拾参話 さらば親友
学校での戦いから数日後。パーカーにデニムという私服姿の開人は、琴美の眠る有原家の墓の前にいた。
「……琴美ちゃん。会いに来るのが遅れてごめんよ」
琴美の死後、開人が彼女の墓を訪れたのはこれが初めてだった。墓を訪れるのなら、事件が解決した後にと決めていたからだ。
教師である網川が連続殺人犯だったという事実は世間に大きな衝撃を与え、学校も未だに休校状態。鋼人である開人も事件に関わってしまったため、政府関係の人間も現地入りし状況はさらに混乱。事態の収束には、まだしばらく時間がかかりそうだ。
「……君を守れなくて、本当にすまなかった」
開人は膝を着き、琴美の墓へと頭を垂れた。友人としても鋼人としても、一人の少女は救えなかったという後悔は、一生消えることは無いだろう。
「ここにいたのか」
「春彦か」
声だけで、背後にいるのが春彦だと分かった。
「頭を上げろよ。お前に頭を下げられても、たぶん琴美は喜ばないぜ。それよりも、ちゃんと顔を見せてやれ。その方が琴美も喜ぶ」
「……そうだね」
春彦の言葉に背中を押されたことで開人は胸を張り、堂々たる面立ちで琴美の墓と向かい合った。
そして、一つの覚悟を胸に刻む。
――もう、こんな悲劇は繰り返したくはない。
また同じようなことが起こるのならそれを全力で阻止しよう。理不尽に青春を奪われる被害者を、これ以上生み出したくはない。
青春を奪われる絶望感は、理解しているつもりだから。
「……春彦。君ともこれでお別れだ」
「もう行くのか?」
「うん。あれだけの騒ぎは起こしてしまっては、もうこの町にはいられないからね」
すでに次の転校先は政府によって用意されている。情報操作を円滑に行うために、開人には直ぐにでもこの町を去ってもらいたいというのが政府側の考えだ。
もっとも、政府から提案されなくとも、開人は事件が解決し次第この町を離れることを決めていたわけだが。
「美織先生には?」
「何も知らせてないよ」
「会わずに行くつもりか?」
「うん。その方が、きっと彼女のためだから」
「……開人」
名前を呼んだ瞬間、春彦は拳を引いた。
「歯食いしばれ!」
春彦の放った一撃は開人の左頬を直撃し、鈍い衝突音が響く。拳を受けた開人は微動だにせず、反面殴りつけた春彦の拳は赤く腫れ上がっていた。
「……大丈夫か春彦。痛いだろう?」
「こんなもん、大したことないね」
強がって見せるが、右手の甲を何度も左手で擦っている。幸い骨に異常は無さそうだが、しばらくは腫れが引かなそうだ。
「開人! 美織先生のためとかかっこつけるな。もっと自分に正直になれ」
「春彦……」
「このまま何も言わずに行っちまったら、絶対に後悔する。親友として、それは見過ごせない……それに」
春彦は琴美の墓を一瞥し、再び開人に向き直る。
「思いを伝えられなかった奴だっているんだ。伝えるチャンスがあるなら、お前はそうするべきだ」
「思いを伝えるか……」
それなりに長い年月を生きて、少し怠惰になっていたのかもしれない。彼女のためにこのまま姿を消そうと考えていたが、それは本当に彼女のためか? 自分のためではないのか? 開人は自問自答する。
このまま姿を消すのは、逃げでしかないのかもしれない。
「……ありがとう春彦。目が覚めたよ」
「俺も、違った意味で目が覚めちまったよ」
春彦は、腫れる右手に息を吹きかけながら苦笑する。
「行って来い。親友!」
激励の意味を込めて、春彦は開人の背中を優しく叩いて送り出す。痛そうなので、全力で叩くのは少し躊躇われた。
「春彦。君と会えて本当に良かった。もちろん、琴美ちゃんにも」
「俺もだ。お前が何者であっても俺らは親友。そのことに変わりはない」
二人は互いの拳を突き合わせる。それが、別れの挨拶。
「さよなら。行って来るよ」
「おう、行って来い」
本気になった証なのだろう。鋼人としての能力を如何なく発揮し、開人は風のように一瞬でその場から消えた。
「……行っちまったか」
春彦は琴美の墓の前に座り込み、持参してきたオレンジジュースの缶を琴美の墓へと備える。
「俺達三人で過ごした日々は、消えてなくならない。そうだろ、琴美」
記憶の中の琴美が、優しく微笑んだような気がした。
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