宗吉の若い頃は芸者遊びに興じたこともあったが、そんなことは自分の娘時代の苦労に比べれば何でも無かった。宗吉が戦争に連れて行かれた時は不安で胸が張り裂けそうだった。山の中腹にある三郎兄の家にいる時に東京大空襲があった。あの晩は三郎兄の二階の窓から東京方面が赤くなっているのが見えた。次はこっちに空爆か来るかも知れないと思うと寝付かれなかった。

 村の人々はきっと元気にやっているだろう。数年前村に帰った時、これが最後になるとわかっていた。自分が育った家もそのままになっていて懐かしかった。リンゴ畑は小さくなっていたが、昔と同じリンゴを作っていた。昔と違って今は便利になり、村でも町でも住むのにあまり変わりは無いと思った。

 思い残すことは無いかと問われれば、無いと答えるだろう。もちろん良一のことは心残りである。だがそれは自分が生きている間は解決しない。

 嫁の辰子も今まで良くやってくれた。自分は本当の娘と思って接していたし、辰子も本当の母として接してくれた。辰子はこれから一人になってしまうが、それはそれで器用に対応していくはずだ。

 百年も良く無事に生きたものだ。事あるごとに自分を支えてくれた皆々に感謝している。これからも皆々が仲良く元気で暮らしていくことを願うばかりだ。

――ふぅう

 トメは大きく息を吸って溜め息をつくと目を閉じた。

 しばらくすると閉じた両目の目尻から涙が流れ出て耳に入った。


 私はとりあえず自分の部屋に戻ってはみたものの、気になったので階段を下りて祖母の部屋のガラス戸をそっと開けてみた。暗闇の中から祖母の寝息が聞こえたので安心して母親がいる居間に向かった。

「そろそろ俺も寝るから」

「良一、おばあちゃんと何を話していたの?」

「どうでもいいような話だ」

「そう。じゃあ私も寝るからね」

 母親は自分の寝室に行ったので私も寝ることにした。東京にいる時は夜中の一時頃まで起きていることが多いが、実家ではやることが無いので十二時前に寝るのが習慣だ。部屋に戻ってベッドに横になると運転の疲れもあってすぐに眠りに落ちた。明け方に一度目が覚めたがすぐにまた眠りに落ちた。

――夢を見ていた

 小学校の頃訪ねた祖母の村の広場に私は立っていた。夕日で赤く染まった広場の中心には茶色の牛の体を洗っている祖母がいた。水が入った手桶に藁の束を入れ、その藁の束で牛の体を洗っている。時折牛が祖母の顔を舐めると、祖母はうれしそうに牛に頬ずりをした。

 私が祖母の家に入ると誰もいなかった。そのまま二階に上がると広い部屋には蚕と桑の葉を乗せた網が何段も置かれ、サクサクと音を立てて無数の蚕が桑の葉を食べていた。窓の外に目をやると村人たちが一列になって森の方へ歩いているのが見えた。

 その列から少し離れて祖母が歩いていくのが見えた。私は慌てて家から出ると走って祖母のあとを追いかけた。祖母との距離がなかなか縮まない中、村人たちはすべて森に吸い込まれた。ようやく森の入り口にたどり着いたら、そこは祠に続く道がある鳥居だった。

 鳥居から道を見上げると、祖母が村人に手を引かれて細い道を上っていくのが見えた。私は祖母に一気に追いつこうと駆けだしたが足にツタが絡んで思うように前進できなかった。

――バアさん!

 叫んでみたが祖母には聞こえないようだった。代わりに祖母の手を引いている村人がこちらを振り返り、その村人の顔を見たら私の父親だった。

――親父、バアさんは……

 今度は私の声が出なかった。父親は再び前を向いて祖母の手を引いて歩き出した。また二人が見えなくなったので、私は足元のツタを手でほどいて走り出した。だが全力で走っては見たものの、まったく追いつけない。ついに祠がある広場に出てしまった。そこには村人たちの姿は無く、祠の前には祖父と父親が並んでこちらを向いて立っていた。

――ジイさん、親父、バアさんが……

 そう声をかけた私の横を祖母が通り過ぎて祖父と父親の方に歩いていった。

――待て! バアさん

 祖母は私に振り返らず歩いていく。私が祖母の肩を掴もうと一歩踏み出したところ、両肩を誰かに掴まれた。振り返ったら何人もの村人たちが私の体を掴んでいた。

――離せ、離してくれ

 祖母は二人の前に行くとゆっくりと私の方に振り返り、笑いながら私に手を振った。私はようやく村人たちの手を振りほどいて祖母に向かって走り出した。

 そして祖母に触る直前に足元が崩れ落ち、奈落の底に落ちていった。


 夢から覚めると寝汗をかいていた。時計を見たら午前六時だった。体を起こすと重い感じがする。以前から奈落の底に落ちる夢を見る時は決まって熱を出している時だった。頭も重いような気がする。起き上がると痛み止めの薬を持って階段を下りた。薬は鎮痛解熱剤なので熱も下がるはずだ。

 台所でコップに水を入れて薬を飲むと家の周囲が静かなことに気がついた。母親はまだ寝ていても不思議では無いが、今日は晴れているので祖母は起床して居間や庭の掃除をしている時間のはずだ。胸騒ぎがして早足に祖母の居間に向かった。

 居間のガラス戸を開けると昨晩私が寝る前と同じままだった。縁側に面したカーテンは閉じられ、大きな音でニュースが流れているはずのテレビは沈黙し、そして祖母は仰向けに寝たままだった。

「バアさん」

 祖母に声をかけると居間に入り、カーテンを開けて雨戸もすべて開けると居間が明るくなった。

「バアさん、どうした!」

 反応が無いので怒鳴った。明るくなった居間で祖母の寝顔を見ると口が半開きだった。

「バアさん!」

 もう一度怒鳴ったが、それは何となく無駄なことがわかっていた。祖母の枕元に正座すると祖母の額に手を当てた。額は直前に触った居間の柱の表面のように冷たく、首に手を当てても脈はまったく感じられなかった。その瞬間、堰を切ったように涙があふれてきた。

