第5話「イーサンとレベッカ」

 リゼットとフラヴィ母子おやこは、大盛り上がりで、

 これまた仲良く手をつなぎ、部屋から出て行った。

 

 成る程。

 ママのラッキーアイテム『ハーブ』を受け継ぐのかあ……

 幸せが数多運ばれて来るように。

 すなわち、フラヴィはリゼットの仕事、ハーブ園を受け継ぐのだ。

 

 さっき俺の前では平静を装っていたけれど、

 少女の頃からの夢を、自分の愛娘が継いでくれるなんて。

 リゼットは天にも昇る気持ちに違いない。

 

 うん!

 先ほども、明確にイメージしたけれど……

 フラヴィとシャルロットのふたりが仲良く、 

 村のハーブ園で作業する姿が、はっきりと目に浮かんで来る。

 

 作業しながらの話題はふたりのママ、

 リゼットだけではなくミシェルも……

 俺との運命的な出会いの話かもしれない。

 

 しかし、あんまり美化されると、後が怖いと思いつつ、

 ……少しだけ嬉しい。 

  

 という事で、さあ、次の母子である。


 とんとんと~ん!

 先ほどのリゼットとはまた違うノック。

 

 今度は、レベッカだ。

 やはりノックの音ですぐに分かる。

 彼女は愛息のイーサンを連れているだろう。


「入ってください」


 俺が入室を了解すると、

 扉がやはり、勢いよく開いた。


 今度は昔から変わらず、リゼット以上にきりっとしたレベッカがきびきびと。

 そして、勝気なレベッカよりは俺に似たのか、やや大人しいイーサンが。

 俺は先ほどと同じく椅子を勧め、ふたりに座って貰った。

 

 今までの嫁ズ同様、レベッカも満面の笑顔である。

 俺は改めて、レベッカを見やる。

 はっきりと実感する。

 

 嫁ズの中でも、レベッカは本当に前世のモデル風美人である。

 出会った頃の、少女からすっかり大人になったレベッカ……

 

 レディッシュのショートカット。

 凛々しいボーイッシュな顔立ち。

 スレンダーで手足が長く、スタイルは抜群。


 イーサンに続き、アンジュとロランの双子を産み、

 嫁ズの中では一番の子持ち。

 得も言われぬ風格がにじみ出ている。


「よろしくう、ダーリン、アンジュとローランはクッカとサキに預けて来たよ」

「お父さん、宜しくお願いします」


 レベッカは、いつもの俺の呼び方。

 イーサンはレオ同様、「お父さん」と呼んだ。


 実は今回の相談者のな中で、最も心配していたのがレベッカだ。

 レベッカは、クーガーと同じく、息子のイーサンに跡を継いで貰いたいと、

 日頃から公言している。


 跡を継ぐというのはボヌール村の狩人兼戦士、

 やはり村の守護者になって欲しいという事なのだ。


 でも俺はあまり心配していなかった。


 イーサンが彼女の望みとは違う将来を希望しても、

 頭ごなしに怒ったりはしないと思う。


 それに最近はレベッカだって、ナイフの鞘造りにとても熱中していた。

 いつもというわけではないが……

 納期が迫った時は、徹夜もするくらいな熱の入れようである。


 本人から聞いたところ……

 王都を含め、エモシオンやジェトレ村において、

 俺との合作であるナイフの評判が抜群に良い。


 「売れ行きが絶好調!」だと出入りの商人から何度も聞き、

 それがモチベーションのアップにつながり、

 やる気モード全開になっているらしい。


 レベッカは狩人の仕事だってしっかりこなしている。

 つまり『二足の草鞋わらじ』をしっかりと履きこなしているのだ。


 言ったら、絶対に怒るだろうけど……

 出逢った頃のレベッカは、勝気で思い込みが激しかった。


 しかし今や、強気な性格は変わらずとも、

 視野が広く、落ち着いて冷静な判断が出来る、たおやかな大人の女性に成長した。

 そして鞘職人という生き甲斐も見出したのだ。


 そんなレベッカが愛息の希望に対し、どう反応するか?


 閑話休題。


 イーサンは俺似、控えめでつつましい。

 え?

 違う?


 いやいやそうなの!

 何を言いたいのかといえば、こちらから水を向けないと、

 彼は語ってくれないって事。


 見やれば、レベッカはじっと息子を見つめていた。

 ここは俺がフォローしなきゃ。


 うん、ばっちり。

 俺はさりげなくイーサンの事も見守っているから。

 彼が何をしたいのか見当は付く。

 後は言い方次第。


「イーサン、大空屋の店番は楽しいか?」


 お父さん、見てたの?

