第7話「アマンダ爆発!」

 キングスレー商会と商売仲間で懇意にしているらしいレミネン商会。

 一緒に商人修業する、会頭エルメル氏の愛娘ノーラさんのご好意で……

 アウグストはレミネン商会の社員寮へ入居させて貰える事となった。


 寮の住人が殆ど同郷のアールヴ族という事で、喜んでいるアウグストではあったが……

 俺には大きな不安があった。


 どこぞの宿屋を買い取ったという社員寮らしいが……

 アウグストが考えている超一流の高級ホテルとは、

 だいぶかけ離れている……否、真逆に違いない。


 こう言ったらアマンダには申しわけないが……

 そもそもアウグストの『やる気』に関しては大いに疑問がある。


 ノーラさんの申し出の後、マルコさんによる『商人入門講義』が始まったが、

 何と!

 アウグストはうつらうつら居眠りをする始末。


 思い出すだけで怖ろしいが……

 その時のアマンダの顔はまさに怒れる鬼。

 居眠りするアウグストを見て、マルコさんは苦笑していたが……

 マルコさんが多忙の中、無理を言って講義をお願いした俺とアマンダは、

 赤っ恥をかかされた形になってしまった。


 その上……


「ケン様、アマンダ様……大変っすね」


 と、ノーラさんに同情までされてしまったのだ。


 でも一度交わした約束は約束。

 ノーラさんは約束を守ってくれた。


 マルコさんの講義終了後……

 キングスレー商会を辞去した俺達を、

 ノーラさんはレミネン商会の社員寮へ案内してくれたのである。


 その社員寮だが……

 俺の予想通りの趣きであった。

 少々年季が入った宿屋をリフォームした渋い雰囲気。

 俺は個人的に嫌ではないが、アウグストはやはりお気に召さなかったようだ。


 無神経なアウグストは、ノーラさんの目の前で露骨に嫌な顔をしたのだ。

 そして、


「私はこんな所に住めん」


 この一言で、アマンダが再びぶち切れた。

 拳を握りしめ、怒りでわなわなと身体を振るわせている。


 一方、ノーラさんは出来た人。

 このような暴言を吐かれても、


「まあ、私の方はいつでもOKっす。気が変わったら、また言ってくださいっす」


 とフォローしてくれた。

 しかし当のアウグスト本人は明後日の方向を向いて、知らんぷり。

 本当に呆れてしまう……


 俺とアマンダは平謝りでノーラさんへ頭を下げ、

 アウグストを連れ、逃げるようにホテルセントヘレナへ向かった。


 そんなこんなで……

 どうにかホテルへ着き、チェックインしても、ずっとアウグストは不満を漏らしている。


「おい、ケン、ダメじゃないか! この部屋スイートルームじゃないぞ。すぐに変更してくれ」


「…………」


 呆れ果てた俺が、無言になると、

 アウグストは調子に乗って、ますます居丈高になる。


「何故、黙ってる? 返事くらいしろ!」


 と、その時。

 つかつかつかとアマンダが、アウグストへ歩み寄った。


「おう、アマンダ。お前からもケンへ言ってくれ、もっと私に気を遣えと」


「…………」


 しかしアマンダも俺同様、返事をしない。

 それどころか、遂に怒りが爆発。


 ぱあああああん!!!


 暴言を吐き続けるアウグストの頬を、平手で思い切り打ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ア、アマンダぁ~! な、な、な、何をする~~っ!! わ、私は! 父上にもぶたれた事がないのにぃ!!!」


 打たれた頬を押さえながら……

 叫ぶ兄アウグストを冷たく見据え、アマンダは言い放つ。


「お望みなら……もっともっとぶちましょうか?」


「ひ、ひえ!」


「……ぶたれて当然の事を、お兄様、貴方はしているのですよ」


「ぶ、ぶたれて!? ととと、当然?」


「はい! 私がぶったのはお兄様、貴方の言動に全く思慮がないからです」


「私の!? 言動!? 全く思慮がない?」


「はい! 感情のままに吐き出す貴方の物言い、思慮のない行為が、多くの人々の思い遣りを、まるで泥靴で踏みにじるように傷つけている事に気付かないのですか?」


「ま、まさか!? そ、そんな事が……」


「もう! どこまで鈍感なんですか? もっと想像力を働かせてくださいな」


「そ、想像力……」


「お兄様が仰った暴言、為さった失礼な振る舞いを、逆に全部自分が受けるとしたら? どう思い感じますか?」


「…………」


「私は幼い頃から、お兄様により国宝であるウルズ様の泉を任された伝統あるエルヴァスティ家の歴史を……アールヴの社会で我が家が果たして来た役割と功績を教えて頂きました」


「…………」


「私はお兄様のお話をお聞きして、自分が生まれた家が誇らしいと常に感じていました。栄えあるエルヴァスティの一員として、私もアールヴの社会に貢献したい、そう思い考えて生きて来ました」


「…………」


「お兄様もご存じの通り、私はハーブ料理が大好きでそこそこの知識と腕があります。それを何とか世の為に役立てたいといろいろ調べました」


「…………」


「この王都に店を出したのは、単にお金を儲けたいと思ったのではありません」


「…………」


「ケンには話しましたが……私はハーブ料理を通じ、世界の誰をも笑顔にしたい、誰とも仲良くしたい、全ての種族の友好の架け橋になりたい、そう思ったのです」


「…………」


「自分で言うのは何ですが、私はこれまでコツコツと地道にやって来ました」


「…………」


「最初は皿洗いのアルバイトから始め、人間の国に少しずつ馴染んで行きました」


「…………」


「家から貰ったお金には殆ど手をつけず、必死にお金を貯め、白鳥亭を何とかオープンする事が出来ました」


「…………」


「そして今、私の夢は少しずつですが、叶い始めています」


「…………」


「この王都には、現在レストランに改装した白鳥亭から、アールヴの料理という名のもとに美味しいハーブ料理を提供しています」


「…………」


ちまたで、アールヴとは犬猿の仲といわれるドヴェルグ族でさえも、仲良く一緒にお食事をしています」


「…………」


「王都だけではありません。ボヌール村でも、エモシオンのカフェでも、ケンの家族からも私の調理方法の流れを組むハーブ料理が広がっています。遥か南の国アーロンビアの商人達にも美味しいと評価して頂き、彼等は今やカフェの常連です」


「…………」


「私とケンが、今回お兄様に協力したのは、商人となりイエーラに尽くしたいという貴方の確かなこころざしを信じ、抱く大きな夢を何とか叶えてあげたいと願ったからです」


「…………」


「常に全力疾走の人生なんて辛い、辛すぎる……私はそう思います。たまには手を抜き、楽をしないと疲れ切って力尽き、終いには倒れてしまうからです」


「…………」


「でも絶対に手を抜いてはいけない時期、というのが人生の節目では何度かあります」


「…………」


「お兄様、貴方にとって、まさに今がその時ではないのですか?」


 アマンダは……

 いつの間にか泣いていた。

 

 目に大粒の涙を浮かべた妹を見たアウグストは……

 ショックのあまり脱力し、がっくりと膝をついてしまったのである。

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