「バアさん……」

 言葉が続かなかった。あふれる涙が顎を伝わって膝に落ちた。

――ジイさん、これからそっちにバアさんが行くからよろしく頼む

 祖父の遺影を見上げた。

 私の怒鳴る声を聞いたのか母親が走ってくる足音が聞こえ、勢い良くガラス戸が開いた。

「良一、どうしたの!」

「バアさんが……」

 母親は祖母の枕元に座り込んだ私を見てすべてを理解した。私は立ち上がると柱にもたれかかり、入れ替わりに寝間着姿の母親が祖母の枕元に座った。

「お義母さん!」

 母親は祖母の顔をのぞき込んで声をかけた。

「お袋、ダメだ。脈が無いのも確認した」

 母親は祖母の胸の上に泣き崩れた。それを見て私も再び泣いた。

「本当に寝ているようだわね」

 ひとしきり泣いた母親は顔を上げた。

「お義母さん、今まで本当に長い間色々とありがとうございました。ゆっくりお休みください」

 母親は祖母の遺体にしばらく手を合わせた。私も涙を拭いて遺体に手を合わせた。

「良一、おばあちゃんを送り出しましょう」

 母親は立ち上がった。

「俺の入院は先送りだな」

「大丈夫なの?」

「元々検査入院だ。延ばしたところで死ぬわけじゃ無い」


 私は自分の部屋に戻ると携帯電話で自宅に電話をかけた。

「俺だ」

「どうしたの、こんな朝早くに。具合が悪くなったの?」

「今朝バアさんが亡くなった」

「どうして……」

「俺にもわからないが多分老衰だろう。昨日寝る前までは元気だった。すまないが、俺の礼服など一式を持ってこちらに来てくれないか?」

「わかったわ。お義母さんは?」

「気丈にしてはいるが、今日から葬儀が終わるまで体力を使うから正直どうなるかわからない」

「すぐ用意をするから一時間くらいでこちらを出るわ。それから病院への連絡は?」

「九時になったら俺が電話して入院を延ばしてもらうようにする」

「今痛みはあるの?」

「多少あるが、動けないほどじゃない」

「もし、途中で調子が悪くなったらどうする積もり?」

「それはその時考える」

「そうするしか無いわね。とにかくお昼頃にはそちらに着くから」

 私は電話を切ると寝間着を脱いで着替えた。

 母親の居間に行くと母親が電話をかけていた。

「中村先生のお宅ですか? 倉田辰子です。早朝から申し訳ありませんが義母のトメが自宅で今朝方に亡くなりました……はい、脈はありません……はい、よろしくお願いいたします」

 受話器を置いたところで話しかけた。

「何か手伝うことは無いか?」

「今からご飯を作るからとりあえず食べてちょうだい。作っている間に多分診療所の中村先生が来てくださるから、おばあちゃんの部屋で応対をお願い」

「わかった。来客にお茶を出すだろうからお湯を沸かした方が良いな」

「そうね。お湯が沸いたらおばあちゃんの部屋に持って行くわ」

「いつもはバアさんが沸かしていたのか?」

「そう、お前が生まれる前から」

「四十年以上ずっと毎日?」

「お爺さんが亡くなって一週間入院した時を除いてね」

 母親は少し涙ぐむと立ち上がって台所へ向かった。


「バアさん、本当に死ぬことはないだろう」

 私はスイッチを入れたコタツに足を入れ、冷たくなった祖母に話しかけた。

「そう言えば毎年この時期はコタツを片付けてあったよな。今年は寒いな」

 布団に横たわる祖母が昨晩より小さくなった気がした。ふと窓ガラスを通して庭を見ると、昨晩風が吹いたのか小枝や葉が散乱していた。その庭をこちらに向かって歩いてくる白髪の男性が見えたので私は玄関に向かった。

 中村医師が呼び鈴を押す前に私は玄関のドアを開けた。

「先生、早朝からご足労をおかけします。孫の良一です」

「この度はご愁傷さまです。二十数年振りですか、ご立派になられましたね」

「先生もお元気そうですね。祖母はこちらです」

 中村医師を祖母の居間に案内すると、母親がお湯が入ったヤカンを持って居間に入ってきた。

「先生、早朝からありがとうございます」

「いいえ、とんでもないです。早速診させていただきます」

 中村医師が祖母を診ている間、母親はヤカンのお湯をポットに移し替え始めた。

「お袋、じゃあ俺は裏に行って朝飯を食べてくるから」

「そうして。食べ終わった茶碗はそのままでいいから」

「わかった」

 私は朝食を食べる前に玄関でサンダルに履き替えると庭に出た。玄関の横にある物置の扉を開けた。

「バアさん、今日は俺が代わりに掃除するからな」

 祖母が使っていたと思われる年季の入った竹箒を取り出した。十分ほどかけて庭の掃除をすると再び玄関から入って台所に向かった。朝食を食べながら、私は葬儀の進行や役割分担などがまったくわからないことに多少の不安を覚えた。考えてみれば葬儀に直接関わるのは今回が初めてであった。


 朝食を食べ終わり、後片付けをして部屋の柱時計を見ると午前八時半だった。祖母の居間に行くと丁度中村医師が帰ったところであった。居間のガラス戸を開けると母親が母親と同い年くらいの男性とコタツで話していた。

「こんにちは、ご無沙汰しています。この度はご愁傷さまです」

 コタツから出てそう私に挨拶をした男性に見覚えは無かった。

「良一君もずいぶん立派になりましたね」

「三郎叔父さんの息子さんで健次郎さんよ。良一が子供の頃に何回か会ったことがあるはずだけど」

 母親はそう説明した。

「私の父は昔、この町まで幼いトメ叔母さんを迎えに来たことがあります。もしトメ叔母さんに何かあったら私が全力で手伝うように村の人間から言われていました」

 健次郎さんは数キロほど離れた市に住み、十年くらい前から年に一回程度祖母の様子を見に家に立ち寄っていたらしい。

「トメ叔母さんからも『オレの葬式の時は村の連中はお前が仕切れ』と直接言われました」

「私はさっき電話でそんなに急がなくてもいいと言ったのだけれど、健次郎さんは車を飛ばして駆けつけてくれたのよ」

「父は子供の頃、幼いトメ叔母さんをこの町に一人残して村に帰るのが本当に辛かったと死ぬ間際まで言っていました……」

 健次郎さんはハンカチで涙を拭いた。

「もう村には連絡をしておきました。明後日の告別式には村の人間がやってきます。そちらの手配はすべて私が行いますので任せておいてください」

 呼び鈴が鳴ったので母親が玄関に向かった。

「文恵ちゃん、朝早くから悪いわね」

 そう声が聞こえて母親と一緒に三十代前半と思われるスーツを着た女性が居間に入ってきた。

「『セレモニーホール朝日』の守部と申します」

「良一、覚えている? こちらは守部文恵ちゃん。健次郎さんの娘さん」

 私は母親に紹介された女性から名刺を受け取った。

「私が小学校に上がる前にこちらに何回かお邪魔したことがあります」

「ひょっとして小学生の私があなたを自転車の後ろに乗せて……」

「はい、そのまま後ろに転がり落ちて大泣きしたのが私です」

「思い出しました」

 私がそう言って頷くと健次郎さんは説明を始めた。

「トメ叔母さんは十年ほど前に葬儀場を探し始めまして、その時偶然立ち寄った『セレモニーホール朝日』で娘に偶然会いました。そして……」

 祖母の遺体に手を合わせ終わった文恵さんが割って入った。

「父の話は長いので私が説明します。私が新入社員でまだトメ叔母さんに就職のご報告もしていなかったのですが、職場の廊下でいきなり後ろから『文恵か?』と声をかけられてびっくりしました」

「ああ、そう言えば祖母が葬儀場に親戚がいて頼んだと以前に言っていました」

「トメ叔母さんは『これも何かの縁だからお前に任せる』と言ってそれ以降、すべての手続きは私が引き受けました。様々な手配や諸手続きなどは私どもがやりますので、何かご質問などがありましたら遠慮無く聞いてくさい」