 という顔付きをした後、イーサンはおずおずと答える。


「う、うん。楽しい……自分で商品を売ると凄く嬉しいんだ」


「そうか。アウグスト兄とノーラ姉とも結構話していたな? どうだ?」


 アウグストとノーラはボヌール村で暮らしながら、商人修業をしていた。

 

 ふたりはいろいろな村の手伝いをしながら、修業をしたのだが、

 アウグストの実務練習も兼ね、頻繁に大空屋の店番をしていた。

 たまにイーサンも混ざって、3人で仲良く働いているのも、俺は目にしていた。

 

「うん! アマンダママが居るからバッチリさ。アールヴの国の事が聞けて面白かった」


 アマンダが暮らし始めたとはいえ……

 アールヴ族はまだボヌール村では馴染みが薄い。

 

 イーサンは多少人見知りをする子だから、最初はアマンダに対しても、

 引き気味だった。


 しかし、彼の弱気は、アマンダは勿論、アウグスト達といろいろ接した事で解消されつつある。

 

 アウグストを俺と同じく兄、そしてノーラを姉と呼ぶくらい気安くなった。

 まあ、呼び方はウチで呼ぶ実の兄姉みたいに、にいねえなのだが……

 レオだけじゃない、イーサンもしっかりと成長していたのである。


 俺は嬉しくなって微笑む。


「良かったな、イーサン」


「うん! 僕はアウグスト兄とノーラ姉が羨ましい」


 え?

 アウグストが?


「イーサン、羨ましいって、どうして?」


「だって知らない国へ行って、いろいろと商売するって言ってたもの」


 成る程!

 だったら、もう具体的に聞こう。


「ほう、知らない国へ行って商売か。じゃあ、イーサンも商人になりたいのか?」


「う~ん……分からない。でも興味はあるよ。それにお母さんやタバサ姉の話も聞いて王都へ、それにアールヴの国へも行ってみたいと思った」


 うん!

 何となくだが、イーサンの気持ちが分かって来た。

 

 「分からない」のコメントから分かるように、

 イーサンが持つ商人となる希望は少し曖昧かもしれない。

 まだ決めかねているかもしれない。

 

 でも個人差はあるのだし、イーサンは遊びたい盛りの8歳。

 この年齢で将来をかっちり決めている方が少ない。

 

 そう思って、レベッカを見れば……

 既に近いレベルの話をしたらしく、仕方がないという感じで苦笑していた。


 ここで俺はレベッカのフォローもしようと思う。


「アウグスト兄から、聞いたんだが」


「え? お父さん、にいから何を聞いたの?」


「アウグスト兄は、エモシオンでカルメンから剣や体術を習うそうだ」


「え? アウグスト兄が、剣や体術を? な、何故?」


 意外だ!

 という表情のイーサンへ俺は言う。


「うん、アウグスト兄はイエーラでも修業していたそうだが、旅に出るから護身術として改めて習うみたいだぞ」


「護身術?」


「ああ、でも護身と言っても自分だけじゃない、強くなってノーラ姉を守る為にも習うそうだ」


「強くなってノーラ姉を守る!? そ、そうか! そうなんだ……」


 イーサンは、改めて気が付いたようだ。

 外の世界へ出て行くリスクを。

 以前、エモシオンへ旅をした時、襲撃された事も思い出したに違いない。


 よっし!

 ここでそろそろクロージングだ。


「イーサン、俺が見るに、お前は弓が上手い、お母さん似だな」


 と褒めれば、イーサンは満更でもないらしい。


「え? ま、まあまあかな」


「いや、お前には素質があるよ。自信を持て」


「えへへ……お父さんに褒められると嬉しいな」


「おう! じゃあ話を戻そう。望むなら、お母さんと相談して、お前に商人の修業をさせてやる。ミシェルに頼んでも良い」


「ほんと!?」


「ああ、本当だ。そしてアウグスト兄を見習って、この先お母さんを、家族と仲間を、そして自分も守れるようにしっかり弓を習っておけ」


「お母さん、家族、仲間を……そして自分も守れるように弓を習うの?」


「ああ、お前には素質がある。だから達人であるお母さんから弓を習えば良い。狩りをしながらな」


「狩りをしながら、お母さんから弓を習って……強くなる。……分かった! お父さん、分かったよ!」 


 最後は……

 大好きな母を守る為に、家族と仲間を守る為に、自分の夢を叶える為にも、

 イーサンは強くなる事を決意したのであった。

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