第46話「帰りたくない!③」

 翌、木曜日の朝。


 9時になり、まず俺は転移魔法でエモシオンへ跳んだ。

 例のオベール様執務室隣接の従士の部屋へである。

 

 ノックし、オベール様へ声をかけると、当然ながら在室。

 イザベルさんとフィリップも待っていた。

 レイモン様から一緒に託された簡単な口上を述べ、辞令を渡す。

 うやうやしく受け取ったオベール様は、ごくりと唾を呑み込み、巻いてあった辞令を開いた。

 無言で読み、ぱああっと顔を明るくした。

 

「ケン、ありがとう! ありがとう!」


 オベール様から熱く礼を言われ、イザベルさんとフィリップからも……


「ケン、感謝しているわっ! お祝いの宴を催すからぜひ来てね!」

「ケンにい、ありがとう!」


「良かったです。今日はこれで……改めてじっくりお話ししましょう」


 俺はお辞儀をして引き下がり、隣室へ。

 即、転移魔法で自宅へ帰還した。 

 

 さてさて!

 本日は、妖精の国アヴァロン内にある人魔族の入植地へ赴く。


 元悪魔で人魔族のリーダー、アガレスの愛娘ロヴィーサがボヌール村へ来てから1週間経った。


 最初は頑なに地上行きを拒んでいたロヴィーサも……

 ボヌール村に腰を据え、世界各所を回り、首脳達と会い、リアルな世間を知り、励まされもし……ようやく気持ちが落ち着き、前向きとなった。


 否、前向きどころではない。

 今や前向き以上に、帰りたくない、もっともっと勉強したいと言い張るくらい、

やるき満々となったのである。


 さてさて!

 人魔族が入植中の妖精の国アヴァロンは地上とは違う異界である。

 地上から簡単に赴く事は出来ないし、よこしまなる存在の侵入を防ぐ為、強力な結界が張られている。


 このアヴァロンと、地上との出入り口は、秘密の『ポイント』と接している。

 え?

 場所?

 ボヌール村から遥か遠く、一応ヴァレンタイン王国内。

 付近に人家は全く無い草原、そこにある平凡な雑木林の中とだけ言っておこう。


 俺達は自宅からそのポイントまで転移魔法で跳び、更にそこからアヴァロンへと同じく跳ぶのである。


 前世で航空機を使い、移動した感覚に似ているとサキは言う。

 「あっという間にひとっ飛び 」という俗な言葉がある。

 だが、転移魔法はそれ以上、たった一瞬。

 確かに転移魔法を使い過ぎると、距離感が麻痺する。


 という事で、あっという間にアヴァロンの入植地へ到着。

 俺達の目の前にはアガレスの官邸、ロヴィーサの自宅があった。


「ケン様」


「何だい、ロヴィーサ」


「はい、女神スオメタル様が、順調だと仰って頂いたから、あまり心配はしていませんが、少しだけ気にはなります。父上が今どうしているのかと……」


「まあ、大丈夫だろ。ちなみにスオメタルはお前の先輩にあたるんだ」


「えええっ? 女神様が私の先輩……なのですか?」


「ああ、彼女が、今のロヴィーサと同じく研修をした時、担当教官は俺だったんだ」


「え~、女神様が研修? そ、そうなんですか?」


 と、会話を交わしていたら、目の前の官邸が以前とは全く違う事に気付いた。


 パッと見、外観は全く変わっていない。

 だが……官邸を包む気配が著しく変わっていた。


 ロヴィーサが驚きの声を上げる。

 

「ケ、ケン様っ!? こ、こ、これは! な、何という巨大な気配! 凄まじい魔力がやかたを覆っています! な、な、中にっ!? い、い、居るのはっ! ス、スオメタル様だけではありませんっ!」

 