「それを聞いて安心しました。役割分担などに少々不安があったものですから」

「トメ叔母さんは私と会う度に『本当にお前の口元は三郎アンちゃんにそっくりだ』と言って笑っていました……」

 文恵さんは祖母の遺体に目をやるとハンカチで涙を拭いた。


 昼近くになると妻がタクシーで家に到着した。私も手伝って持ってきた荷物を私の部屋に片付けると、祖母の居間に連れて行った。

「お義母さん、この度は……」

「いいのよ、秋子さん。わざわざ遠い所をありがとうね」

 妻は祖母の遺体に手を合わせた。

「お義母さん、何かすることはありますか?」

「いいえ、今のところは大丈夫よ。午後になると近所の人とか来るかも知れないけど、今日はそれだけだと思うわ」

「昼食はどうします?」

「店屋物でも頼もうかと思うのだけれど、何か食べたいものはある?」

「いいえ、何でも食べます。お店の電話番号とメニューは裏の部屋にありましたよね? 私が行って取ってきます」

 妻が立ち上がったので私も一緒に裏手の部屋に行った。

「お袋は午後になったらしばらく寝かそうと思っている。寝付かれないとは思うが、横になれば少しは違うはずだ」

「そうね。あなたは?」

「俺はお袋と交代で少し横になる」

「痛みは?」

「今朝起きた時に熱が出ていたようだったので痛み止めは飲んでいる。それと病院へは電話して入院を最大で一週間延ばしてもらった」

「まさかこんなことになるとは思いもしなかったわ」

「俺もだ。正直バアさんが死んだことをまだ受け入れられない」

「あなたは可愛がってもらっていたものね」

 店屋物のメニューを取って祖母の居間に戻ると母親が咳込んでいた。

「お袋、大丈夫か?」

 母親が咳こみながら指さす方向に薬袋があったので手渡すと、妻は急いでコップに水を入れて持ってきた。薬を飲んでしばらくすると咳も落ち着いてきたので、私が裏の部屋に連れて行って横にならせた。祖母の居間に戻ってくると妻が祖母の枕元に座って祖母の顔を見ていた。

「お義母さんは大丈夫?」

「ああ、しばらく寝ていれば落ち着くはずだ。中村先生も薬を置いていってくれた。それに何かあったら中村先生がすぐ来てくれる手はずになっている」

 妻は微笑みながら祖母の顔を見ていた。

「結婚する時ね、おばあちゃんに良一はわがままな男だがよろしく頼むと言われたの」

「そんなことを言っていたのか?」

「でも嫌になったら無理せずに別れろって。そして別れる前にオレに相談してくれって」

「いかにもバアさんらしいな」

「それで三ヶ月ほど前にあなたに内緒で、お義母さんとおばあちゃんにあなたと別れるかも知れないと相談したの」

 突然の話の展開に私は言葉に詰まった。

「そうしたらおばあちゃんが『理由は深く聞かない。今まで良一の面倒をみてくれてありがとう』って……」

 妻は泣き出した。

「でもまだ別れると決まったわけじゃないと言ったの」

 私は黙って聞くしか無かった。

「おばあちゃんは『いずれにしろオレは長くない。もしオレが死んでからお前たちが別れたらお前に何もしてやれない』そう言って……」

 妻はハンカチを出して涙を拭いた。

「で、どうしたんだ?」

「お金をくれたわ」

「ちなみにいくら?」

 妻は泣き笑いしながら私を見た。

「一千万円よ」

 私は言葉が出なかった。

「私はこんなに沢山のお金は必要無いし、離婚したわけでも無いから返そうと思ったのだけれど頑としておばあちゃんは受け取りを拒否したの。――金なんかいくらあっても墓場までは持って行ねぇから、お前が好きなように使え――って電話の向こうで笑っていたわ。でも好きなように使えるはずは無くて、そのお金は手つかずのままだけど」

「ああ、それでこの前俺が癌で入院すると言った時に金の心配をしなかったのか」

「一千万円あれば最先端の治療を最低でも二、三年は受けられるでしょう?」

 一気に話した妻は溜まっていたものを吐き出したように安堵の表情になった。


 私が母親と交代で少し横になってから目が覚めると夕方になっていた。家の中は特に変わったことは無く、明日が通夜なので来客もほとんど無くて静かだった。むしろ生まれて初めて経験した静かさだった。いつも夕方になれば母親と一緒に台所に立っているはずの祖母の姿は無く、祖母の居間で大きな音を出しているはずのテレビはスイッチが切られ、常に熱湯が入っているはずのポットの中身はぬるいお湯になりかけている。それを見ると祖母の居間は完全に主を失っていることを認識せざるを得なかった。

 夜になると母親の容態も落ち着いたので妻と三人で夕食を済ませた。私が寝ている間に明日の通夜の段取りや明後日の告別式の段取りは健次郎さんと文恵さんが来て説明が終わっていた。

 夕食後、一段落したところで私は一人でドライブに出かけることにした。このまま行くと今晩を除いてもうストラトスを運転する機会が無いと思ったからだ。本当は妻も連れて行きたかったが、念のため母親と一緒に家に残すことにした。


 ストラトスに乗って駐車場を出ると、まず繁華街近くに向かった。繁華街にはかつての喧噪は無く、人影もまばらで寂れている。ここも他の地方都市と同じく中心部から寂れが始まっている。

 繁華街を通り過ぎて川べりの道に向かった。この道は数キロに渡って川と平行している。子供の頃は良くこの川べりまで自転車で来て魚釣りをしたものだった。ストラトスの窓を開けて入ってきた肌寒い空気は春の匂いがした。道が空いていたのでストラトスのエンジンを回してみることにした。

 ギアを二速に落としてアクセル ペダルを床まで踏んだ。ほんの一瞬遅れてエンジンの回転数が上昇を始めた。エンジンの音が変わって加速が始まったが、現代のちょっとしたスポーツ カーの方が速い印象だった。

 川べりの道を途中で右折すると細い山道に入った。この道は舗装されている部分とそうで無い砂利道の部分がある。この道の奥には農業試験場があるだけで他には何も無い。そして試験場の手前の自動車一台分の車幅しか無い砂利道を登り切ると、私の実家の裏山に通じている道に出る。夜になると行き交う車はほとんど無い全長約五キロメートルの道だ。高校生の頃はマウンテン バイクでこの道を走るのが好きだった。

 ヘッドライトをハイビームに切り替えてアクセル ペダルを床まで踏みつけた。加速はそれほどでも無いが、道が細いのでスピード感がある。速度が上がってくると荒れた路面で車が飛び跳ね始めた。ステアリングを左右に細かく動かして修正しながらまっすぐにストラトスを走らせた。

 農業試験場手前の直線の舗装路でフル ブレーキングをして減速すると、車が少し左に振られた。どうやら限界に近い状態でブレーキをかけるとフロント ブレーキが片効きしてしまうらしい。そのままフロントに荷重が残っている状態でステアリングを右に切り、車の方向が変わった瞬間にクラッチ ペダルを踏んでサイド ブレーキを引くと後輪がロックしてスライドし、車は鋭い弧を描いて百八十度ターンをした。

