第36話 「妖精の国アヴァロンにて⑧」

 その夜……

 俺はオベロン様へ頼んで、王宮内の一室を特別に借りた。


 当然、ティナ父ベリザリオと『さし』で、じっくり話す為である。

 え?

 俺が泊まる部屋?

 

 いやいや駄目でしょ?

 ティナ本人も居るし、タバサだって居るから。

 

 俺はまだ良い。

 しかしベリザリオは、反発する娘の前で腹を割って話すのは困難だろう。

 かといって、いきなり彼の自宅へ、馴染みのない俺を招き入れたくはないだろうし。


 そんなこんなで昨夜のオベロン様夫婦同様、

 ワインとつまみも用意して貰い、話は始まった。


 何度か話したり、会ってからたまに様子を見ていると、分かってはいたが……

 ベリザリオは基本的にとても寡黙である。

 

 無駄口を叩かず、必要最小限しか話さない。

 だから俺の方から積極的に話かけて、彼の本音を引き出さねばならない。

 

 ちなみに念の為だが……

 第三者に聞かれるとベルザリオが嫌がると思い、会話は全て念話を使う。


『…………』


『…………』


『…………』


『…………』


 ……案の定、ふたりきりになっても、『沈黙』が場を支配する。


 様々なケースで、『間』というのは確かに大事。

 しかし、今回は違う。

 このままでは、無為な時間が過ぎて行くだけだ。


 俺は切り出し方を考える。

 うん!

 ベリザリオみたいなタイプへ、ここで遠回しに言うのは、却って逆効果だ。


 ずばり直球!

 単刀直入に告げる。


『アヴァロンへ来る前から決めていた。貴方の娘ティナを人間の村ボヌールへ迎えたい』


 ここまで、はっきり言えば、ベリザリオはさすがに反応せざるを得ない。


『ぬ、ティナを?』


 うん!

 やっとまともな会話が始まりそうだ。

 俺は頷き、話を続ける。


『ああ、そうさ。だが迎えるといって永住して貰うわけじゃない。以前貴方が村で過ごしたように1週間程度暮らして貰うだけだ』


『…………』


『どうだい?』


『……お断り致します』


 きっぱり言われた。

 拒絶された。


 成る程。

 予想していた答えだ。

 しかし、切り返す言葉は決めてある。

 同じ言葉で、カウンター攻撃という奴だ。


『いや、こちらこそ断る』


『な、何!』


 おっし、動揺している。

 ここで怒涛どとうの波状攻撃だ。


『理由その1、ティナの意思は確認済み。ぜひ俺の村へ行きたいという事だ。理由その2、俺の提案を断る論理的な理由を、貴方からは、ちゃんと説明が為されていない』


『…………』


『理由その3、俺はティナの命の恩人。けして恩に着せるわけじゃないけど、貴方とティナの間の事情説明くらいあってもおかしくないと思うが』


『…………』


『どうだい、納得したか?』


『…………』


 しかし俺の挙げた理由を聞いてもベリザリオは無言。

 あれ?

 と思う。


 既視感が俺を包む。


 そう、似ているのだ。

 目覚めた時のティナの反応に。

 つい俺は苦笑する。


『ははは、ベリザリオさん、貴方とティナは似ているなぁ』


 人間の俺に笑われ、バカにされたと思ったのだろうか、

 ベルザリオは鋭い眼差しを投げかけ、喰い付いて来る。


『に、似ているだと!』


 おお、口調が変わってる。

 本性を出して来たか?

 でも……彼に本音で話して貰う為の荒療治だ。

 

 俺は笑みを浮かべながら、話を続ける。


『ああ、さすが父娘おやこだ。貴方とティナはそっくりさ。こうやって都合が悪くなると、ダンマリを決め込むところなんか特にな』


 俺がそう告げると、ベリザリオは複雑な表情を浮かべ、再び黙り込んだ。


『…………』


『ベリザリオさん、思い出してくれ。俺はまた余計なお節介をしようとしているんだ』


『余計なお節介?』


『ああ、俺が管理神様から頼まれ、テレーズを預かった時のようにな』


『…………』


 ……オベロン様が、どこまで事情と経緯を話しているのか分からないが……

 彼が側近として切れ者ならば、推測くらいは出来るはずだ。


 よし!

 ここでダメ押しの攻撃だ。


『というわけで、理由その4。オベロン様、ティターニア様からは許可を貰っている』


『……それを先に言って欲しい。我があるじの命ならば、私は逆らえない』


 ああ、駄目だよ。

 それでは、ティナが反発するはずだ。

 なので俺は、はっきりと言ってやる。


『おいおい、何言ってる? あんたがそういう態度だから、ティナから距離を置かれるんだ』


『な、何!』


『俺が見たところ、あんたは正面からティナと向き合っていない』


『むうう……』


『何故、わざわざこの部屋で貴方とふたりきり、それも他者に知れぬよう、念話で話していると思ってる?』


『…………』


『無理やり話を通すつもりなら、俺は最初からオベロン様達に同席して貰っている。……それが分からぬようでは、娘との距離は絶対に縮まらないぞ』


『…………』


『先に結論を言おう。ティナには我が村ボヌールへ来て貰う』


『仕方がない……』


 ベリザリオは渋々という感じで承諾した。

 しかし俺は首を横に振った。


『おっと、話はまだ終わりじゃない』


『…………』


『保護者として、ベリザリオさん、あんたにもボヌールへ来て貰う。……嫌とは言わさない』


『……じゃあ、もし嫌だと言ったら』


 断って来たか……

 まずは、頼むしかない。

 当然、低姿勢で。


 俺は頭を下げる。


『どうにかお願いしたい。娘を持つ同じ父親として』


『…………』


 すぐには答えず、

 ベリザリオは無言。

 

 だが、今迄とは雰囲気が少し違っている。

 何故か、俺の次の言葉を進んで待っているようだ。


 という事なら、俺は話を続ける。


『ここまで頼んで、無下に断るのならば……』


『断るのなら?』


『無理やりでも連れて行く。……あんたが術者として魔力の波動を感じるのなら、俺の力は分かるはずだ』


『…………』


 そう言って見やれば、ベリザリオの奴、苦笑している。

 本音の波動が放たれるのを感じる。


『相変わらず……だな。ケン様、貴方は相当のお節介、そしてお人好しだ』


『だな。充分自覚している』


『ふっ、管理神様のご命令でオベロン様ご夫婦の仲裁をするのならともかく、単なる妖精の父娘など放っておけばよいものを』


『何言ってる、放ってはおけないさ。俺はティナのパパだからな』


 今朝、ティナへ告げたのと全く同じセリフを、

 俺は父親のベリザリオにも、はっきりと告げていたのであった。

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