第5話「新たな時代の到来」

『ケンさん、宜しくお願い致します』

『小僧……我が君を宜しく頼むぞ』


『は、はあ……』


 何故なのか、大悪魔たるメフィストフェレスとアガレスは……

 大いなる主――魔王アリスを俺へ押し付けるように、そそくさと行ってしまった。


 何だか、厄介払いのようである。

 もしや魔界では魔王アリスを持て余しているのだろうか?


 だが……沈黙は金。

 敢えて突っ込まない方が良いだろう。


 配下のふたりとも、天敵ともいえる管理神様が絡んでいる事を、

 どうやら知っているようだし……


 確かにボヌール村では、今までいろいろなお客さんを迎えた。

 妖精王夫婦、レイモン様など尊き方も訪れている。


 しかし……

 クーガーが魔王の時、攻めて来た以外、魔族を迎え入れた事などない。

 甘酸っぱい思い出と化した夢魔のリリアンは、こっそり忍び込んだから、

 迎え入れたという表現は妥当ではない。

 ちなみにサキが今は亡きリリアン=同じくクミカだという事は、

 未だに明かしてはいなかった。


 閑話休題。

 話題を戻そう。


 魔族の頂点に立つ魔王と暮らすなど、超が付くレアケース。


 だが、すぐにボヌール村へ戻るわけにはいかない。

 俺が村へ帰る素振りを見せない為か、アリスは問う。


『ケン』


『何だ?』


『なんか、ゆっくりしてるけどさ、村へ帰らないの?』


『おいおい、まだ真夜中だぜ』


『真夜中? 素敵な活動時間じゃない』


『普通の人間は皆、寝てるの。こんな非常識な時間にアリスみたいな女の子を村へ連れ帰ったら、事情を知る嫁でさえ、いろいろ誤解する』


『あら? 誤解されても私は全然構わないわよ』


『いやいや! 俺が全然構うから』


 「空気を読んでくれよ」というように俺が返せば、

 アリスは「ポン!」と手を叩く

 

『ん~、じゃあね、良い事思いついた! これからデートしよ』


『デート?』


『うん、私とケンの真夜中デート! さっきまでケンが居た西の森には、素敵なハーブ園があるんでしょ? そこ行ってみたい!』


『何だ? お前、俺の事いろいろと良く知ってるなあ』


 俺は思わずそう言ってしまった。

 ティターニア様をお預かりした事も知ってたし……

 何なんだ、コイツ。


『そりゃそうよ! ケンの事、気になったから、いろいろ調べたんだも~ん!』


『はあ? 調べた?』


『貴方がこれまで送って来た人生も全て知っるわ。あまり魔界の情報網を舐めないでよね』


『はいはい了解、じゃあまた西の森へ戻るか、おいフィオナはどうする?』


 さっきから呆気に取られているというか、アリスの毒気にあてられ、

 すっかり大人しくなってしまったグリフォン女子。


『私は……先に戻ってます。宜しければケン様に馬の姿にして頂き、転移魔法で村へ送って頂くとありがたいのですが』


 フィオナは遠慮したのか、もしくはこれ以上魔王と一緒に居るのが辛いのか、

 帰還を申し出た。


 前回、仕事をした時もそうだった。

 彼女を馬に擬態させ、転移魔法で村の厩舎へ送ったのである。


 まあ……フィオナの真意は分からない。

 心を読むつもりもない。

 先ほどと同じく、余計な事を突っ込む気も俺にはない。


『了解! じゃあフィオナは先に帰っていてくれ。俺が改めて説明するから、アリスの件は、ベイヤールにも内密にしてくれないか』


『かしこまりました』


 俺は、まず変身魔法を発動、それから転移魔法も発動する。

 地味目な馬に戻ったフィオナは心配そうな表情で、村へ帰ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 フィオナが帰還した後……