 続いて素早くサイド ブレーキを戻してギアを一速に落とし、クラッチを繋いで細い砂利道を駆け上がった。今は夜で見えないが、車の後方では砂埃が激しく舞い上がっているはずだ。今も昔もこの砂利道は細すぎて、速度を落とさないと危険なので全開というわけにはいかない。

 つづら折りの砂利道をしばらく駆け上がっていくとT字路に突き当たり、右折して舗装路に入った。ここからは下り道だ。道幅は少し広くなったものの、車同士がギリギリですれ違うことができる程度だ。

 舗装路なので速度を上げてみることにした。とは言っても曲がりくねった細い山道なのでせいぜい時速六十キロが限界だ。元来ストラトスはラリー専用に開発された車なので回頭性に優れている。ストラトスは私の思い通りに振り回すことができた。

 ヘアピン カーブを曲がると下りの直線が見えてきた。この直線がこの山道の唯一の直線であり、次に続く多少きつい左カーブを曲がって少し行けば街の灯りを見下ろす場所に出る。ブレーキに不安があるので全開の八割の速度で直線を走るとカーブの手前でブレーキを踏んでギアを二速に落とし、ステアリングを左に切った。

 あ、と思った時には遅かった。ヘッドライトに照らし出されたカーブの出口近くの路面が大量の湧き水で濡れていた。そのまま何もできずに水に乗った直後、後輪が一瞬で流れてストラトスはスピンを始めた。この状態でスピンを始めたらほぼ何もできないことがわかっていた。

 半回転して後ろを向いた瞬間にブレーキを思い切り踏んでみたが何も変わらなかった。ストラトスはさらに四分の一回転して横になったまま道を下りていく。後輪が舗装路を外れて路肩の草むらに落ちた。ジャリジャリとタイヤで弾かれた小さい石がボディに当たる音が聞こえる。次の瞬間、ドン! と樹木に当たる鈍い衝撃を車体の左後部で感じ、ストラトスはその反動でまた四分の一回転して元の進行方向を向いて止まった。


――ショーイチさんでも多分無理だったな

 私は車を降りると、トランクから懐中電灯を出して車体の樹木に当たった箇所を確認した。当たったのは後輪の後ろの部分で、タイヤは無事であった。ストラトスの前後の車体部分は無くても車体強度に影響が出ない設計であり、多少壊れたところで走行に支障は無い。当たった部分は縦に二十センチほど樹木の形に凹んでいたが、車体がタイヤに干渉していないので走行に問題は無さそうだった。

 運転席に戻ってキーをひねったが、セル モーターが回るだけでエンジンはかからなかった。スパーク プラグがガソリンで濡れて火花が飛んでいないことが原因と思われた。ギアをニュートラルに入れ、車を降りるとドアを開けたままでステアリングを片手で持って車を押した。ゆっくりと動き出したところで車に飛び乗った。二十メートルほど先に車がすれ違うための待避所があるので、そこまで惰性で車を持って行ってエンジンをかけることにした。

 再び車を止めるとトランクから工具を出し、凹んだリア カウルを持ち上げてエンジン ルームを懐中電灯でのぞき込んだ。エンジン ルームに異常は無さそうなので工具を使ってスパーク プラグを外して点検してみたら、六本のうち四本がガソリンで濡れていた。スパーク プラグを布で拭いたあと自然乾燥させることにした。

 乾燥を待っている間、待避所から町の灯りをしばらく眺めていた。良く見ると遠くに私の家の灯りも確認できた。

――バアさん、大往生だったな

 中村医師の診断によると祖母の死因は老衰となっていた。私も他の死因は考えつかなかった。ただ、変わったことと言えば顔に涙が流れた跡があったことだった。それが何を思っての涙であるかは本人しかわからない。いや、本人にもわからないかも知れない。

 乾燥したスパーク プラグに息を吹きかけて埃を払うとエンジンに取り付けた。キーをひねると何事も無かったかのようにエンジンが始動した。そして今度は慎重に運転しながら家に戻った。


 一夜明け、通夜になると様々な人々が弔問に訪れてきた。近所の人は言うまでもなく、母方の親戚や祖父が関係していた会社の役員、果ては祖母が株取引に使った証券会社や銀行の関係者まで訪れた。弔問客は庭に入りきらず道路まであふれ出していたが、弔問客の中には祖母の村の人々は含まれていなかった。

 私は一人自分の部屋に戻り、窓を開けて弔問客であふれている庭を見下ろした。この光景を見るのはこれで三度目だ。父親の通夜の時に家の中が忙しくなって自分の部屋に戻るように祖母に言われ、開いている窓から何気なく庭を見下ろしたのが最初だった。父親の葬儀の時はあまり細部まで記憶に残っていない。覚えているのは学校の担任にすぐに家に帰れと言われたことと、家で父親の遺体に対面して茫然自失としている母親と祖母の姿だけだ。

 祖父の時は比較的記憶に残っている。成田空港から家に電話をかけて自分の到着を知らせると、母親から祖父が危篤になっていると告げられた。急いで病院に直行すると祖父がベッドで酸素吸入を受けていた。

――ジイさん、俺だ

祖父の手を握って話しかけると、うつろに開いた目で私の顔を見て何か口を動かしたあと再び目を閉じた。それが最後だった。

 祖父の葬式は準備する時間があったので、それほど葬儀で混乱している様子は無かった。そして父親の時と同じように通夜の晩にこの場所から庭を見下ろした。開けた窓からは満月が良く見え、秋の風が入ってきたのが印象的だった。

 庭にいる弔問客からは祖母の話で盛り上がっているのか、時折明るい笑い声が聞こえた。父親と祖父の時には無かったことだ。今晩の弔問客からは『大往生でしたね』と言うのを何回も耳にした。事実、百年という月日は今の私にとって想像を超える年月だった。どう考えても癌の宣告を受けた私が到達できるとは思えなかった。

――バアさん、できれば死にたくねぇよ

 私は庭を見下ろしながら窓枠を強く握りしめた。


 何かと忙しかった二日間を過ごして告別式の日を迎えた。その間多くの弔問客と話をした。初めて聞く祖母のエピソードも多かった。幸い周囲の人々の助けもあって母親は何とか今日まで持ちこたえた。私も痛みや熱も無く通常通りに動き回ることができた。妻が来て私の役目を補助してくれたことが大きかった。今日が過ぎれば祖母は物理的にこの地球上に存在しなくなる。姿形は写真でしか見ることができなくなる。そう思って私は棺に入った祖母の顔を脳裏に焼き付けた。


 午前十一時を少し過ぎた頃、ストラトスが止めてある駐車場に古びた国産車が一台入ってきた。運転席と助手席には白いワイシャツに黒いネクタイを締めた体格の良い老人が座っている。車は駐車場に入って止める場所を探すように一瞬速度を落とすと、方向を少し変えてストラトスの横に止まった。車から二人の老人が降りると後ろのドアを開け、後部座席に置いてあった黒い上着を出して羽織った。

「この駐車場は土蔵を壊した跡に作ったと聞きましたけど」

「そう言えば前に来た時にはここに土蔵が建っていたな」


 コタツに足を入れていた私が母親に言われて書類を取りに裏手の部屋に行こうと立ち上がった時、開け放たれた縁側に向かって歩いてくる二人の老人の姿が見えた。

――幹太さんとショーイチさんだ

 二人ともすっかり白髪になっていたがすぐにわかった。私は急いで裏手の部屋に行った。書類を持って祖母の居間に戻ると幹太さんとショーイチさんが並んで母親の前に立ち、丁度幹太さんが口を開いたところだった。

