第2話「想定外の出会い①」

 次に俺とフィオナが次に向かったのは東の森……

 

 この森は、ボヌール村から見れば、向かって東の方角に位置している。

 

 更に、ここには最奥に湖がある。

 湖の大きさはといえば、数万人の観客が入るサッカー場くらい。

 

 広々として開放的、水の色が澄んだ青である。

 でっかい鱒がアホみたいに釣れるから、ユウキ家の貴重な食料供給場所でもある。


 そもそもオベール家の領地は、公道たる街道以外には、

 よそ者の立ち入りを禁止している。

 

 だからこの森や湖を訪れる人は……

 滅多に居ない。

 夜間は勿論だが、昼間だってとても静かである。

 たまに捕食者たる、魔物が出没するのが玉にきずだが……


 さてさて!

 真夜中とはいえ、水面を渡る風が、俺の鼻腔へ、芳しい香りを運んで来る。

 先程のハーブの花とはまた違うものだ。


 夜目が利く俺とフィオナが見れば、湖の岸辺には、

 色とりどりの花が咲き乱れているのが分かる。

 芳しい香りは、それらの花から匂って来るらしかった。


 フィオナがこの湖へ来るのは、通算二度目である。

 彼女曰はく、ハーブ園と同じくらい、この綺麗な湖が好きだと言う。


 ……この東の森はフィオナと初めて出会った場所だ。

 

 夜風に吹かれながら、俺は記憶を手繰った。

 確か、ケルベロス達と男子限定の小旅行をしていたっけ。


 ……出会った時、フィオナは翼を傷めた重傷を負い、

 この森内にある洞窟に身を潜めていた。

 

 だが、湖の存在は知らなかった。


 まるで遥か昔を……

 振り返るように、フィオナは言う。


『ケン様、あの頃は孤独でした……私達の一族が隠した財宝を狙う、ドラゴンどもの大群に追われる、明日をも知れぬ逃亡生活でしたから』


『だよなあ……』


『多勢に無勢……この森へ着いた時も、周囲の探索などする余裕もなく、すぐ手近な洞窟へ隠れましたので』


『分かるよ……』


『何か、遠い昔のよう……でも今、私は幸せです。毎日が平和でのんびりしてます』


『おう、ベイヤールが居るからな』


『な!? も、もう! 知りません! ええっと敵は?』


 想い人を引き合いに出され、

 赤くなり? 拗ねるフィオナ……


『おう、敵は……索敵にはず~っと反応なし! 全く居ないようだぞ』


 うん!

 念の為に索敵を行った。

 だが……何故なのか、付近に魔物の存在が皆無だった。

 

 なので、俺とフィオナは、注意はしながらも、

 昔の思い出話をしながら歩いていたのだ。


 と、その時!


 お約束!

 とばかり、急におぞましい気配が周囲に満ちた。

 

 何だ!

 いきなり現れた!


 それにとんでもない気配だ。

 オーガやオークの小物じゃない!


『『敵だ!』』


 俺もフィオナもすぐに反応!

 戦闘態勢をとる。


 しかし……

 この気配には、覚えがある。

 憎たらしいあいつの……気配なのだ。


 間を置かず案の定。


 こちらも覚えのある気取った声が心に響く。

 気取っているのに馴れ馴れしいのというのが凄く微妙だが……


『はい、こんばんは! ケンさん』


『むう、やっぱり、お前か!』


 つい、俺が唸ると、珍しくフィオナが動揺している。


『ケ、ケン様!』


『大丈夫、以前会って、知ってる奴だ』


『で、でもこの気配は!』 


 そう、フィオナも『野生のカン』で、現れた敵がとんでもない奴だと気付いている。


『ああ、いわば最悪の再会かな』


『た、確かに! す、凄い魔力を! か、か、感じますっ!!』


『そう、コイツは悪魔だ、それも極めつけのな!』


『は~い! その通り! お久しぶりです。貴方の親友マブダチメフィストフェレスで~す』


『ふん! 誰がマブダチだよ』


『ほう、今宵は、美形のグリフォン女子とデートですかぁ? 中々おつですね』


 俺の突っ込みを華麗にスルーし、予想通り暗闇から……男がひとり現れる。

 

 現れた男はシックな細身の法衣ローブを着込んでいる。

 色は漆黒。

 

 その法衣はひと目でわかる高価そうな生地を使っている。

 ビロードっぽい生地なのか……

 滑なめらかで光沢がある。


 華美で派手な刺繍ししゅうこそないが、

 ファッション無知な俺から見ても、洒落たデザインの法衣なのである。


 柔らかい微笑みを浮かべた男は、

 法衣と同じ生地を使った、大きなマントを音もなく、ひるがえす。


 改めて顔を見やれば、細面に高い鷲鼻で人間離れした結構な異相、

 体型はすらりとしたスタイル抜群な、長身瘦躯の男である。


『ケ、ケ、ケン様~ぁ!』


『大丈夫だって、落ち着け、フィオナ』


 怖ろしいドラゴンとも1対1なら、平気で渡り合えるフィオナが……

 ここまで臆するとは……

 

 やはりメフィストフェレスは、数居る上級悪魔の中でも、

 大が付く上級悪魔だけの事はある。


 不敵に笑うメフィストフェレスを……

 俺はキッとにらみつけたのであった。

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