 さすがにクーガーとベアーテ、更にサキも同じく驚いた。


「だ、旦那様! こ、これは凄いっ! そしてっ! こ、この気配は魔族ではないぞっ!」

「え、ええ! こ、これはっ! 確かに凄いわっ!」

「な、な、何々っ! し、し、信じられないっ、こ、この魔力の大きさっ! オベロン様、ティターニア様の比じゃないっ!」


 しかし、俺は慌てなかった。

 官邸を覆う気配に『覚え』があるからだ。


「みんな、大丈夫だ。スオメタルが告げた言葉の意味が分かったよ」


「え? どういう事でしょうか? ケン様」


「まあ、館の中へ入れば分かるさ。さあ、行こう」


 館の入り口には人魔族の守衛が立っていた。

 動揺している様子はない。

 今の子の状態が普通だと認識している証拠だ。


 俺は笑みを浮かべ、頷くと、官邸へ足を向けたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 厳めしい人相をした人魔族の守衛であったが……

 俺と人魔族担当の嫁ズ、クーガーとベアーテの顔は見知っている。

 それにアガレスの愛娘であるロヴィーサも居るから、全然おとがめなし。

 晴れ晴れとした笑顔で通してくれた。


 やはり緊張感はない。

 この気配が通常の事象である証拠だ。


 中に居たアガレスの部下も笑顔である。

 その理由はすぐ分かった。


 執務室の扉をノックしたら、反応があり、すぐ入室を許された。


 部屋に居たアガレスは大勢の女子達に囲まれていたからだ。


 ざっと10人は居る。

 そして、その女子達は全員人間ではなかった。


 もう皆さんにはお分かりであろう。

 女子達の中には、スオメタルが居たのである。

 アガレスの周囲に居たのは……

 更に追加派遣された天界の女神達だったのである。


 俺達がアヴァロンへ来訪していたのに気付いていただろう。


 女神のひとりが手を挙げ、ぶんぶん振り、念話で話しかけて来る。


 スオメタルであった。

 いつもはクールな彼女も珍しく笑顔である。


『ケン様! お疲れ様でございます。水晶玉で全て見ておりましたよ。さすがの研修指導でございます』


『おう、スオメタル。いろいろありがとう。お疲れ様!』


 という会話を交わしたが、父を見て改めて驚いたのがロヴィーサである。

 いつも厳めしい面持ちの父が、好々爺と化した姿を見てショックだったようだ。


「ち、ち、父上っ! い、一体、ど、どうしたのですっ!?」 


「おお、ロヴィーサか。良くぞ戻った」


「良くぞ戻った、ではありませんっ! そ、そのにやけ顔は! ふ、ふ、不謹慎ですよっ!」 


 しかし!

 ロヴィーサの叱責に対し、諫め、なだめる者がふたり居た。


「ははは、そう怒るな。けしてにやけ顔ではないぞ、穏やかな好々爺こうこうやだ、ロヴィーサよ」

「ふふふ、その通りだ。ロヴィーサよ、落ち着け」


 ひとりは、年齢は……18歳くらいだろうか。

 身長は結構高い。

 180㎝近くあり、今の俺とほぼ一緒。

 ただ身体は俺よりも鍛えている雰囲気で、二の腕なんか「むきっ」と逞しい。


 ウェーブのかかった豊かな金髪が風になびく。

 鼻筋が通った美しい顔立ちで、きりりと引き締っている口元が凛々しい。

 そしてダークブルーの瞳。

 男装の麗人——そういうタイプ。


 そしてもうひとりは、サラサラ金髪&長髪で、鼻筋の通った端麗な顔立ち。

 切れ長の目、菫色すみれいろの瞳、。

 独特なデザインのアールヴ衣装に包まれているスレンダーな体型。


 そう、スオメタルだけではなかった。

 派遣された女神達の中に居たのは……

 人間の美少女ジュリエットに擬態した戦女神ヴァルヴァラ様。

 そしてもうひとりは、相変わらず高貴な雰囲気は変わらない、アールヴの女神ケルトゥリ様。

 

 ふたりのランクSたる上級女神だったのである。

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