第11話「特別研修、勇者に同行①」

「どうした? ロヴィーサ」


 俺は驚きながらも、肉声を使い、努めて冷静に聞いてみた。

 何故、このような夜中に俺の部屋の前に居るのか?

 極めて不可解だが、一方的に責めたり、問い質すのは愚策である。


「………………」


 例によって、ロヴィーサはだんまり。

 でも何となく彼女の気持ちは分かるし、心を読むつもりもない。


 そのうち、クーガーがやって来た。

 さすがに驚いて「あ!」と短く叫び、慌てて口へ手を当てた。


 俺は苦笑し、クーガーへ尋ねる。

 こちらは、ロヴィーサに聞こえないよう念話だ。


『と、いう事なんだ、どうする?』


 どうする?

 というのは当然、ロヴィーサの処遇だ。


 クーガーの答えは意外なものだった。


『う~ん、じゃあ、ロヴィーサも一緒に連れてこうか、旦那様』


『一緒に連れてくって……』


『うん! 勿論、戦いには参加させない。オブザーバー扱いでね』


『オブザーバー扱いか』


『ええ、ロヴィーサは、私達妻同様、ほぼ旦那様の全てを知ってるじゃない』


『だな』


『毎日飛び回って、各国の首脳と華々しく仕事してるだけじゃなく、旦那様はこんな汚れ仕事もやってるって、実際に見て貰った方が良いわ』


『成る程』


『今後の彼女の為にもね』


 と、ここで俺はいきなり思いついた。


『……分かった。じゃあサキも連れて行こう』


『うん、それグッドアイディア。今日、いや昨日か、サキとロヴィーサはセットでお互いにいい味出してたしね。じゃあ私からリゼットへ言っておく。それとふたり分の革鎧も用意しておくね。旦那様はサキを起こしてくれる』


『了解!』


 クーガーはリゼットが寝ている部屋へ行き、俺は相変わらず俯くロヴィーサへ部屋へ入って少し待つように伝えた。


 俺は「そっ」とベッドへ近付き、サキの頬を優しく触った。


『むにゃ……』


 しかし、サキはすぐに起きない。

 寝ぼけている。


 俺は次に肩をそっと掴み、ゆっくりと揺らした。

 念話で呼びかける。


『……起きろ、サキ』


 これでようやくサキは起きた。

 だけど、半分は夢の世界だ。


「ん~?」


『大丈夫か、目はくか?』


「!? だん……な、様ぁ?」


 おお、サキの奴、ようやく俺を認識したか。


『サキ、起きてくれ』


「念話? なぁ~に? ……また愛し合うのぉ? 良いよサキ、早く赤ちゃん欲しいからぁ」


 ははは、まだ状況が分かっていないみたいだ。

 でも……可愛いな。


 と、のろけている場合ではない。


『違うって……出かけるぞ。起きて支度してくれ』


「え~? わ、分かった」


『ほら、サキ。詳しい事は後で説明するけど、ロヴィーサも一緒なんだ』


 部屋で俯くロヴィーサを見て、サキはすぐに状況を理解したらしい。

 眠気も覚めたようだ。


「う、うん。分かった」


『今、念話でクーガーを呼ぶ。彼女が革鎧一式を持ってくるから着替えるんだ。……ロヴィーサもな』


 俺がそう言うと、サキは勿論、ロヴィーサも頷いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今夜の巡回『メンバー』は、元々俺、クーガー、そして従士は牝馬に擬態したグリフォンのフィオナである。


 ルートはいつもの通り、西の森前の草原、西の森、東の森、その奥の湖周辺……となっていた。


 俺の転移魔法で一旦、西の森前の草原へ行く。

 到着して、魔法煌を点ける。

 

 魔法煌は、魔力で生成する光輝く球体で、灯りの役目をする。

 

 俺とクーガーは夜目が利く。

 だが、サキはそこそこというレベルでロヴィーサは初めて。

 灯りがあった方が、不安もなく怯えない。

 敵からは発見されやすいが、相手が先に逃げたら深追いはしないという事で。


 さあ、出発だ。

 サキとロヴィーサはフィオナへ跨り、俺とクーガーは徒歩という事にした。


 クーガーが守ってくれるならば間違いはないと思う。

 だが、いざとなればフィオナで、安全な場所へ逃れる事も出来る。

 という、リスクの少ない安全策だ。


 なので、今回は俺が単独で魔物を狩り、クーガーとフィオナがサキとロヴィーサを守るという形だ。


 瞬時に西の森前の草原へ……

 サキはこの2年で乗馬の腕も上達した。

 先にフィオナへ跨った。


 俺はロヴィーサを抱えて、フィオナへ乗せた。

 抱えられ、少し恥ずかしがっていたが、ロヴィーサは素直に俺へ従った。


 革鎧を着たサキは、転生したての頃を思い出したらしい。

 ……異世界に転生した当初のサキは極度の怖がりで、魔物などもっての外、見るのも嫌という感じであった。


 現在は、さすがに魔物と戦うとまではいかないが、この異世界の非情さを心身ともに感じ、しっかり受け止め、強くなって来ている。

 なので、この余裕である。


「わお! 旦那様との運命の出会いを思い出すぅ!」


 フィオナの鞍上で、はしゃぐサキの背に、強張った表情でしっかりしがみつくのは、ロヴィーサ。

 

 苦笑する俺とクーガー。

 

 しかしいつまでも笑ってはいられない。

 波動を感じる。

 お約束のゴブリン襲来である。


 魔族の王たる悪魔が、創世神様により全く違う種族『人魔族』に変えられても、捕食者である魔物どもは人間を容赦なく襲っている。

 悪魔の脅威は去った。

 だが、創世神様のことわりは……自然の摂理は全く変わらないのだ。


 さてさて!

 ゴブリンの群れは約100体。


 ふと俺のデビュー戦を思い出す。

 窮地に陥ったリゼットを助け、もうあれから10年近く経つ。


 場所はこの草原で、相手もゴブリン。

 数もほぼ一緒だ。


 よし!

 思い切り、暴れてやれ!


 俺は愛用の剣を抜き放つと……

 ゴブリンの群れの中へ、突っ込んで行ったのである。

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