第19話「俺、挑戦します!」

俺、テランスさん、オベール様ご夫妻。

対して、レイモン様、キングスレー商会のマルコさん。


この6人で打ち合せが始まった。


ここでも『論より証拠』を踏襲する事にした。

くどくど説明するより、見せた方が話が格段に速いという事だ。


「皆さん、これを見ながら打合せを致しましょう」


俺はおもむろに、数枚の絵を取り出し、テーブルの上に並べた。


全員の視線が、絵数枚に集中する。

と、同時にどよめきが。


「「「「おおおおお!!」」」」


それは細部まで克明に描かれた『銭湯』の絵であった。

全景、内部等々。

但し、紙に描かれ、色も「ささっ」と塗られた『習作』にちかいモノだ。


ここで一応補足しておくと、

『習作』とは、練習のために作品を作る事。

また、その作品自体である。


話を戻そう。

銭湯全景の背景と周囲はボヌール村だが、

少し変えて、どこか分からぬよう曖昧あいまいにしてあった。


そして、どよめきの中から、まず第一声を発したのはレイモン様である。


「こ、これは!?」


……レイモン様は俺の取り出した絵をじ~っと凝視し、

更に執務室に飾ってある絵にも視線を走らせた。


そして、レイモン様は納得したように大きく頷いた。


「おおっ! やはり同じタッチだっ! す、す、素晴らしいっ! ケン、これは……クラリスさんが描いた絵だな」


「ええ、レイモン様のおっしゃる通り、我が妻クラリスが、俺の『夢』で見た記憶を頼りに描いた絵です」


「うむ! ……ケン」


「何でしょう?」


「私は、クラリスさんの絵のコレクターを自負している。今回の作業が終わったら、この絵を譲って欲しい、頼む。当然、謝礼金は払う」


「分かりました。念の為、クラリスと相談します。今回のお取引きはキングスレー商会経由でお願いします」


レイモン様とクラリスの絵の売買を行う時、

これまでの経緯から、ほとんどキングスレー商会経由で行っている。

たまに例外もあり、その際は直取引だ。


今回は、打合せの場にキングスレー商会のマルコさんが居る。

だから筋を通す意味で、俺がそう答えると、


「あ、ありがとう! そうさせて貰おう」


とレイモン様は礼を言い、マルコさんも、


「ケン様、当商会をお気遣い頂き、本当にありがとうございます」


と、嬉しそうに深く頭を下げたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


全員でクラリスの絵を眺めながら……

打合せが再開された。


進行はマルコさんである。


ここで俺が挙手、補足説明をする。

この絵を基本に、また何か確認をようするのであればいつでも『夢』に招くと。


次にマルコさんが指名し、テランスさんが説明を行う。


テランスさん曰はく、


公衆浴場も一般の建築物と同じく、土台から基礎を造り、上物を造り、内装を整える。

と、いう手順らしい。


クラリスの絵を見ながら、テランスさんは言う。


「今までの公衆浴場は、浴槽に関しても大きな鍋のような金属製、もしくは同じく大型の木製桶のような仕様でした。それに引き換え、銭湯の設備はどれもこれも、全く初めて造るモノばかり。ですが……ぴったりとは言えなくとも、この絵があれば、相当近いモノが造れると思います」


ゆっくりと話し、言葉を選びつつも……

テランスさんは『挑戦』を選択してくれた。


とりあえず一歩前進という事で、マルコさんは満足そうに頷く。


「それは何よりです。ちなみに予算、工期はどうでしょう?」


マルコさんのストレートな質問に対し、テランスさんのネガティブ要素が発動する。


「いや、マルコ様。予算、工期とも、何とも言えません……はっきり言えるのは工期の方でして、時間は相当かかると思います。それに自分ひとりでは、はっきり言って相当きつい。本当にどれほど時間がかかるのか……見当もつきません」


ここで俺が挙手し、またもフォロー。


「土台、上物の目途が立てば、浴槽の製作は、俺の方で何とかします」


当然、マルコさんが尋ねて来る。


「え? ケン様、一体どうやって?」


「はい、浴槽は、俺が行使する地の魔法で生成して造ります。マルコさん以外、皆さんがご覧になったエモシオン、ボヌール村の防護壁の応用です。申し訳ないですが、浴槽に関しては、テランスさんには『仕上げだけ』して頂きます。湯沸かしに関しては魔導給湯器を使います」


ここで「はい!」とテランスさんが挙手をする。

不安げな表情である。


「ケン様、銭湯の仕上げと言いましても『タイル』という細工が……自分には到底無理かと」


「大丈夫です。レッツチャレンジ、あるのみですよ。それに、やる前からダメと言ったら全てが最初から終わりです。万が一ダメでも、タイルが無くとも、失うものは何もありませんので」


「ですが……」


「では、ひとつお聞きします。テランスさんは風呂造りに何を求めていますか?」


「風呂造りに? 何をとは?」


「はい、俺には……幼い俺が心に刻んだ思い出を、この世界にも作りたい。俺の過去を見て、テランスさんが心を動かした。だから、貴方が一番望んでいるのは、公衆浴場が生み出す心の絆……だと思いましたが」


「う!」


言葉に詰まったテランスさんへ、俺は更に言う。


「であれば、仕様に関してはトライアルアンドエラーで、試行錯誤して行きながら、高みを目指すというスタンスで、テランスさんが少しでも前に進み、理想の風呂造りへ、まい進すれば良いと俺は思います」


俺の言葉を聞き、レイモン様も賛同してくれる。


「テランスさん、ケンの言う通りだ。私達が目指すのは、仕様よりも、公衆浴場を心のよりどころとする事なのだ。それに最初から万事が万事、上手く行くわけはない。トライアルアンドエラー、言い得て妙だ」


オベール様、イザベルさんも続く。


「テランス、レイモン様のおっしゃる通り、挑戦あるのみだ。もしも上手く行かずとも誰もお前を責めやしない」


「そうですよ、攻めて行きましょう」


最後にはマルコさんも、


「そう簡単にすいすい行けば、誰もが成功者で大富豪ですよ。そんなのありえません」


と勇気づけ……


「分かりました! 俺、挑戦します!」


と、全員から励まされ、テランスさんは、決意を新たにしてくれたのである。

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