第14話「パンドラの箱」

 信仰上の理由から人生を投げず、生き抜く事を決意してくれたイェレナ……

 ここは素直に、こちらから礼を言おう。


『イェレナ……ありがとう。お前の敬虔けいけんさ、前向きさは今度会った時、ケルトゥリ様へ伝えておく』


 このように言うのが、イェレナの励みになると感じて、俺は告げた。

 すると、予想通りの反応が返って来る。


『え? ケン様はケルトゥリ様にお会いになった事が!?』


『ああ、何度もある』


『な、何度も……』


『それだけじゃない。俺の嫁のひとりも凄く世話になった』


『ケン様の奥様が?』


『ああ、アマンダといって、違う世界で出会ったアールヴさ』


『え? アールヴが? 神様の奥様に?』


 と、驚くイェレナへ追加説明をする。

 説明というか、カミングアウトだ。


『いや、俺は本来人間なんだ、神様を兼務するように先日、管理神様から言われたばかりさ』


『ええええっ!? ケン様が!? に、に、人間? それもアールヴを奥様に?』


『うん、ついこの前、俺の居る世界のアールヴの国イエーラへ行った。アマンダのご両親に結婚の了解を貰いにな』


 と俺が言えば、イェレナは何やら想像したようだ。


『アールヴと人間の結婚って……凄く揉めませんでした?』


 トラブルの有無を尋ねられた俺は、大きく頷く。


『ああ、思いっきり揉めたよ。……でも最後はソウェル様が執り成して、俺とアマンダの結婚をバックアップしてくれた』


『ええええっ!? ソ、ソウェル様がぁ!!! に、人間の為にぃ!!!』


『うん、助けてくれた。その上、これからは遠慮せず、いつでも我が国へ遊びに来いって誘ってくれたよ』


『あうあうあう、驚きすぎて私もう言葉が出ません』


『いや、イェレナ。話はまだ続きがある』


『つ、続きが!?』


 うん!

 話は、ここからが本番なのだ。

 イェレナは、まだ驚く事があるのかと身構えた。


 そんなイェレナを見て、俺は話を続ける。


『ああ、俺は残念ながらお前の気持ちは完全に分からない。アールヴではなく……神様であり、人間でもあるからな』


『…………』


『ただ俺は、嫁となったアマンダのお陰で、お前達アールヴの価値観がほんの少しだが理解出来る。そして転生したアールヴの気持ちもな』


『ケン様!』


『何だい? イェレナ』


『アールヴの価値観については、貴方様のご結婚の経緯で想像がつきます。ですが転生したアールヴの気持ちとは?』


 イェレナの疑問は尤もだ。

 そして、これから言う事が話の肝なのである。


『先ほど違う世界で出会ったと伝えた通り、実は……俺の嫁アマンダも次元を超え、数千年の時を経て、俺に会いに来てくれたアールヴの転生者なんだ。元の名はフレデリカ……』


『えええっ!? そ、そうなのですか……つい聞き流してしまって、申しわけありません!』


『いいよ、いいよ。気にするな。じゃあ話を戻そう』


『は、はい』


『フレデリカはアマンダとなり、俺と再会するまで、数え切れないくらいに転生を重ねて来たと話していた。はっきりとは言わないが、アールヴ以外の転生の方が多かったようだ』


『アールヴ以外の転生……それって……もしや……』


『ああ、「今のお前と同じ転生」になった可能性もある。でもアマンダは俺に会いたいという一念で、けして人生を……生きる事を諦めなかった』


『けして人生を……生きる事を諦めない……』


『ああ、それに、もうひとつ種明かしするが、この俺もお前と同じ転生者なんだ。でも何とか人生を投げずにここまで来た』


『ケ、ケン様も!』


『おお、転生者さ。だからイェレナ、お前とはお仲間・・・って事』


『お仲間!? さ、先ほどから、びっくりの連続ですが……神様であるケン様と私がお仲間と仰って頂けるのは、素直に嬉しいです!』


『本当に嬉しいのか? 俺は人間なんだぞ』


『はい! 本当です! 私、頑張ります! ケン様のように! アマンダ様のように!』


『そうか……イェレナの決意は、まるでパンドラの箱のようだ』


『パンドラの箱?』


『俺が元居た世界の神話を意訳した寓話ぐうわだ』


『神話を意訳した寓話……』


『うん! 箱ではなく本来は壺らしいが……知りたいかい?』


『はい! 知りたいです! ぜひお話しください!』


『話というのはこうだ。……パンドラは神々から様々な事象が詰まった箱を与えられた。喜び勇んで箱を開けたパンドラだったが、事象の中には多くの災厄も入っており、全世界へ飛び去ってしまった。だが箱の底に、希望だけは残っていたんだ』


『箱の底に……希望だけは……残っていた』


『ああ、そして神様という立場からこのようにコメントするのはまずいかもしれない。だが敢えて言おう。俺だってお前の転生は、前世の出自を考えたら、とても辛いものだと思う』


『ケン様……』


『だがくじけず、あきらめるな! けして希望を捨てないでくれ! 疲れたらゆっくり歩いて構わないし、一旦立ち止まってもOKだ。しかし投げたら、そこで人生は終わりなんだ!』 


『…………』


『俺は個人的にドヴェルグとも10年近く付き合いがある。一緒に酒を飲んだり、踊った事もある。それ故、彼等の生活を良く知っている。俺は彼等が他種族より劣っているとは思わないし、アールヴが知らない、彼等の優れた部分は数多あまたある!』


『…………』


『何か困った事があれば、何でも相談してくれ。スオメタルと共にお前を必ず助け、サポートする』


『…………』


『こんな機会は滅多にない! そう開き直って人生を楽しんでしまえ』


『はい! 頑張ります! 人生を思い切り楽しんでまた転生します!』


『だな!』


『はい! 今度はケン様のような人間あたりが良いのかと!』


 と、話が盛り上がったところで、


『はい!』


 と、ここでスオメタルが手を挙げた。


『何だい、スオメタル』


『ケン様! 希望致します! 私はぜひ! イェレナさんのサポートを担当したいと思います!』


『おお、やる気満々だな』


『はい! つきましては、私からおふたりへ、お話をしたい事があるのですが』


 スオメタルから話?

 俺とイェレナへ?

 一体何だろう?

 でも……

 何か大事な話のようだ。


『ああ、スオメタル、話を聞くよ』


 俺が了解すると、スオメタルは平時の彼女のように、

 静かに優しく微笑んだのである。

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