「辰子さん、ご無沙汰しております。この度はご愁傷さまです」

「幹太さん、ショーイチさん、遠いところをありがとうございます」

「どんなことがあってもオオババの葬儀には駆けつける積もりでした。村の連中は直接葬儀場に行きますが、我々二人は早く着いたので先にお邪魔した次第です」

「どうぞお上がりください」

「失礼します」

 幹太さんとショーイチさんは縁側から上がり、最初に幹太さんが棺の中の祖母の顔をのぞき込んだ。

「オオババ、幹太です。長い間私を始め村の連中が色々お世話になりました。村の連中はあとから来ます。昔より少し小さくなりましたね……」

 幹太さんはハンカチを出して涙を拭き、線香を上げて手を合わせた。続いてショーイチさんが祖母の顔をのぞき込んだ。

「ショーイチです。名前を付けていただいた孫娘の千里(ちさと)は来年中学校に上がります。おかげさまで家族が仲良く暮らせています。オオババには本当に感謝しています」

 ショーイチさんも線香を上げて手を合わせた。線香を上げ終えると母親に促されて二人はコタツに足を入れた。

「良一、しばらく見ない間に立派になったな。まあ座れや」

 幹太さんにそう言われて私もショーイチさんの反対側のコタツに足を入れた。

「何年振りですか?」

「最後に会ったのがショーイチの家だったから……」

「三十年くらいですか?」

「そんなもんだな。なあショーイチ?」

 ショーイチさんは頷いた。

「あの時はお世話になりました」

「確かショーイチと山に入って足を踏み外してどこかに落ちたんだっけ?」

「はい。山道だったと思います」

「その翌日ショーイチにクワガタを持たされて、何とかって言うイタリアの車で駅まで送ってもらったんだよな」

「はい、ランチア ストラトスです。外の駐車場に置いてあるのがそうです」

「自分で買ったのか?」

「はい、そうですが何か?」

「オオババが『良一の車遊びは金がかかって仕方がない』って嘆いていたのを思い出してな」

「いつの話ですか?」

「二十年くらい前だな。お前が大学生の時だ」

「耳が痛い話です」

「俺も『きっとショーイチにそそのかされたんだ』って言っておいたけどな」

 幹太さんは笑いながらショーイチさんを見た。

「幹太さん、勘弁してください。私は関係無いですよ」

 ショーイチさんは眉をしかめた。


 幹太さんが私の横に座っている母親と話し出したのを期に、ショーイチさんが私に話しかけてきた。

「あのストラトスはいつ買ったんだ?」

「買ったのは五年前ですが、やっとレストアが終わって三日前に初めて乗りました」

「左後ろが凹んでいたが、あれは木に当てたのか? あの程度なら走りに影響は無いだろう」

「おっしゃる通りです。一昨日の晩に裏山でスピンして木に当てました」

「どうやって?」

「左カーブ出口の路面に湧き水が溜まっていまして、それに乗ってあっと言う間にスピンです」

「どんなカーブだ?」

「二速六千回転くらい……いや、現代のスポーツ四輪駆動車だったら三速といったところです」

「単に運転がヘタクソだっただけじゃ無いのか?」

 ショーイチさんはニヤリと笑った。

「お言葉ですがショーイチさんでもスピンしていたと思います。それにフロント ブレーキが片効きしていたので進入速度は落としていました」

 私はヘタクソと言われて少しムキになった

「ブレーキだけを使って速度を落とそうとするから悪いんだ。カーブまで全開で行って一回車を右に振ってスライドさせ、その反動を利用して左に振って曲がれば問題無い。途中で水に乗ってスピンしたところで、ドリフトをしているから三百六十度ターンをして元に戻ればまた走り出せる」

 ショーイチさんはコタツの上に置いてあるマッチ箱を車に見立てて説明した。

「お前は多分ブレーキの使い方が悪い。山道を走る時は、ブレーキは減速じゃなくて車の姿勢を整えるためにも使うんだ」

 母親との会話が一段落してお茶を一口飲んだ幹太さんが私たちの会話に入ってきた。

「良一、俺には何だか良くわからないけど多分ショーイチの言う通りだ。ここに来る時だって地図に載っていないような細い山道を恐ろしい速度で飛ばしてきたんだ。途中の橋を越えたところにあった、ほらショーイチ、何と言ったっけ? 車が飛んだ場所……」

「ジャンピング スポットですか?」

「そう、そのジャンピング スポットで本当に車が飛ぶんだよ。しかもカーブの途中で飛ぶから、空中で車が横を向いているわけよ。そして着地した直後がまたカーブだから、俺は車が道から飛び出て終わりだと思ったね」

「あそこは毎回飛ぶんです」

「そしたら車が着地した瞬間にドリフトをしてカーブを曲がっていくわけだ。ショーイチの横に良く乗る俺でも初めての経験だった」

「それは空中でハンドルを逆に切って、着地前にカウンターを当てていたからです」

「それにしたってショーイチよ、着地した瞬間に舌を噛みそうになるわ、車からギシギシと音がして分解しそうになるわと生きた心地はしなかったぞ」

「幹太さん、ちょっと飛ばしますから喋らないでくださいって言ったじゃないですか。それに車はロール ケージで補強してありますから壊れません」

「まあ、結局バスで出発した連中より一時間以上も早く到着したけどな」

 私はそれを聞いて車の運転ではショーイチさんに勝てそうも無い気がした。

「ショーイチさん、ちなみに今日乗ってきた車って何ですか?」

「ジェミニだ」

「ジェミニって『いすゞ・ジェミニ』ですか?」

「ああ。七十九年モデルだ」

「私のストラトスとあまり変わらない骨董品ですね」

「運転しているのも骨董品だから丁度いいだろう」

 ショーイチさんは笑みを浮かべた。

「ははは、ショーイチもうまいことを言う。そろそろ葬儀場に行こう。村の連中が来る頃だ」

 幹太さんはそう言って席を立ち、ショーイチさんも続いた。


 セレモニーホール朝日の駐車場では健次郎が腕時計を見ていた。特に告別式の時間が迫っていたわけでは無いが、村人の乗ったバスが本当に到着するかどうか不安だった。

 そこに幹太とショーイチが乗ったジェミニが到着し、二人が降りてきた。健次郎は助手席側の幹太のところに駆け寄った。

「おお、健次郎。ご苦労さん」

「お二人は先に来たのですか?」

「ああ。オオババの家に先に寄っておこうと思ってな」

「村の人たちは無事バスに乗りましたか?」

「乗るには乗ったが……」

 幹太は眉間に皺を寄せて健次郎を見た。

「幹太さん、何かあったのですか?」

「あれ、マイクロバスじゃ無くて観光バスだよな?」

「はい。観光バスが三台です」

「マイクロバスの方が料金が安いだろうし、良くそんなに急に観光バスを三台も手配できたな」

「トメ叔母さんの指示です」

「オオババの?」

「トメ叔母さんから『どうせ来るなと言っても村の連中は来るだろうから、窮屈な思いをさせないバスを出してやってくれ』と言われまして、知り合いの観光会社の社長に頼んで手配してもらいました」

