第6話「初恋の人?」

 ボヌール村総出という衆人環視の中……

 人魔族アガレスの愛娘ロヴィーサは、大声で俺の名を呼び、その上、抱き着いた。


 おおおおおおおおおおっ!


 大きなどよめきが起こった。


 『事情』を知るクーガーとベアーテは、思い切り大笑いしているけど……

 とんでもない光景を目の当たりにした嫁ズの中にはすんごく怖い顔になった者も居る。

 それが誰とは……敢えて言わない。


 「ひそひそひそ」と、村の奥様軍団から話し声も聞こえて来る。

 所々、ふらちとか、ハレンチとか辛い単語が入っている。


 うっわ!

 ヤバイ!


 俺、もう女子に見境なし男?

 いや、今更だ。

 嫁が11人も居るので、普段からそう言われる覚悟は出来ている。


 しかし、この状況をどのように対応、処理すれば!

 と、俺は困ってしまったが、ここで天の助けが。


「あらあら、ロヴィ。だめじゃない、いきなり、はじけちゃ! いくらケンが初恋の相手だからって!」


 これまた大きな声で呼びかけ、助けてくれたのはティターニア様である。


 ああ、助かった。


 そうだった。

 ロヴィーサは表向き、ティターニア様の『姪』という設定となっている。


 俺がロヴィーサの初恋の相手……久々の……そう何年ぶりかの再会。

 このフォローならば、「感極まっていきなり名前を呼び、抱き着くような状況になるのも仕方がない」

 と、ざわめく村民達に納得させる事が充分可能。


 青春のほろ苦い味、『初恋』のバックグラウンドストーリーを想像させてくれる、ナイスなコメントだ。


 しかし、ティターニア様の呼びかけにも、ロヴィーサは全く反応せずにスルー。

 俺に抱き着いたままである。

 

 顔も俺の胸に埋めているから表情が見えない。

 そっと彼女の肩に触れば、緊張してガチガチだ。


 再び困った!

 このままではらちが明かない。


「お、おいおい、ロヴィーサ」


「……………」


「とりあえず、俺の家へ行くぞ」


「……………」


 駄目だ!

 こうなったら最終手段。

 お姫様抱っこだ。


 俺はロヴィーサを抱きかかえる。


「きゃ!」


 小さく可愛い悲鳴をあげたロヴィーサは、顔を更に真赤にし、

 トマトのようになってしまう。


 よっし!

 硬くなっていたロヴィーサの身体が柔らかくなった。

 今がチャ~ンス!!


 俺は猛ダッシュで、自宅へ駆け込んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「すみませ~ん! ほんっとうに! すみませ~ん!」


 ユウキ家大広間でひたすら謝るロヴィーサ。

 極度に緊張したあまり、いきなり俺の名を大声で呼び、その上抱き着くという大失態。


 ウチの家族以外、心配したティターニア様達妖精軍団も顔を見せていた。


「大丈夫、大丈夫、何とかするから」


 ロヴィーサに悪気があったわけじゃない。

 人見知り、あがり症から唯一頼りになると思った俺に抱き着いただけ。


「うふふ、ロヴィーサは昔の私みたい。とっても甘えん坊なのよ」


 そんな気持ちをかつて家出した際、俺に甘えた経験のあるティターニア様は理解してくれたようだ。


 勿論、クーガーとベアーテも大いにフォローしてくれた。

 今回の経緯を改めて説明した上、


「ロヴィーサはパパっ子なんだよね」

「そうそう、アガレスパパにべったりなのよ」


 『ファザコン』とまで言われるのが、果たしてフォローなのかとも思ったが……

 ウチの愛娘軍団には「受けた」らしい。


「そうなんだ! じゃあパパ大好きのロヴィーサお姉ちゃんは私と一緒だよ」


 と、タバサが言えば、


 シャルロットとフラヴィ、ララまでも。


「私もパパ大好き! じゃあ絶対仲良しになれるよ!」

「私も同じく! ロヴィーサお姉ちゃんのパパの事教えて!」

「パパ大好き同士で、一緒にいっぱい遊ぼ!」


 と温かく迎えてくれた。

 

 一方の男子軍団も、素敵なお姉さんに憧れるお年頃。

 先ほどの話ではないが、そろそろ初恋を経験する年齢だ。


 ロヴィーサは元魔族だけあって、妖艶さも兼ね備えた超美人。

 黒髪、黒い瞳の女子も、ボヌール村では珍しいから、

 男子全員がぽーっとしていた。

 

 あの不愛想なレオまでも……

 おいおい、お前、彼女のアメリーちゃんに怒られるぞ。


 ちらと見やれば、先ほど不機嫌だった嫁ズも気分が一新。

 にこにこしていた。

 理由をちゃんと聞いたから、誤解も解けたのだ。


 ここで「はいっ!」と手を挙げたのがサキである。


「ねぇ、ロヴィーサさんは、私と一緒に旦那様の秘書をやるのよね!」


「え? ケン様の秘書?」


 あはは、何驚いてるの。

 ロヴィーサったら、地上へ来た本来の目的をすっかり忘れてる。

 単に遊びに来たという意識で、心が塗りつぶされてしまったか。


 しかし相手がこんな反応でも全然平気。

 

 サキは天真爛漫てんしんらんまんを絵に描いたような女子。

 晴れやかに笑い、誘う。


「ロヴィーサさん! いえ、ロヴィ姉! 一緒にやろ! 助け合おうね!」


 サキのキャラクターに癒され、緊張が解けたのかもしれない。

 意外にも、ロヴィーサは躊躇ちゅうちょなく、


「はい! 頑張りましょう!」


 同じく笑顔で頷き、秘書修業をする事をはっきりと宣言したのである。

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