第10話「視線」

 レオとイーサンは、走るのを我慢。

 自分を無理やり抑えるようにゆっくりと歩いて行った。


 俺もゆっくりと立ち上がり、違うテーブルへ。

 ちょっと離れた場所からふたりを見守ることとしたのである。


 レオもイーサンも、俺の言いつけに従っていた。

 お行儀よく並んで順番を守り、一度に多くの量を取らない。

 それでいて、生まれて初めてのホテルのビュッフェ形式ディナーを充分に楽しんでいる。


 俺は念の為、索敵の魔法を行使する。

 周囲にふたりを害するような悪意はない。

 問題は……ないだろう。


 ふたりに気付かれぬよう、俺は違う料理を取り、席へ戻る。


 やがて、レオとイーサンは取り皿に料理を載せて戻って来た。

 ふたりとも満面の笑みを浮かべている。


「お父さん! ホテルの食事って、露店と全く違うし、ウチの夕飯とはまた違う雰囲気で、とっても面白いよ!」

「うん! 全然知らない人たちと、料理を分け合うのって、凄く不思議だよ!」


 ふたりの声は弾んでいた。

 姉と張り合う事は、とりあえず一旦中止という雰囲気だ。


 俺は同意し、持ち帰ったテーブル上の料理を示す。


「ああ、とっても面白いし、凄く不思議だな。そんで俺もさ、好きな料理取って来た。全員でシェアして食べるか」


 レオが、俺の持ち帰った料理をじいっと見た。

 チェックしたらしく、言う。


「うお! お父さん、何それ? 俺達と違う料理取って来たの?」


 イーサンも頷き、驚く。


「ああ、ホントだっ!」


「あはは、お前達だってそうだろ?」


 レオとイーサンは『連携』していた。

 事前に示し合わせ、互いに違う料理を取って来ていたのだ。

 そうすれば、ふたりで適量ずつ違う料理を楽しむ事が出来る。


 そういえば露店のランチでも同じ事をしていたっけ。

 さすが兄弟。

 息の合った頭脳コンビプレーだ。


「見抜かれてた」

「さすが、お父さん」

「ははは、似た者同士の親子って事だ。さあ、テーブルの真ん中に料理を載せた皿を置いて食べようぜ」


「うお! すげぇ!」

「3人でいろいろ食べれる! やったあ!」


 こうして……

 俺達親子3人は、楽しい夕食を開始したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ホテルセントヘレナのレストラン料理は、ヴァレンタイン王国の貴族料理を基本にした豪奢なものだ。

 王国各地のあらゆる地形から生み出された数多の食材を使い、一流の料理人が作る、そして洗練された味なのだ。


 一応、ハーブ料理もある。

 やはりというか、ウチの料理には遠く及ばない。

 だが、余計な事を言えば、興が削がれる。

 なので沈黙は金である。


「お父さん、露店もそうだし、ホテルの料理もウチとは全然違う。でも凄く美味しいよ!」

「分かった! お父さんの言ってた方向性の違いって事?」


 レオとイーサンは、本当に美味そうに楽しそうにメシを食べる。


 いや、ふたりだけじゃない。

 タバサ以下ウチの子達は皆そうだ。


 これって才能のひとつじゃないだろうか?

 なんて、超親バカな俺。


 そしてレオとイーサンは、昼間同様、旺盛な食欲を見せる。


「お父さん、もっと食べて良い」

「俺、まだまだ全然行けるよ」


 と、ここで食事をする俺達へ視線を感じた。

 殺意、悪意のない視線だが、少しだけ気になった。

 羨ましさ、切なさ、そして口惜しさが入り混じる複雑な感情のこもった視線……


 「ちら」と見れば……

 少し離れた場所に料理を載せた皿を持つ年少の女の子が俺達を凝視していた。

 金髪碧眼ですらっとしていた。

 高価そうなブリオーを着ているから、貴族か、裕福な商家の子女に違いない。


 レオ、イーサンより少し年下、8歳くらいの女の子だろうか。

 ウチでいえば、ふたりの妹フラヴィ、シャルロット、ララと同じくらい……

 つい父親目線で見てしまうが、結構、可愛らしい子だ。


 レオとイーサンは食べるのに夢中で、こちらを見つめる女の子に気が付かない。

 俺が改めて見たら、女の子と視線が合った。


 すると、女の子は不機嫌そうに頬を「ぷっ」とふくらませ、唇をとがらすと、

 踵を返し、「ふいっ」と行ってしまった。


 ……女の子がこちらを見ていたのは、何か理由があるのだろう。


 だがさすがに……

 こちらへ害意のない、見ず知らずの女の子だ。

 彼女の心の中を、魔法を使って読むわけにはいかない。


 苦笑し、ため息を吐いた俺は……

 何事もなかったかのように、レオ、イーサンとの食事に戻ったのである。

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