第30話「待っているぞ」
エモシオン&ボヌールでランチを食べた後……
用事が済んだティターニア様一行妖精達はひと足先にボヌール村へ帰還する事となった。
架空の人物、事務次官のダン・アドラムの家へ戻り、ここで護衛のカルメンとは一旦サヨナラ。
ダンの家で着替えた後、転移魔法で再び、オベール様の城館従士控えの間へ。
隣の執務室に移動し、ランチから戻っていた上機嫌のオベール夫妻へ挨拶。
今回から会議に参加する未来の当主、息子のフィリップも呼ばれていて、改めて笑顔で挨拶してくれた。
これから俺は宰相として、嫁ズ、秘書達と共に、オベール家の会議に参加するわけなのだが……
その前にティファナ様ことティターニア様から、今回の出店見送り決定と経緯の説明が為された。
オベール様は落胆していたが、商いのプロである奥方イザベルさんは、「うんうん」と頷き納得している。
「ええ、ティファナ様はボヌール村でお暮しになりながら、人間社会についてじっくりと学ばれた方が良いと思います。その上で、このエモシオンで商売する見通しをお立てになれば宜しいでしょう」
イザベルさんのアドバイスを聞き、ティターニア様も納得し、笑顔を見せた。
「うふふ、イザベル様の仰る通りですね。そうします」
そして、辞去の挨拶も。
「では皆様、本日はこれで失礼致します。いろいろありがとうございました。また宜しくお願い致します」
優雅に礼をしたティターニア様、付き従うベリザリオとアルベルティーナは隣室へ……
ここからティターニア様の転移魔法で、直接ボヌール村の宿舎へ帰るのだ。
そして何事もなかったかのように、村で顔を見せるという流れ。
「行ってしまわれたか……ふう」
大きなため息を吐くオベール様。
ティターニア様の美しさに見ほれたというだけではない。
先ほどのブランシュ夫妻のように、妖精女王を目の当たりにして憧憬の念を抱いたのである。
……子供の頃、童話などで読んだ伝説の存在が目の前に居て、直接話す。
という出来事に感動してしまったのだ。
まあ、俺だって初めてティターニア様の正体を知った時は、びっくりしたもの。
閑話休題。
そんなオベール様を𠮟咤激励し現実世界へ引き戻すのは奥方イザベルさんの役目。
内定した新たな爵位を振りかざし、びしっと言う。
「ほら、男爵閣下。いつまでもぼうっとしていては困りますよ」
「わ、分かった! 打合せを始めよう」
おっと、何か視線を感じる。
サキとロヴィーサだ。
視線の先にはイザベルさんが居た……
ふたりで頷き合いながら、熱心にメモを取っている。
……良い事だ。
イザベルさんは良妻賢母であるが、女傑でもある。
愛される伴侶、ミシェル、ソフィ、フィリップの優しい母というだけではない。
オベール様の戦友として共にエモシオンを支えている。
そんなイザベルさんの物言い、立ち居振る舞いが、考え方が……サキとロヴィーサにとって、大いに参考となるのだろう。
サキは俺の嫁として、ボヌール村の運営に深くかかわって行く。
ロヴィーサも父アガレスと共に人魔族の未来を担って行く。
ふたりには大きな
ひどく真剣な表情のサキとロヴィーサを見て、俺も気持ちが熱くなったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして、オベール家における打合せ……
つまりエモシオン運営会議が開始される。
カルメンも呼ばれ、エモシオンの現状報告もされた。
その上で、様々な意見交換、提案が為されるという形。
人口が大幅に増えたエモシオンの大きな課題はやはり経済の振興策と雇用、
そして治安の維持である。
ボヌール村の議題も上がり、やはり経済と治安の話がメインとなる。
ここで村長として、堂々と話をしたのがリゼット。
良い機会だと思ったのか、ミシェルとソフィもフォロー。
経済振興と防備に使う予算の大幅増を勝ち取った。
最後に俺から、王国、そして世界の情勢について説明をする。
相変わらずオベール様の親友筋から王都の情報は入っているらしい。
だが情報は多い方が良い。
大事なのは内容を見極めて、取捨選択する事だ。
ふと見やれば……
サキとロヴィーサは引き続き熱心にメモを取っていた。
これからふたりが担う仕事はますますスケールが大きくなって行く。
オベール様、イザベルさんには悪いが、この経験が良い試走となる。
そんなこんなで、会議は無事に終わった。
さあ、ボヌール村へ帰って明日の王都訪問の準備だ。
ちなみに隣室の従者部屋ではなく、このオベール様の執務室から、転移魔法を使う。
両親と弟へ、ミシェルとソフィから別れを告げて貰う為だ。
たった1週間のサヨナラである。
されど1週間。
以前は数か月、半年以上会わないのは『ざら』であった。
それに比べれば最近は頻繁に会っている……といえる。
しかし、頻繁に会えば別れの辛さも耐性がなくなるものだと、俺は知った。
ミシェル、ソフィを始め、家族の挨拶が終わり……
秘書役のふたりも辞去を告げる。
「では、オベール様、イザベル様。失礼致します。明後日の木曜日の朝、レイモン様から預かった
「うむ! ケン、待っているぞ。それと、いい加減ララを連れて来てくれよ。一緒に男爵陞爵を祝いたいのだ」
オベール様はソフィの子、血のつながった孫娘のララに会いたくてたまらないようだ。
ララは赤ん坊の時、そして物心つかない本当に小さい時、オベール様に引き合わせた。
転移魔法を使っても、変とか、不可思議とか、はっきりと認識出来ないからだ。
実は、これまでに何度も頼まれている。
だが、タバサへ伝えた俺の『秘密』をまだララへはカミングアウトしていない。
まあ……そろそろだとは思っている。
「了解です」
と、俺が返せば、ソフィがフォローしてくれた。
「もう少しの辛抱よ、お父様」
「うむ、そうだな、ステファニー。楽しみにして待っている」
「ええ、私もララちゃんに会いたいわ」
愛娘の言葉に目を細めるオベール様。
大きく頷くイザベルさん。
夫唱婦随のふたりは、晴れやかな笑顔で俺達を送ってくれたのである。
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