第6話「ポールとクラリス」

 イーサンを連れたレベッカは息子に分からないよう、こっそり俺へウインクし、

 悪戯っぽく笑って出て行った。

 

 長い付き合いだし、俺は彼女の心が分かる。

 スキルで読まずともズバリ分かる。


 レベッカは大いに喜んでいた。

 そして俺へ「ありがとう」と礼を言っていたのだ。

 

 俺が上手く話を回したので……

 イーサンの希望を全面的に受け入れた上で、

 村の狩人にする自分の夢も託す事が出来る。


 多分、明日以降、レベッカ母子は商人修業の段取りを組むと共に、

 ふたりで狩りへ行く相談もするに違いない。

 めでたしめでたしで、決着である。

 

 という事で、さあ、次の母子だ。


 とん、とん、とん。

 先ほどのレベッカとはまた違う控えめなノック。

 

 今度も、分かる。

 これはクラリスだ。

 ノックの音が、穏やかな彼女の性格にはっきり表れており、すぐ分かる。

 彼女は愛息のポールを連れているだろう。


「入ってください」


 俺が入室を了解すると、

 先ほどとは対照的に、今度は扉がゆっくりと開いた。


 開いた扉の向こうに微笑んだクラリスとポールが手をつないで立っていた。


 クラリスの癒し笑顔は素敵だ。

 疲れていても、悩みがあっても彼女の笑顔を見ると癒され、元気が出て来る。

 

 念の為、クラリスは魔法を使えない。

 しかし彼女の笑顔は、治癒魔法と全く同じ。

 素晴らしいヒーリング効果がある。

 

 俺は先ほどと同じく椅子を勧め、ふたりに座って貰った。


 クラリスは、じっと俺を見た。

 ポールも母と同じ眼差しで同じく俺を見た。

 似ているなあと思う。


 先ほどの、イーサン同様の表現をするのなら、

 ポールは俺よりも、母親似である。

 イーサン以上に物静かでおとなしいのだ。


 しかしおとなしいイコール意思が弱いわけではない。

 一旦決めた事をけして諦めず、どんな事があっても挫けず、

 最後までやり抜き通す芯の強さがある。


 ポールは服づくりには興味がないらしいが、絵は描いているようだ。

 しかし、自分には才能がないと思っているらしい。

 そうクラリスからは聞いた。


 偉大な母とは比較しない方が良い。

 そう思った。

 

 おとなしいポールには、イーサンとほぼ同じ作戦で行こうと思う。

 プレッシャーを与えないよう、徐々に核心へ……

 当然、言葉を慎重に選びつつね。


「今日は宜しく」


「宜しくお願いします、旦那様」

「お願いします、パパ」


 挨拶を済ませた後、俺はポールへ、


「ポール」


「はい、パパ」


「安心しろ」


「はい?」


「お前の兄や姉は皆、将来について、心に思い描いている事をはっきりと言った。お前も遠慮するなよ」


「そ、そうなんですか? レオ兄やイーサン兄も?」


 ここでシャルロット達女子の事を聞かないのは、

 兄達が同性で、自分の考え方の参考になりやすい。

 そう思ったに違いなかった。

 