 幹太は黙って健次郎の説明を聞いていた。

「料金も五年前にトメ叔母さんが前払いしてあります。もし人数が増えて追加料金が発生しても大丈夫なように私もお金を預かっています。ただ、去年その社長が死にまして息子が跡を継いだのですが、その息子があまり頼りなくてきちんとやってくれているかどうか心配なのです」

「ああそれでか……」

「何がですか?」

「いや、最初俺はあまり大人数でこっちに来るのも迷惑だから二十人くらいにしようって聞いていたんだが……ひょっとして健次郎、東屋のトラ子バアさんに人数は多くなっても大丈夫ですとか電話で話しただろう?」

「あ、はい……」

「それを聞いたトラ子バアさんが、大きいバスが来て楽だから皆で行こうって村中に声をかけたものだから百人を超えたんだ」

「そんなことになっていたとは知らずに、すみませんでした」

「今更どうしようもない。まあいいよ、大人数の方がオオババも喜ぶだろうし。でもトラ子バアさんには気をつけろよ。あのバアさんは話を大きくするのが大好きだからな。ちなみにそんなに急に人数が増えて大丈夫なのか?」

「その辺はすべて大丈夫です」

「じゃあどこか近くにお茶でも飲める喫茶店はあるか? まだ村の連中が到着するまでもう少し時間があるからな」

「はい、建物の正面から入って右側にあります。倉田トメの葬儀と言ってもらえればお金は払わなくても大丈夫です」

「わかった。ありがとう」

 幹太は健次郎の肩を叩くとショーイチと一緒に建物の中に入っていった。


 私、妻、母、そして手伝いに来てくれた親戚は家の門から出て祖母の棺が運び出されて葬儀場に向かうのを見送った。次に祖母がここに戻ってくる時には遺骨になっていると思うと枯れかけたと思っていた涙が少し流れてきた。

 母親が親戚の車に乗って葬儀場に向かったのを見届けると私と妻は駐車場に行った。

「これが五年もかけて直した車なのね」

 そう言いながら妻はストラトスの助手席に乗り込んだ。

「ああ。さっき会ったショーイチさんに初めて乗せてもらった外車だ」

 私も運転席に乗り込むとエンジンをかけた。

「乗り心地はあまり良くないが我慢してくれ」

「あなたの運転で車に乗るのはずいぶん久しぶりね」

「そうだな……」

 車を駐車場から出すと大通りに向けて走り出した。

「正直言うと私はあなたの運転があまり好きじゃなかったの」

「え?」

「街を走っていても何だか怖く感じる時があって」

「それは悪かった。でも原因はわかったような気がする」

「何だったの?」

「さっきショーイチさんに言われて気がついた。俺は自分で思うほど運転はうまくないんだ」

「でも普通に運転はできるし、大学時代は自動車部だったのでしょう?」

「そう言う問題じゃなくて走りがぎくしゃくしているんだ、きっと。それで同乗者に不安を与えてしまっていたんだ」

「まるでちょっと前の私たちの夫婦関係ね」

 妻は笑いだした。

「まあ、そんなものかな」

 私も力無く笑いながら話を合わせた

「この車は運転するのは難しいの?」

「マニュアル トランスミッションだし、左ハンドルだから慣れないと難しいかも知れない」

「私でも運転できる?」

「え、自分で運転するの? だってオートマ限定免許じゃ無かったか?」

「あなたが入院している間にマニュアルも運転できる免許を取るわ」

「でもこの車を売って……あ、そうか一千万円があるのか」

「そう。この車は当分売る必要が無いのよ」

「じゃあ、壊れたところを直して車検を取ろう」

「退院の許可が出た時に私がこの車で迎えに行くわ。ちなみにマニュアルってどうやってギアを変えるの?」

「マニュアルか……わかった、半分だけ運転させてやる」

 私はショーイチさんに子供の頃に教えてもらったやり方の真似をして妻にシフト チェンジを教えた。

 セレモニーホール朝日の駐車場に到着すると、ショーイチさんのジェミニの横に車を止めた。丁度車を降りたところで先に止まっていた三台の観光バスと健次郎さんが目に入った。

「多分あれが村の人を乗せていたバスだ」

「ずいぶん大人数なのね」

「幹太さんの話だと百人を超えるらしい」

 バスの運転手と話していた健次郎さんが私たちを見つけて小走りでやってきた。

「良一君、秋子さん、あと一時間あるからエレベーターで四階に上がって親族の待合室で待っててくれる?」

 私たちは言われた通りに待合室に向かった。


 健次郎は会場を忙しく動き回っていた。手配したバスの運転手に聞いたところによれば新しい社長は見かけとは違って案外しっかりした仕事ぶりで、ひょっとしたら先代の社長以上かも知れないという話だった。それを聞いて心配事の一つが無くなった。それなら帰りも大丈夫だろう。受け付けを通り過ぎる時に後ろから文恵に呼び止められた。

「お父さん、さっき電話があって伝言を頼まれたのだけれど、お願いできる?」

 そう言われてメモを受け取ると、告別式会場に向かった。会場に入ると一直線に最前列に向かい、座っている幹太に耳打ちした。

「幹太さん、さっき勘吉さんから今日は来られないと連絡がありました」

 幹太の顔色が変わった。

「理由は言っていたか?」

「いや、特に何も言わなかったようです」

「わかった」

 幹太は携帯電話を出すと小走りに建物の外に出て勘吉に電話をかけた。

「もしもし、俺だ」

「……」

「勘吉、オオババの告別式に来られないとはどういうことだ?」

「明日女房の足の手術があって……」

「危険なのか?」

「医者は命に関わる手術じゃないって言ってたけど……」

「それなら来られるだろう?」

「でも女房が初めての手術で怖いから今日は一緒にいて欲しいと……」

 幹太は怒りを堪えきれずに怒鳴った。

「勘吉、いい加減にしろ!」

 幹太に怒鳴られ、電話の向こうで勘吉は怯えて声が出なかった。

「お前はいつもそうだ。大事な時はいつもそうだ。俺たちの親父が死んだ時だって、お前の娘が交通事故起こして入院した時だって、お前はいなかったじゃねーか! 面倒なことが起こるといつも逃げやがって。その後始末はいつも俺か、親戚の誰かに任せっぱなしだったよな。だいたいお前が親の反対を押し切って結婚した時、お前のために親父を説得してくれたのはどこの誰だ? オオババだろうが! いいか、俺たちの家だってオオババがいなければ建てられなかったんだぞ。わかっているのか? それが何だ、女房のケツにいいように敷かれやがって。いいか、もう一度言う、今からでもいいから出てこい。俺の葬式には出てこなくてもいいからオオババの葬式にだけは出てこい!」

