第18話「ボヌール村の休日⑤」

「ただいまぁ!」

「戻りました」


「お帰り!」

「お帰り! お疲れ!」

「お疲れ様!」

「お疲れ様です!」


 ティターニア様一行が辞去してまもなく……

 クラリスの工房へ行っていたサキとロヴィーサが帰って来た。


 見やればロヴィーサは鼻息が荒い。

 頬も紅潮していた。

 だいぶ興奮しているようだ。

 

「おいおい、ロヴィーサ。そんなに入れ込んでどうした?」


「ケ、ケン様! す、凄いんですっ!」


「おお、凄いのか」


 こんな時は根掘り葉掘り聞かない方が良い。

 同意するだけでOK。

 相手が喋ってくれるのを待つ。


 と思ったら、すかさずサキがフォローしてくれた。


「旦那様、ロヴィ姉は服も絵も、クラリス姉の超達人技に見ほれちゃったのよ」


「おお、そうか」


「ケン様! クラリス様の服も絵も素晴らしいのです! 私、本当に何も知りませんでした! が、頑張ります!」


 おお、ロヴィーサがやる気に満ちあふれている。

 良い事だ。


「成る程。サキ、次はどうなってる?」


「えっと、家でランチを食べてから、次は学校で合同授業だよ」


「へぇ、合同授業か?」


「うん! ミシェル姉、グレース姉の講師がふたり一緒に授業するの。他の姉達ねぇたちも参加するって」


 ええっと、一般常識の講師がミシェルで、礼儀作法の講師がグレースか。

 嫁ズも参加するって事は、これまでの村オンリーの内なる付き合い方から……

 俺と一緒に仕事をする事となり……

 対外的な、それも王族、貴族との付き合いが増えたからだと思う。

 参加人数が多いので、一緒に行う。

 更に日曜日が休みで使用しない、広い学校の教室を使うという事か。


 クッカ、レベッカ、ソフィ、そしてタバサも「うんうん」と頷いている。


 という会話をしていたら、リゼット達他の嫁ズも引き上げて来た。

 日曜日だけど、農作業をしたり、村民の買い物の為に大空屋を半日だけ開けたり、宿屋の業務をしたり等、多忙なのだ。


 続いてお子様軍団も戻って来て、家族全員が揃った。

 朝食の支度の際、ランチの仕込みもしてある。

 なので、温めたり、ちょっと切り分けたりするだけ。

 食事を手早く作る為、ユウキ家で行われている技のひとつだ。


 今日のランチは鱒オンリーの料理である。

 レモン付き塩焼き、香草焼き、フライ、唐揚げ、ムニエル、そしてスープ。


 歓迎会の時、恐る恐る食べていたロヴィーサも、完全に人間の食事に慣れた。

 旺盛な食欲を見せ、ぱくついている。

 

「おいしい~!!」


 ロヴィーサの隣に座ったサキが、笑顔で問う。


「激うまでしょ?」


「激うま? って、何ですか、サキ」


「うん! 激は激しい、とか、はなはだしいって意味。うまは美味い。つまりすっごく美味しいって意味よ」


「な、成る程! 確かに激うまです!」


「うふふ、ロヴィ姉は料理も習得したいんだよね?」


「はい! ぜひ!」


「じゃあ、アマンダ姉に習うハーブ料理も楽しみでしょ?」


「はい!」


 ……ロヴィーサは確実に成長している。

 秘書業務と地上社会の経験を積ませ、自信を持たせ、無事に父アガレスの下へ帰す。

 それが俺の役目である。

 笑顔で語り合うサキとロヴィーサを見て、俺は決意を新たにしていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 合同授業に参加したのは、サキ、ロヴィーサ、嫁ズだけではなかった。

 いち早く参加を表明した長女タバサを始め、女子達は全員が参加……

 レオ達男子もママに引っ張られ、教室となる学校へ出撃してしまった。

 ティファナ様ことティターニア様も誘うとタバサは言っていた。

 さぞ、にぎやかになっている事だろう。


 と、いう事で、我がユウキ家は珍しく俺ひとり。

 不用心なので、念話でケルベロスを呼び、入り口で番をして貰っていた。


 え?

 俺は参加しないのかって?


