第13話「ケルトゥリ様の教え」

 気が付いたら……

 雲ひとつない、澄み切った真っ青な大空を、俺とスオメタルは飛んでいた。

 

 眼下には草原ではなく、原野がひろがっていた。

 岩だらけの荒れた土地だが、所々に森が点在している。

 俺が前世で憧れた、〇〇国とかいう超大作ファンタジー映画の舞台と酷似していた。


 ここまではリュウの時とほぼ同じパターン。

 ならば、どこかに転生者がいるはずだ。


 完全に未開の荒野なので道らしきものもない。

 そして研修の対象者となる『転生者』はと、改めて探すと……居た。

 

 森の木の下で座り込んでいる。

 改めて確認したが、やはり当該の転生者はドヴェルグ、

 そして独特の風貌から、いまいち分かりにくいが、少女ではあるらしい。

 

『彼女が転生者だ、行こう、スオメタル』


『はい! ケン様』


 高速で飛翔した俺とスオメタルは、ドヴェルグ少女から少し離れた場所に飛び降りた。

 少女には俺達が見えているはずである。

 しかし俯いたまま、全く反応しない。


 前向きな気配が伝わって来ない。

 やはり生きる気力を失くしているのだろうか……


 とりあえず少女と話をしてみよう。

 俺とスオメタルはゆっくりと静かに少女へ近付いた。

 幻影だから、関係ないかもしれないが……


 だが少女は顔を上げようとしない。

 全くの無反応である。

 仕方がない、俺から話しかけるしかない。


『おい、君』


『…………』


『俺と彼女は神、それも転生者の君がこの異世界で生きる為の手助けをするサポート神だ』


『…………』


『いろいろ君の事情を聞いた上でベストなサポートをしたい、これまでの経緯を話してくれないか』


『…………』


『頼むよ……』


『…………』


 ず~っと無言のドヴェルグ少女に対し、遂にスオメタルが焦れた。


『何を黙っているのです?』


『…………』


『潔く! 運命を受け入れなさい!』


 リュウの時みたいに平手打ちこそ食らわさなかったが、

 相手の心をえぐるようなスオメタルの鋭い声が飛んだ。


 もしかして同性という事もあったのだろうか……

 遂にドヴェルグ少女が反応する。


『受け入れられるわけ……ありません!』


 すかさずスオメタルが問う。

 短く、簡潔に。


『何故ですか?』


『何故? 尊き女神の貴女に、私の辛さの何が分かるというのです?』


『少しは分かりますよ、貴女の気持ちは』


『恵まれた女神の貴女なんかに、全く分かるわけありません』


『いえ、ほんの少しだけですが分かります。だから寄り添う事ぐらいは出来ます』


『ふざけないでください! おぞましい私の転生と種族同士の険悪な関係を考えたら理解出来るわけありません』


 度重なるドヴェルグ少女の否定に、突如スオメタルがブチぎれる。


『おいごらぁ! ふざけちゃいねぇし! 分かるんだよ!!!』


 スオメタル、お前、言葉遣いがガラリと変わってるぞ。

 まるでヤンキーかスケ番だ。


 悩んでいた元アールヴの現ドヴェルグ少女も吃驚びっくりして、身体が強張っている。


『な、なにを……こ、根拠に……』


『分かるから、分かるって言ってるんだ! いつまでも、うじうじしてると、ぶっとばすぞ、てめぇ!』


『ひ、ひいい~』


 おいおいおい!

 スオメタルの奴、平時と怒った時の差が大きい。

 というか、大きすぎる。

 もしかして『親友』ヒルデガルドの影響か?


 おっと、そんな事言っている場合ではなかった。


『スタップ! 悪いな、スオメタル。俺が代わろう』


『……かしこまりました、ケン様』


 俺とスオメタルのやりとりを見て聞いてドヴェルグ少女はホッとしていた。

 なんやかんやあったが、何とか少女と話す事が出来そうだ。

 研修指導教官である俺も、少女と同じく安堵していたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ドヴェルグ少女は落着き、スオメタルもクールダウンしたようである。

 頃合いと見た俺はまず名乗る。


『俺はケン・ユウキ、中級神だ。彼女はスオメタル』


『D級女神スオメタルです』


 俺達が名乗ると、ドヴェルグ少女もひと呼吸おいて名乗る。


『……イェレナです』


 この子はイェレナというのか。

 当然、アールヴだった前世の名前だろう。


 研修時間は限られているに違いない。

 早速、俺は取材を始める。


『君は転生前、アールヴだったそうだな?』


『ええ、そうです。女神ケルトゥリ様に仕える神官でした……』


 え?

 この子はケルトゥリ様に仕える神官?

 それが何故、ドヴェルグに転生?


 しかしその疑問の答えは運命神様、もしくは管理神様しか知らないだろう。

 議論が始まると不毛な会話になるから先に念を押しておく。


『イェレナ、あらかじめ言っておこう。俺達はサポート専門の神だ』


『…………』


『申しわけないが……君の転生の理由については関知していない』


『…………』


『俺とスオメタルは君が生きる手助けしか出来ない』


『……分かりました。管理神様からご説明はありましたが、状況は改めて理解しました』


 イェレナはそう言うと、俺をじっと見つめる。


『ケン様!』


『何だい? イェレナ』


『せっかく転生させて頂きましたが、情けないこの姿。私……実は、自死も考えました』


『…………』


『しかし創世神様と同じく、ケルトゥリ様の教えでは自死を認めてはいないのです』


『成る程……』


『姿かたちは醜く変われど、私の心はケルトゥリ様に仕える清らかな神官のまま……立場上、自死するわけにはいきません』


『そうか……』


『はい! 先ほどスオメタル様に気合を入れて頂き、覚悟を決めました。……イェレナはこのおぞましい姿で生きて行きます』


 よかった!

 何とか『最悪』のケースに陥る事は免れた。

 ケルトゥリ様の教えが自死禁止だったのはありがたい。


 しかし傷心のイェレナには丁寧且つ手厚いフォローが必要だろう。

 俺は傍らに控えたスオメタルに目くばせすると、彼女も大きく頷いたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る