 俺も再び西の森へ転移。

 ハーブ園へとやって来た。


『ケン、やっぱ綺麗ね、ここ』


『いや、ここは本当に大事な想い出の場所なんだ。ウチの嫁ズも凄く大事にしている。頼むから、下手に配下に言って、荒らしてくれるなよ』


『んな事しないわよ』


 先ほども話していた通り、ここは本当に想い出の地。

 まあ、でもこれからの事を考えると感傷に浸ってばかりいられない。


 魔王アリスの真意を確かめなくてはならない。


『単刀直入に聞くぞ。アリス、お前の目的は何だ?』


『さっき全部、正直に言ったでしょ。半分本気だって、忘れたの?』


 アリスにそう言われ、俺は記憶を手繰った。


『ええっと、魔界に飽きた……それで地上に住みたいって事か? でもよりによって何故、ボヌール村なんだよ』


『決まってるじゃない、オベロン、ティターニア夫婦が言ったんでしょ? ボヌール村は現世のエデンだって……違うの?』


『まあ……確かに言った』


『そこまで妖精王夫婦に言わせるボヌール村、私はとても興味を持ったのよ』


 理屈は……ロジックは合っている。

 だが……


『いやいや、地上に住みたいというのなら、もっと人間の華やかな街とか、他に選択肢はいろいろあるじゃないか? ボヌール村は辺境に近い田舎で何もない、全然刺激的じゃないぞ』


『うふふ、ケンは何か、勘違いしてない?』


『俺が勘違い?』


『そう! 私がボヌール村で暮らすのはね、《村ありき》だからじゃない、まずは《ケンありき》だからなのよ』


『はい? まずは俺ありき?』


『そう! 残りの半分の本音も貴方には告げたはず』


『魔界を少しでも豊かにしたい……って事か』


『うん、それもひとつかな。メフィストフェレスからは、《結構な切れ者》って聞いていたけど、ケンは思っていたより鈍いわね』


『悪いな、ご期待に添えなくて』


『いえ、これから貴方には私の期待に大いに応えて貰う! 魔界を豊かにする為のアイディアがあるのなら、さっさと教えなさいよ』


『断る!』


『どうしてよ』


『お前の目的は分かったが、意図が分からん』


『同じようなもんでしょ?』


『違うって! 意図……すなわち思惑というか、お前の本音を言って貰おうか?』


 そうだ!

 いろいろと疑問がありすぎる。

 コイツの、魔王アリスの本音を聞き出さないと。


 しかしアリスは悪戯っぽく笑う。


『あは! 本音は内緒! 最初から全部教えたら、面白くないでしょ? あ、言っとくけど、ガードの魔法をかけてるから私の心は読めないわ』


 成る程……

 事実は話すが、奥の手は最初から見せない。

 謎解きも俺自身でやれって事か。


『分かった、アリス。じゃあこれだけは教えろ』


『なあに?』


『お前、管理神様から神託を受けたのか?』


『……受けたわ』


『信じられない……古今東西いかなる時代でも、架空の物語でも、邪悪な魔王が神から神託を受けるなど聞いた事が無いぞ』


『ふっ、じゃあそんなくだらない常識、捨てちゃえば』


 常識は捨てろ、か……

 

 真っすぐで堂々とした魔力波オーラを放っているアリスは、嘘を付いていないようだ。

 それに、これ以上突っ込んでも仕方がない。

 管理神様に聞けば、すぐ本当なのか分かるし……

 

『ああ、分かった』


『そうよ、くだらない常識は捨て、新たな価値観を持って欲しいわ』


『新たな価値観』


『ええ、これから新たな時代が始まる。……いいえ、違う。始まるじゃなくて始めるの。私達で新たな時代を切り開くのよ!』


『新たな時代を切り開くだと?』


『そうよ! この前、いろんな種族の親玉揃えて相談したでしょ?』


『ああ、……確かに相談した』


『上手くやってるみたいだし、ぜひ私達魔族も混ぜて欲しいのよ』


『混ぜる? お前達魔族を?』


『うん! 遂に遂に! 人間が、私達魔族と共存する時代がね、到来するのよ。素晴らしいと思わない?』


『何!』


 魔族と共存する新たな時代?

 それが管理神様の……否、天界の意思?


 確かめねばなるまい、俺自身で!


 新たな決意を固めた俺は……

 目の前の可憐な魔王を、複雑な思いを込め、見つめていたのだった。

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