 実は、事務仕事の残務など俺は用事があったので、留守番。

 私室にこもっていた。


 と、ここで魔法水晶が光った。

 これは各国首脳との通常及び緊急通話用の魔法水晶である。

 こちらから何もしないのに光るのは、誰かから連絡が来た合図だ。


 誰だろう?

 水晶に触れると、念話と同じで魂へ直接、つまり心に相手の声が聞こえて来る。


『おうい、ケン、元気か?』


『ええ、元気ですよ』


 連絡をして来たのは……ヴァレンタイン王国宰相のレイモン様である。


『うむ、ケン。今話をして、大丈夫か?』


『ええ、大丈夫です。水曜日、王都へ伺いますが、事前に連絡した通り、サキとロヴィーサを秘書として連れて行きますから』


『了解だ。イルマリ様から聞いてるよ』


『そうですか』


『ロヴィーサは人魔族リーダー、アガレスの娘か……箱入りのお嬢様のようだな』


『まあ、そうです』


『管理神様の指示とはいえ、御守り役も大変だな』


『お互いにって感じですね』


『全くだ』


 レイモン様の兄が国王リシャール陛下……

 政務にあまり興味がなく、弟のレイモン様に任せっきり。

 微妙な方だが、誠実なのが唯一の取り柄……

 つまり勤勉な弟がのんびり屋の兄の御守をしてるって事。


 まあ、そんな事をストレートに告げるわけにいかない。

 お互いに苦労をしているのが分かる。

 だから、遠回しに「傷を舐め合う」という趣きである。


『あ、そうそう。そのイルマリ様から自分と同じくレイモン様を助けるよう、言われました』


『うむ、彼は良き友だ。お互いに刺激し合う仲さ』


『それは何よりです』


『ああ、オベロン様といい、ケンは素晴らしい人脈を作ってくれた。それと連絡したのは人事の件だ』


『人事の件?』


『うむ、お前の義理の父クロード・オベール騎士爵だが……』


 え?

 オベール様!?

 まさか、領地替え?

 

 それは……困る!

 新領主が来るとか、勘弁して欲しい。

 人間関係が一からやり直しだし……


 と、心配していたら、全く違った。


『ケンが世界、そして我がヴァレンタイン王国に尽くした功績により、というのも多少はある。だが……長年エモシオンを無事に治め、納める税金も著しく増しているオベールの功績を私レイモンが大きく評価したんだ。よって彼を陞爵しょうしゃくさせ、男爵にする』


 レイモン様のおっしゃった陞爵しょうしゃくとは、貴族の爵位制度における昇進を意味する言葉だ。


『オベール様が陞爵しょうしゃくですか! おお、それは朗報です! 本当にありがたいです!』


『うむ! 兄のリシャール陛下も了解済みで、オベール家の寄り親も、近々私になる。前任の寄り親とも上手く話をつけた』


 ここでも、ちょっち解説。

 寄り親とは貴族社会の派閥のボスの事だ。


『そうなんですか。それもありがたいです!』


『その方がケンもやりやすいだろう?』


『はい! 仰る通りです』


『うむ! 王国幹部達には一昨日、正式発表した。もう王宮内では誰もが知っている。水曜日、こちらでお前に会った際、辞令の証書を渡す。とりあえず、明後日、エモシオンへ行った際、お前の口から直接、オベールへ伝えておいてくれ』


『了解です』


『ではまた水曜日にな! ケン、お前と会うのを楽しみにしているぞ』


 レイモン様は最後にそう告げると、通信を終わらせた。


 やった!

 オベール様が陞爵しょうしゃくし、騎士爵から男爵になる。

 多分仕事内容は変わらない。

 権限もそんなに大きくならない。

 けれど、家格は確実に上がる!

 

 俺は思わず拳を握りしめた。

 

 レイモン様が認めてくれた。

 オベール様が地道にエモシオンを治め、長年王国に貢献した功績がしっかりと評価されたのだ。

 

 オベール様は出世主義者ではない。

 だけど、あげた成果をしかるべき人に認めて貰えば大いに喜ぶだろう。

 奥様のイザベルさんも、息子のフィリップも凄く喜ぶだろう。

 

 俺は明後日の火曜日、エモシオンへ行くのがとても楽しみになったのである。

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