 俺はまあ、性別は関係ないと思ったので、


「おう! お前の兄ふたりも女子達も自分がやりたい事をはっきり言ったぞ。そして、ママ達は特に反対しなかった」


「へえ! クーガーママやレベッカママも? あの厳しいふたりが? それびっくりだ」


「それ、びっくりって、うふふ、ポールったら」


「ママ、笑わないでよ」


「ふふ、ごめんごめん」


 この母子も、例に漏れず凄く仲が良い。

 って、感心している場合じゃなかった。


 話を続けよう。


「というわけで、ポールは何が一番やりたいのかな?」


「何って……いろいろ考えたけど、分からないや。パパ、ごめん」


「大丈夫だよ。今すぐここで決めなくても良いさ」


「良いんですか?」


「構わない。今回お前達と話すのは、もしも何かやりたい事があったら、親として助ける、そういう事だから」


「う~ん……」


「じゃあ、質問を変えよう。お前が好きな事はあるか?」


「好きな事は……そうだ! 畑仕事です」


「ほう、畑仕事か? どうして好きなのか、話してごらん」


「ええと、理由ははっきりと言えないけど、好きなんです」


 理由は言えないと告げられたが、巷でたまにいる親のように、

 「あるはずだろ、言ってみろ」なんて問い質すのは愚の骨頂。

 正直に話しているのに、と反発をされてしまう。


 だから俺は、


「俺もお前と同じだった」


「え? パパも僕と同じって?」


「ああ! 俺も畑仕事が大好きだ。しかし最初は何故好きなのか分からなかった」


「そう……なんだ」


「何度か考えたが、結局分からなかった。終いには、好きなモノは好きだから理由なんか要らないやと開き直っていた」


「好きだから理由なんか要らない。あはは、僕もそうかも」


「でも、畑仕事が好きな理由は、あると分かったんだ」


「え? あったの?」


「ああ、好きなのにはちゃんと理由があった。それがはっきり分かったのは、ポール、お前のママと出会ったからだ」


「え? 旦那様……」

「パパ……」


 俺が「畑仕事を好きな理由」を聞いて、ふたりは驚いていた。


 ポールは勿論だが、クラリスも。

 彼女へは話していないからね。


「まあ、分かったというか、ママに、クラリスに出会ったのが分かるきっかけだった」


「分かるきっかけ……」

「パパ、教えてください」


「うん、パパとママが出会った時の話は聞いただろう、ポール」


「はい! 何度も! ママは嬉しそうに話すから」


「そうか」


「はい! ママが描いた素敵な絵もあるし」


「ポ、ポール!」


 ポールに『内幕』をばらされ、焦るクラリス……

 昔から変わらず、可愛いな。


 しかしポールは微笑み、母を華麗にスルー。

 俺へ尋ねる。


「疲れて、割り当てられた畑仕事が進まないママを、パパが助けたんだよね?」


 対して、俺は、


「ああ、ちょっとだけ、ママを手伝ったんだ」


 と、答えれば、クラリスが我慢ならないと否定する。


「ちょっとだけなんて、違います。あの時は、殆ど、旦那様がやってくれましたよ」


 しかし今度は俺がクラリスをスルー。 

 あらら、ちょっと拗ねてにらまれた。


「あはは、それでパパは、ママと出会えた事が凄く嬉しくてな。翌日から、見える景色が変わって行ったんだ」


「見える景色が変わった?」


「ああ、何の変哲もない畑の風景が特別なモノとして感じられるようになった。何故ならママと出会えた場所だから」


「ママと出会えた場所……」


 ポールが俺の言葉を復唱するのを、クラリスは遠い目をして聞いている。

 昔の記憶が甦ったらしい。


「うん! 特別な場所だと思ったら、畑の見え方、見方が変わって行った、そうしたら改めて見えないモノが見えて来たんだ」


「見えないモノが見えたの?」


「ああ! 今日、自分が一生懸命に世話をした作物が、明日には花を咲かせ、終いには実を付ける。自分が働いた結果が、日々の作物の変化にはっきり見えて来て、素敵だな、というか素晴らしいと思ったよ」


「…………」


「お前のママ、クラリスと出会って改めて気付いた。俺が畑仕事を好きな理由をね」


「…………」


「あ、そうそう! 育てて収穫した作物を家族や仲間と分かち合い、皆で美味しく楽しく食べるっていう時も最高だな」


 俺が最後にそう言うと、黙っていたポールが熱く叫ぶ。


「僕も! 僕もそうだよ、パパ! 僕もパパと同じなんだ!」


 クラリスと出会い、畑仕事の楽しさを、改めて気付いたように……

 俺の話を聞き、ポールにも自分が好きな理由がはっきり見えた!

 クラリス似のポールにも……俺の血がしっかり受け継がれている。

 

 晴れやかな笑顔で同意するポールを見て、

 嬉しくなった俺は……

 「頑張れよ」と心の中で、優しくエールを送っていたのである。

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