第2話「レオとクーガー」

 約束した時間となった。


 とんとんとん!


 リズミカルにノックがされた。

 これはレオではなく、クーガー。

 俺はノックの癖まで憶えている。


「入ってください」


 俺が入室を了解すると、

 扉がゆっくりと開いた。


 そしていつもの通り、泰然自若のクーガーと、

 やや緊張気味のレオが入って来た。


 俺は用意してあった椅子を勧め、ふたりに座って貰った。

 今回、俺は教師役だが、前世で粛々とアドバイスをしてくれた

 恩師とは違い、父親として、聞き役に撤しようと思っていた。


 ここで大事な事を忘れていた。

 長男のレオは極めて寡黙な性格。

 つまり男は黙って何とやらの無口なのである。


 俺が何もしなかったら、クーガーの口撃がさく裂するのは必然。

 なので、ここはさりげなく俺から水を向ける事とする。


 でも事前の取り決めにより強制は絶対にNG。

 なので慎重に言葉を選ぶ。


「レオ」


「何、お父さん」


 ここでちょっと、注釈。

 レオ、レベッカの息子次男イーサンの男子コンビは俺をお父さんと呼ぶ。

 男子でパパと呼ぶのはクラリスの息子三男ポールだけ。

 ちなみに女子はタバサを始めとして、皆、パパと呼ぶ。


 というわけで閑話休題。


「レオ、見るのとやるのとどっちが好きだ?」


「え?」


「無理に答えなくても良いけど、お前の気持ちを正直に言ってくれ」


「……やる方」


「じゃあ、次の質問だ。戦う方と作る方はどちらが好きだ?」


「……作る方」


「作ると言ってもいろいろあるが、何を作りたい?」


「ナイフを造りたい」


 まるで誘導尋問のように見えるかもしれない。

 だが、あれをやれとか、強制は、全くしていない。

 レオの話が核心へ近付き、彼の気持ちがはっきり見えて来た。


 母親のクーガーはと、俺が見やれば……

 「仕方ないな」という感じ、諦め顔で苦笑していた。


 彼女は息子のクーガーに跡を継いで貰いたいと、

 日頃から公言している。

 跡を継ぐというのはボヌール村の戦士、

 つまり村の守護者になって欲しいという事だ。


 しかしレオは「ナイフを作りたい」と意思表示をした。

 すなわち鍛冶職人になりたいのである。


 将来への夢に関しては、同じ話を違う嫁何人と話して来た。

 皆さんも同じだと思うけど……

 物心ついて最初になりたいと思う職業を初志貫徹するというか、

 全うするという事は殆ど無い。


 俺だって、電車の運転士とか、テレビの影響でヒーローとか、

 カッコよさに憧れて野球の選手とか、釣りが好きになった時にはプロの釣り人とか……どんどん変わって行った。


 年齢を重ね、環境が変わるにつれ、物事の裏表、現実の認識、

 辛い挫折、新たな自己の素質の発見等を経て、夢は劇的に変わって行くのだ。


 これは嫁ズ全員へ言ったが……

 今回の面談で、一旦決めても夢は変わるぞって事を

 しっかり認識して欲しいと。


 さてさて!


 レオの願いを聞き入れる事としよう。


「レオ」


「何、お父さん」


「お前がナイフを作りたいのなら、今度鍛冶場で刀身の造り方を教えよう。但し鞘造りはレベッカママから教わるんだ」


「ありがとう、お父さん。それにお母さんも」


「それにって、私はついでか、レオ」


「ご、ごめんなさい。それで……ええっと、ふたりにお願いがあるんだけど」


「お願い?」

「言ってみな」


「ええっと……アメリーちゃんも一緒に習って良い?」


 おおっと、サプライズの発言が飛び出した。

 アメリーちゃんというのは、レオの彼女ガールフレンド

 レオとは同年齢で、仲良くなって既に3年になる。


 ボヌール村公認の仲と言っても過言ではない。

 シリルさん、マドレーヌさん夫婦カニャール家の可憐な愛娘だ。


 俺が、


「アメリーちゃんも、俺から鍛冶を習いたいのか?」


 と聞けば、レオは首を横に振る。


「ううん、アメリーちゃんは鞘造りを習いたいんだって」


 おお、何となく想像は付くけど……

 好きな子と一緒にひとつのナイフを造るって事だよな。

 と、俺が微笑ましく見守っていたら。


 今度は「へえ」という感じで、クーガーが尋ねる。


「アメリーちゃんがねえ? 理由を言ってみな、レオ」


「うん、アメリーちゃんも僕も、亡くなったオディルさんが大好きだったから、跡を継ぎたい」


「ふうん」


 と、クーガーが唸り、俺も思わず呟いた。


「そうか……跡を継ぎたいか」


 今は亡きオディルさんは……

 王都在住の職人さんだった。

 

 先立たれた旦那さんと共同で、素敵なナイフを造っていた。

 一回だけ、ボヌールへ遊びに来てくれたが……

 彼女のふるさとの王都と、俺達の想い出を抱いて、

 天国の旦那さんへ再会すべく逝ってしまった。

 

 俺の、否、村の子供達も全員、祖母のようなオディルさんが大好きで、

 とても懐いていた。


「お父さん、僕、オディルさんから聞いたよ」


「おう! 何を聞いた?」


「お父さんとレベッカママは、オディルさんの跡を継いだんでしょ? なら、僕もアメリーちゃんと一緒に、頑張ってナイフ造りを覚えて跡を継ぎたいんだ」


 鍛冶場で俺の作業を見ながら、そんな事を考えていたなんて……

 レオの奴……

 良いとこあるじゃないか!


 彼の真意が見えた。

 タバサだけじゃない。

 ユウキ家の長男も、大人への階段を着実に上っていたのだ。


 レオはもう大人だ。

 しっかりと俺を見て、己の意志をはっきりと言い切った。


「よし、頑張れ、レオ」


「ありがとう、お父さん!」


「お前の気持ちはよ~く分かった。素敵じゃないか、私も応援するよ!」


「ありがとう、お母さん」


 気持ちがしっかり通じ合い、分かり合った俺達親子は、

 晴れやかな表情で、フィストバンプを交わしていたのであった。

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