第15話「スオメタルの告白」

『では、ケン様、イェレナさん、お話し致します』


 スオメタルはそう言うと軽く息を吐いた。


『今から……約千年前……とある小さな村に……ひとりの幼い少女が暮らしていました。

 少女の両親は間違いなく正真正銘の人間……だけどふたりから生まれた少女は、人間ではなかったのです……』


 おいおい、そういうのって……

 俺は思わず「ぐっ」と唇を噛み締めた。


『創世神様のきまぐれ、ひど悪戯いたずらとしか思えない………あまりにも残酷な運命……本来、人間として生まれるべき少女は、人々から忌み嫌われる夢魔として生まれました。

 母親は……父親には娘である少女の正体を隠して育てていました……魔力をかてとする夢魔の少女は、魔法使いである母親の魔力を貰って成長して行きました……

 しかしある日、父親にその秘密がばれたのです……』


 俺もイェレナも言葉が出ない……

 無言でスオメタルの話を聞いていた。


『……驚愕した父親は、愛する妻を殴り倒すと、無理やり少女だけを連れ、人喰いの魔物が出るという森へ向かいました……そして少女を置きざりにしました。……幸せに暮らしていた少女は……実の父親からいきなり捨てられたのです』


『…………』

『…………』


『両親との悲しい別離と、いいようのないの孤独……散々泣いた少女は、寂しさに耐え、小さな動物を捕まえ、魔力を吸い、何とか生きながらえていました……』


『…………』

『…………』


『ときたま……少女を餌として、喰らおうという魔物や獣が来たら、彼女は身軽さを活かし、木に登ってやり過ごしていました』


『…………』

『…………』


『しかし小さな動物だけでは、成長に必要な、膨大ぼうだいな魔力が上手く取れず……少女はすぐ弱って行きました』


『…………』

『…………』


『そして遂に衰弱から、動けなくなりました……魔力が殆ど失われ、倒れて動けなくなってしまったのです……』


『…………』

『…………』


『瀕死の少女を……森に棲むオークの群れは放ってはおかず、捕え、凌辱りょうじょくし……喰らおうとしました』


『…………』

『…………』


『迫って来るおびただしい数のオーク共……倒れて動けない少女は……奴らを見つめながら、既に死ぬ覚悟をしていました』


『…………』

『…………』


『しかし、奇跡が起こりました。少女に、救いの手が差し伸べられたのです』


『…………』

『…………』


『虚無ともいえる死に……身も心も囚われた少女を助けてくれたのは……その森に隠棲いんせいしていた人間の魔法使いでした』


『…………』

『…………』


『その魔法使いの老人は、少女が魔族なのを知りながらも助けました。襲って来たオーク共をあっさり倒し、自身の魔力を少女へ与えたのです……』


『…………』

『…………』


『そして……自分が暮らしていた家に連れ帰り、何から何まで面倒を見てくれました』


『…………』

『…………』


『老魔法使いは少女を実の娘のように慈しみ可愛がってくれたのです』


『…………』

『…………』


『……両親の信じられない裏切り、ひとりぼっちの孤独で過酷な暮らし……人の心を失い、完全な夢魔になりかけていた少女は……』


『…………』

『…………』


『老魔法使いの献身と慈しみにより、心までは完全な夢魔にはならず、何とか、「人間」として踏みとどまる事が出来ました』


『…………』

『…………』


『少女はまた幸せな時間を過ごす事が出来ました。老魔法使いと過ごした日々はとても楽しいものでしたから……』


『…………』

『…………』


『しかし老魔法使いに残された人生の時間はそうありませんでした。約10年後……少女の成長を見届けると……静かにこの世を去って行きました』


『…………』

『…………』


『少女は……またひとりきりとなりました。……ですが、魔法使いの後を追って自ら死のうとか……自暴自棄にはなりませんでした』


『…………』

『…………』


『人の心を持つ夢魔となった少女は、老魔法使いの死後も、そのまま約500年ひとりきり、その森で暮らし、同じように静かに安らかに人生を全うしました。


『…………』

『…………』


『人生を全うし、昇天した少女は……不思議な転生をしました。気が付いたら天界に居て、自身は女神となっていたのです』


『…………』

『…………』


『少女は……難儀する者を助ける女神としての作法を神々に教えられ、いよいよ一人前になるべく最後の教えを受けております』


『…………』

『…………』


『そう……私スオメタルも転生者。元は人間の心を持つ魔族でした』


『…………』

『…………』


 と、ここでスオメタルはイェレナを見た。

 すっきりした表情で、柔らかく微笑んでいる。


『イェレナさん』


『は、はい!』


『先ほどは……怒鳴ってしまい、申しわけありませんでした』


『…………』


『私は貴女が生き抜く為、幸せな人生を送る為に、全身全霊でサポートしたいと考えております』


『…………』


『経験豊かなケン様とは違い、新人でまだまだ未熟者の私ですが、担当させて頂いても宜しいですか?』


『喜んで! こちらこそ、宜しくお願い致します!』


 暫し無言だったイェレナではあったが……

 スオメタルの『希望』を聞き、即座に笑顔で受け入れてくれたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る