第35話 「妖精の国アヴァロンにて⑦」

 ティナは妖精の飛翔能力を使い、俺とタバサを誘った。

 対して、俺はタバサを抱え、飛翔魔法フライトを発動して後を追った。


 案内されたティナのお気に入りの場所とは……

 この森の中で、最も高い木の上であった。

 ゆうに100m以上はある。


 広大な森の中で、たった一本だけ抜きん出た趣き。

 鮮やかに緑繁る葉は木々の中では最も多く、風雨にさらされた幹はひときわ太く、まるで森のあるじたるように、たくましくそびえる木だ。

 改めて見やれば、樹齢は相当古いようである。

 

 ティナは一気に飛び上がると、軽い身のこなしで、てっぺんのこずえに立った。

 俺とタバサも頑丈そうな別の梢に降り立つ。

 

 心配してみればタバサは落ち着いている。

 スキルを使って何とか克服した俺とは違い、高所が苦手ではなさそうだ。

 あは、高所恐怖症が遺伝しなくて良かった。


 タバサは即座に念話を使う。

 勿論、ティナへだ。

 

『ねぇ、ここがティナのお気に入りの場所?』


『ええ、そうよ、タバサ。凄いでしょ?』


 ……タバサは完全に念話を習得したようだ。

 ティナとの会話もスムーズである。


『うん! 凄く高いね~、遠くまで見えるね~』


 タバサは「ぐるり」と見回して、360度の大パノラマを楽しんでいた。

 ティナが簡単に説明してくれる。


『見てタバサ! ここから南を見ると、王宮まで見渡せるわ。逆方向の北側は雪を被った山々が遠くに見えて本当に綺麗なのよ』


『ティナ、山って、大きな三角の形をした? てっぺんが白い?』


『うふ、タバサ、その通りよ』


『パパ、山はボヌール村の近くにはないよね? それなのに、ここにはたくさんあるねっ!』


『ああ、ボヌール村近辺に、低い丘はあっても、あんなに高い山はない』


 と、ここでティナが俺とタバサの会話に割り込んだ。


『タバサ、見てっ! 太陽の光が山に当たって、とても綺麗よ』


 ティナの言う通り……

 東に昇った太陽が、山々を美しく照らしていた。


 タバサはとても感動したのだろう。

 山々を指さして叫んだ。

 

『本当だ! 眩しい、綺麗!』


 そして更に俺にも。


『パパ、ほら見て! 山が太陽の光で輝いてすっごく綺麗!』


『だな!』


 俺が同意すると、

 今度はティナがタバサへ、誇らしげに尋ねて来る。


『どう? タバサ。どうしてここが、ティナの一番好きな場所なのか分かる?』


『うん、分かるよ、ティナ。素敵なふるさとだよね?』


『うふふ、私アヴァロンが大好き! 大好きなふるさとなのっ!』


『分かるよ! タバサもパパもここが大好きになったもの』


 偶然に、妖精アルベルティーナを助け……

 妖精の王国アヴァロンへ足を踏み入れた俺とタバサ。


 王都に続き、我が愛娘が父親の俺とふたりきりで、旅した想い出のひとつとなるに違いない。


 俺とタバサへ与えられた人生の時間が終了し……

 やがてこの世を去る際、この風景は己が生きたあかしを振り返る素敵な記憶のひとつとなる。

 タバサと寄り添い、美しいアヴァロンの景色を見据える俺は、そう確信していたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 素晴らしい景色を充分に堪能した後、

 3人は一緒に降下し、再び地上へ……


 大地を踏みしめた俺達は再び歩き始める。

 頃合いと見た俺は、考えた『話題』を持ち出した。

 敢えて肉声を使う。


「ティナ、どうする?」


「どうするって?」


「俺が最初に話した予定を思い出してくれ」


 と、ここでタバサがフォローしてくれる。

 空気を読んで肉声を使った。


「そうよ、ティナ。ウチの村へ行こうって話だったじゃない……タバサのふるさとボヌール村へも遊びにおいでよ」


「…………」


 『親友』のタバサに誘われたが、ティナは無言となってしまった。

 辛そうな表情で、固く唇を噛み締めている。


 やはりと、俺は思った。

 彼女の父ベリザリオに関係があると。


「ティナ、心配しなくて大丈夫だ。俺からぜひ村へ、という話をお前のお父さんにするから」 


「え?」


 ティナは驚き、目を見開いていた。

 どうして分かるの?

 私の気持ちが?


 そんな心の波動が俺の心へ伝わって来る。


「ティナ、その件ではお前と相談だが……」


 俺は一旦、ひと呼吸入れる。

 何となく思うけど、

 この『間』が……大事なんだ。


「まずはティナの気持ちを聞きたい。本当に俺達の村へ行ってみたいかどうかだ、素直に答えてくれ」


 尋ねたら、少しだけ口ごもったが……

 ティナは、はっきり意思表示する。


「……行きたい!」


 うん!

 だったら、次に告げる事で最終確認だ。


「よし! それならお前のお父さんも一緒にどうだ?」


「え? お、お父様も?」


 案の定、タバサは意外という顔付きをした。


「ああ、村ではお父さんと一緒に過ごすもよし、俺とタバサの家に来るのもよし、宿屋に泊まるも良し、空き家があるからティナだけ、独り暮らしをしても構わない」


「…………」


「村で暮らすルールはあるけれど、それさえ守ってくれれば、基本的にお前が望む暮らし方で構わない」


「…………」


「それと、村に居る時、不明な点や困った事があったら、気軽に何でも俺とタバサに相談してくれ」


「で、でも……」


「大丈夫だって! 俺がお父さんを……ベリザリオさんを説得する」


「…………」


「実は今夜、ベリザリオさんとは、話す約束をしている」


「…………」


 またも無言のティナ。

 片や、タバサはそんなティナを見守っている。


 よし!

 ここでダメ押しだ。

 どこぞのヒーローのように『必殺技』を出そう。


「それと……オベロン様とティターニア様の許可はもう取ってある。多分、お父様は嫌とは言えない、いや、絶対に言わさない」


「え? オベロン様とティターニア様にも……」


「そうさ! 大丈夫! OKを貰っているんだ。そして責任は全て俺が取る。ティナがお父様から叱られないように必ずする。約束するよ」


 熱く語った俺へ、ティナはぽつり。


「……ケンは凄いね」


「おう!」


 と答えた俺へ、

 ティナはおそるおそるという感じで尋ねて来た。


「で、でも……ケンは何で、私にそこまでしてくれるの?」


「そんなの当たり前だ」


「当たり前?」


「俺はタバサとティナのパパだ!」


 きっぱりと、俺が答えを返した瞬間。

 ティナの目から、「どっ」と涙があふれた。

 顔もくしゃくしゃになる。

 口から嗚咽が漏れる。


 分かってる、分かってるさ、ティナ。

 俺に全てを任せれば良い。

 何も心配する事なんかない。

 

 俺はこれ以上、ティナから『取材』するつもりはなかった。

 詳しい事情はベリザリオから聞けば良い。


「タバサ、ティナ、おいでっ!」


「パパ!」

「パパぁっ!」


 手を大きく広げた俺は、

 胸に向かって飛び込んで来たふたりの愛娘を……

 優しく、そしてしっかり抱きしめていたのだった。

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