 勘吉は受話器を握りしめながら泣いていた。

「幹太アンちゃん、ごめんよ。でも……」

「いい、もう我慢できねぇ。金輪際お前とは兄弟の縁を切る。あとは好きなようにしろ」

 幹太は勘吉の返事を待たずに電話を切ると足早に告別式の会場に戻った。


 告別式の時間が迫ってきたので私たちが会場に入るとすでにほとんどの出席者が着席していた。私は親族の席で立ったまま、会場に集まった人々の顔を一人一人見ていた。ここにいる人々の何人かは二、三年以内に私の遺体と対面することになるかも知れない。その時は妻が喪主となって挨拶をし、祖母が安置されている場所に私がいるはずだ。

 母親はショックで具合を悪くしている可能性がある。そうなると妻の負担がかなり大きくなるだろう。そう考えて、自分の席に座る前に最前列に座っている幹太さんの所へ向かった。

「幹太さん、お願いがあるのですが」

「どうした良一、改まって」

「以前、村の親戚一同で撮った大きい写真がありましよね?」

「ああ、皆持っていると思うが」

「家にあったと思ったのですが、無くしてしまったようで見つからないのです。そこでご面倒なお願いなのですが、焼き増しして一枚いただけないでしょうか?」

「ああいいよ。でも何故?」

「祖母方の親戚は人数が多くてなかなか覚えきらないのです。そこでこれを機会に、できればその焼き増しした写真の顔の横にその人の名前を入れて欲しいのです」

「あ、なるほどね。わかった。今日村に帰ったらやっておくよ。できたら送ればいいか?」

「ありがとうございます。そうして頂けると助かります。できれば東京の私の家にお願いします」

「あ、ああ。わかった」

 私は自宅の住所が書いてある名刺を渡した。これで私の葬式の時に妻の苦労が少し減るはずだ。席に戻ると妻が封筒の束を持ってきた。

「お義母さんがおばあちゃんの箪笥に仕舞ってあったのを見つけたようなのだけれど、あなたこれ何だかわかる?」

 それは祖母が亡くなる前の晩に書いていたものだった。親戚の名前らしきものが書いてあるが、幹太さんの名前以外は誰が誰だか良くわからなかった。仕方なくまた幹太さんの所へ行った。

「幹太さん、度々すみません。これは恐らく祖母が一昨日の晩に書き残したものです。封がしてあるので中身は誰も見ていません」

「死ぬ前の晩か?」

「はい。それを書いているところを見たのが最後でした」

 私が手渡したそれぞれの封筒にはひらがなで宛名が書いてあり、それを見て幹太さんがつぶやいた。

「そうか……確かオオババは漢字が書けなかったな」

 幹太さんは椅子から立ち上がると、二十通ほどある封筒を宛名本人に渡して回り始めた。


 守部康夫は封筒を受け取った。

――やすお へ

 封を切って便箋を出した。下手な字で一行だけ書いてあった。

――けんかはやめて、おかあちゃんとなかよくくらせ

 天を仰いで泣き出した。

 守部雄一は封筒を受け取った。

――ゆういち へ

 封を切った。一行だけ書いてあった。

――かねのことはわすれてやる

 深く目を閉じて泣いた。

 幹太が渡した封筒の中身を読んだ村人たちからは次々と嗚咽やすすり泣きが聞こえた。幹太はそれを怪訝な顔をして見ながら、最後に残った自分宛ての封筒を持って自分の席に座った。

――かんた へ

 封を切って便箋を広げた。

――かんきちはゆるしてやれ

「オオババ……」

 幹太は奥歯を噛み締めて堪えてはみたものの、便箋の文字を見ていたら涙があふれてきた。


 告別式は滞りなく進行し、母親が弔辞を読む順番になってマイクの前に立った。

――皆様、本日は義母のためにお忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。

 義母トメは明治の終わりに守部家の六女として生まれ、大正、昭和、平成、そして二十一世紀と生きてきました。その間、関東大震災や太平洋戦争を経験しました。義母が生きた百年という年月は、楽しいことも辛いことも百年分あったと想像しています。

 義母はいつも明るく笑って人々に接していました。そして幼い頃の辛い思い出も笑って話していましたが、本当は辛いことの連続であったとあとで聞きました。どんなに辛くても自分が笑っていれば周りの皆も幸せな気分になれると言っていました。

 私がこの家に嫁いできた時に義母から言われました。

『辰子さん、これから辛いことも苦しいこともあるかも知れんが、人に聞こえるように溜め息をつくのだけはやめてくれ。溜め息を聞いた人の気分が落ち込むからな。もし溜め息をつくなら人に聞こえない場所でしてくれ。そうすれば皆で一緒に楽しく暮らせるから』

 そう言った義母が溜め息をつくところを二回だけ見たことがあります。義父が亡くなった時と義母の息子である私の夫が亡くなった時です。義父の時は台所で亡くなった義父の湯飲み茶碗を洗っている時でした。夫の時は玄関で夫の靴を処分するためにゴミ袋に入れている時でした。どちらの時も背中しか見えませんでしたが、深い溜め息を吐いて泣いているようでした。義母の溜め息を見たのはあとにも先にもこの二回だけです。きっとよほど悲しかったのだと思います。

 義母は誰に対しても優しくて面倒見が良かったので沢山の人々に愛されていました。そこにつけ込まれて何回かお金をだまし取られたこともありましたが、その度に『オレを騙した金で、人が少しの間でも幸せになっていればそれでいい』と言って気にも留めませんでした。

 幼い頃母親を亡くした私は、義母を本当の母親だと思って今まで一緒に暮らしてきました。また義母も私を本当の娘と同じように接してくれました。本当に感謝の思いでいっぱいです。

 最後になりますがお義母さん、私たちはあなたの教えてもらったことを胸にこれからの人生を生きていこうと思います。今まで本当に長い間、私を始め家族のために尽力していただいてありがとうございました――

 母親は弔辞を読み終えると祖母の祭壇に向かって深々とお辞儀をした。静まり返った会場には人々のすすり泣く声だけが響いていた。


 火葬場で祖母の火葬が終わるのを待つ間、私たち家族は村の人々と話をしながら食事をした。

「良一、あの祠を覚えているよな?」

 私が幹太さんの席に行ってグラスにビールを注いだところ、小声でそう話しかけられた。

「はい」

「昨日の朝、山仕事のついでに祠の所に行ったんだ。まあ時々あそこに行って掃除をしたりするんだがな……」

 幹太さんはグラスのビールに口を付けて首をかしげた。

「そうしたら、リンゴが祠の前に置いてあった。いや、置いてあったと言うか落ちていたと言うのか、それとも猿とかの仕業かもわからんが、とにかくリンゴがあった」

「リンゴですか?」

「ああ。村で作っているあのリンゴだ。俺が時々オオババに送っていた酸っぱいリンゴだ」

「祠の近くにリンゴの木があるとか、他の誰かが置いたとか?」

「リンゴの木は無い。他の誰かは理由が無い限りお供え物はしない……お前は覚えているだろう? あの祠の意味を」

「はい、身代わりの祠であると幹太さんから教わりました」

「不思議に思いながら家に帰った直後に健次郎から電話があった。あんなに朝早く健次郎から電話があった時点でオオババの身に何かが起こったと思ったけどな」

「そんなことがあったのですか」

「良一、お袋さんは元気なのか?」

「はい。良くもなっていませんが特に病気が悪化しているということもありません」

「そうか……お前もお前のおかあちゃんも元気そうだしな。ちなみにお前はあの酸っぱいリンゴは好きか?」

「はい。バアさんと一緒に食べているうちに好きになりました」

「じゃあ今度は時々お前に送ってやるよ。名刺の住所でいいよな?」

「はい、ありがとうございます」

 よほど幹太さんに自分の病状を話そうかと迷ったが、祖母との約束があったので話さないことにした。

 火葬が終わると数時間前には存在していた祖母の遺体は数十分の一の体積になった。火葬場の職員には遺骨は百歳にしては丈夫な骨であると言われた。

 遺骨が骨壺に入り、蓋が閉じられたところで長いようで短かった三日間の葬儀が終わった。私は自分の体調も母親の体調も崩れなかったことに安堵した。私が家に戻ろうと駐車場に出たところ、後ろから幹太さんに呼び止められた。

