第19話「新人女神達の決意、そして旅立ち②」

 今は亡きリュウへ……

 エールを送った後、俺は再びヒルデガルドを労わる。 


『改めて、お疲れ様と言おう。リュウを良くサポートしてくれたな、ありがとう、ヒルデガルド』


『ケン様に褒められて素直に嬉しいでっすが……』


 ヒルデガルドの顔が曇った。

 いつも明るく朗らかな彼女にしては珍しい。


『私は大いに後悔してるっす』


 意外とも言えるヒルデガルドの悔恨の思い……

 何故?

 そのような事を言うのだろうか?


『今回、私はリュウのサポート任務は何とかやり遂げたっす。だけど……』


『だけど?』


『はいっす! 宿命のライバルとして、勝負ではスオメタルに敗北したっす』


『え? スオメタルに負けた?』


『そうっす。身も心も木っ端みじんに負けたっす……完敗っす』


『何故、そういう事を?』


『ケン様……ご存知だと思いまっすが、私はドヴェルグが生理的に大の苦手っす。アールヴの宿命とも言える性癖でっす』


 そう、ファンタジー好きなら誰もが知る事実……

 エルフことアールヴは、ドワーフことドヴェルグが天敵と言えるくらい大嫌いなのだ。

 彼等彼女達は神代の頃から、お互いに相容れず反目し、憎み合って来たという。

 

 俺は納得し、頷く。


『ああ、知ってる。……有名な話だから』


『でも……』


『でも?』


『サポート女神になる前だったらともかく……今の私は、難儀して助けを求める者を区別する立場ではないっす』


『まあ……そうだな』


『幼い頃から私は勘が良い。そして要領が良い子だって、いつも周囲から言われていたっす』


『…………』


『自分でもそう思っていて、実際、今回もある意味、危機回避能力が働いたと言えるっすが……』


『…………』


『後からスオメタルの話を聞いて……アールヴの天敵ともいえるドヴェルグに転生し、苦労したイェレナを同族の私が助けたかったと心の底から強く強く思ったっす』


『…………』


 ああ、そうか……

 ヒルデガルドは自分を責めている。

 

 女神になる前だったら、嫌な条件の仕事は受けなければそれで済んでいた。

 しかし、今の立場は全く違う。

 自身の存在価値を踏まえて、新たな決意をしたのだろう。


『私はもう逃げないっす。こんな後悔は……二度としたくないっす』


『ヒルデガルド……』


『でも! ケン様には凄く感謝してるっす!』


『…………』


『未熟なD級女神でアールヴ族の私が人間のリュウを導ける事が出来たのはケン様のお陰だと確信してるっす』


『いやいや、俺の力なんて大した事ないさ』


『そんな事はないっす! ケン様を見ているといろいろ学べるのは勿論でっすが、凄くやる気が出て来るっす!』


『そ、そうか?』


『はいっす! ケン様! ありがとうございましたっす』


 と、ここで話に入って来たのはスオメタルである。


『ケン様、私もヒルデガルドと全く同じです。ケン様にはとても感謝しているのです』


 そう言うと、スオメタルは再びお辞儀をし、柔らかく微笑んだ。


『じゃあスオメタルも報告を入れてくれるかな?』


『はい! かしこまりました。では、ご説明させて頂きます』


 そう言うと、スオメタルは軽く息を吐いた。

 

『ケン様には熱く励まされましたし、イェレナも生きる事を了解しました。ですが、実際に宿敵のドヴェルグと共に暮らすとなると、彼女は中々決心がつきませんでした』


『…………』


『でも私がケン様のように前を向き、一歩ずつでも進もうと励ましたら、ようやく決断してくれました』


『…………』


『ふたりで歩いて最寄りにあったドヴェルグの村の入り口まで行きました。でもイェレナは足がすくみ、恐怖でガタガタと震えていました』


『…………』


『イェレナにとってドヴェルグは生理的に大嫌いというだけでなく、恐怖の対象でもあったのです』


『…………』


『未熟な私はケン様のようにイェレナを上手く勇気付ける事が出来ませんでした。単に励ます事しか出来なかったのです』


『…………』


『ドヴェルグの村の入り口で、何十回同じ話をしたでしょうか……最後にイェレナは根負けし、疲れたような顔つきで苦笑いし、何とか足を一歩踏み出す事が出来ました』


『…………』


『遠国から旅をして来たという触れ込みのイェレナを、ドヴェルグ達は同族の仲間として大歓迎してくれました。無償で一軒の家を与えられた彼女は戸惑いながらも何とか一夜を過ごす事が出来たのです』


『…………』


『翌日からイェレナはドヴェルグの村で暮らし始めました。しかしドヴェルグの作法を全く知らない元アールヴの彼女は苦労の連続でした。辛い農作業と厳しい修行のような鍛冶仕事に中々慣れず毎晩泣いていました』


『…………』


『私は乏しい知識の中でドヴェルグの作法を教え、悲しむ彼女を一生懸命慰める事しか出来ませんでした』


『…………』


『そんな辛い日々にようやく転機が訪れました。私のアドバイスでイェレナが造った一振りのナイフが鍛冶場を預かる師匠に認められたからです』


『…………』


『褒められてやる気が出たイェレナは、管理神様から与えられた鍛冶師の才能が一気に開花しました。素晴らしい業物わざものを次々に生み出して行ったのです』


『…………』


 管理神様……

 凄い転生をさせたと思っていたが……

 イェレナには未体験の鍛冶の達人の才能を与えていたんだ。


『辛い日々が一転、やりがいのある日々となったイェレナの身に決定的な出来事も起こりました』


『…………』


 イェレナの身に起こった決定的な出来事?

 俺は無言で、スオメタルの顔をじっと見たのである。

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