「良一、今のうちに言っておくが俺の葬式もショーイチの葬式も来る必要は無いからな」

「ひょっとしたらこれで最後になるかも知れませんね」

「ああ。そうなるかもな」

「色々お世話になりました。どうもありがとうございました」

 私は幹太さんに右手を出した。幹太さんは私の葬式の方が先になる可能性があることなど夢にも思っていないであろう。

「お前も元気でな。お前のおかあちゃんとお袋さんによろしくな」

 幹太さんは私の右手を握りかえすと、少し離れたところにいたショーイチさんを呼び寄せた。

「良一、何ならストラトスを預かってやるぞ」

「ありがとうございます。でもやっぱり東京に持って帰って直すことにします」

「そうか……」

 ショーイチさんは本当に残念そうな顔をして幹太さんと車に戻っていった。


 妻と一緒にストラトスで家に戻ると、先に母親が祖母の遺骨と一緒に戻ってきていた。家に入ると母親が台所でお茶の用意をしているところであった。

「良一、秋子さん、本当にお疲れさまでした」

「お義母さんこそお疲れさまでした。お義母さんの弔辞が良かったって皆言っていましたよ」

「あれは前から作っておいたんだよな?」

「そうよ。何回も書き直したけどね。二人とも、お茶を入れるから着替えていらっしゃい」

 そう促されて二人で二階に上がった。喪服から着替え終わって一階に戻ってきたところで母親、私、妻の三人で祖母の居間のコタツに入った。母親が三人分のお茶を入れ、皆がしばらく沈黙したあと妻が口を開いた。

「おばあちゃん……いなくなっちゃったわね」

「ああ、一人足らないな」

「何だか玄関を開けて入ってきても不思議じゃない感じだけど……」

 三人でまた沈黙した。

「お袋、このあと一人になるけど大丈夫か?」

「ええ。しばらくは近所の人も気を遣ってくれるし、健次郎さんも文恵さんも様子を見に来てくれるそうだから」

「お義母さん、私がしばらく残りましょうか? 良一さんは検査入院で二、三日家に戻りませんし」

「秋子さん、ありがとう。でも大丈夫よ。この日が来るのはわかっていたから」

「とにかく何かあったら必ず連絡をくれ」

 三人でお茶を飲みだしたらまた沈黙が始まった。仕方なく私はリモコンでテレビのスイッチを入れた。画面にアナウンサーが映し出されると、突然大きな声で喋り出した。

「バアさんの音量のままだ」

 私はそう言ってリモコンを操作して音量を下げた。

――明日の天気です……

 ニュースは天気予報に切り替わり、明日の天気予報が流れ出した。

「明日は暖かくなるようね。あなたたちは明日帰るの?」

「ああ。夕方あたりにしようかと思っている」

「入院はいつなの?」

「明後日かな。このままいけば」

「検査結果は必ず知らせてちょうだいね」

「わかっている」

 再び沈黙しそうになるのを遮るように母親が口を開いた。

「それじゃあ皆で夕ご飯でも食べに出かけましょうか?」

「どこに行く?」

「高速道路の入り口近くにこの前できた美味しい中華料理屋があるのよ」

「よし、そこにしよう。で、どうやって行く?」

「どうやってって……あなたの車で行くのよ」

「お袋、俺の車は二人しか乗れない」

「え、そうなの?」

「そうなんです」

 妻は私を責めるように見つめた。

「あなたは本当に昔から大事な時に役に立たないわね。どうせ東京でもそうなんでしょう? 秋子さん」

「はい、おっしゃる通りです」

「悪かったな、でも二対一じゃ勝ち目がない。バアさんがここにいれば二対二で五分なんだけどな」

「いいえ、おばあさんがいたとしても三対一よ。良一に勝ち目は無いわ」

 母親はそう言うと笑い出した。

「私もそう思います」

 妻も笑いながら同意した。

「はい、はい。わかりました。じゃあこの役立たずの私が電話をかけてタクシーを呼びますが、それでよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

 おどける母親にそう言われて私は電話機の横に置いてある電話帳を手に取った。


 食事から帰ってきた私たちは早々に寝ることにした。風呂から出た母親が寝室に行ったのを機に、私たちも風呂に入って私の部屋に戻った。

「バアさんがいなくなって家の重心が変わったような気がする」

「重心?」

「そう。バアさんのいた部屋が軽くなって家全体のバランスが変わった感じだ」

「どういう意味?」

「別に意味は無い。ただそう感じただけだ」

 妻は眠そうな顔をして布団に入った。

「今度はあなたが体を治す番ね」

「そうだな。うまくいくといいな」

「うまくいくわよ、きっと」

「じゃあ寝ようか」

 電気を消して私が横になるとしばらくして妻の寝息が聞こえた。そして私も睡魔に襲われた。


 ふと夜中に目が覚めて時計を見ると午前二時だった。反射的に体のだるさや腹部の違和感を確認したが、別に異常は無いようだった。ただ、異様にはっきりと目が覚めていた。

 昼間、幹太さんが祠について言っていたことが耳に残っていた。偶然とは言え、私があの晩に見た夢にも祠が出てきた。そう考えていたらあの祠に何か意味があるように思えてきた。

 私は妻を起こさないようにゆっくり布団から出ると、着替えの服を持って部屋の外に出て廊下で着替えた。妻はこの三日間で数時間しか寝ていないはずだ。おかげで私は十分な睡眠をとることができた。このまま寝かせておいて夜が明けて朝になったら携帯で連絡すれば問題無いだろう。それに起こしたらきっと止められるに違いなかった。

 音を立てないように階段を下りると玄関で靴を拾って裏口から外に出た。天気予報通りに空気は少しぬるく、空には綺麗な月が見えた。家を見上げると灯りがついた部屋は無かった。それを確認すると駐車場に向かった。

 今の時間であれば高速道路を使って一時間三十分から遅くても二時間で到着するはずだ。村に到着して祠を見たら恐らく朝になっているので、幹太さんかショーイチさんの家に行って挨拶をする積もりだ。それから村を出発しても午前中には家に戻ってこられる。

 四輪の空気が抜けていないかどうかタイヤを蹴飛ばして確認したあと、ストラトスに乗り込んで祖母の村を目指して走り出した。

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