第30話 「妖精の国アヴァロンにて②」

 暫し歩くと、1台の馬車が停まっていた。

 果実の様な形状をした独特なデザインの馬車だ。

 御者席には妖精らしき若い男がひとり座っていた。


 また馬車を牽引けんいんするのも普通の馬ではない。

 ケルピーと呼ばれる美しい妖精馬である。


 人間より小柄な妖精用だけに、馬車の客席は少々狭かったが、

 俺とタバサ、ティナの3人はどうにか乗る事が出来た。

 ティナの父ベリザリオは自分の配下らしい若い男と共に、御者席に乗った。


 ぴしり!

 と鞭が鳴る。

 出発の共通合図であり、ゆっくりと馬車が走り出す。


 客席は四方を壁に囲まれ、声が漏れる心配はない。

 念話を使って話してもタバサが訝しがるので面倒である。

 何かわけありらしいティナとじっくり話すのは、俺とふたりきりの時が良さそうだ。


 このような時はとりとめのない雑談が一番である。


 何を話そうか……

 そうだ!

 折角アヴァロンへ来たのだから、俺の子供の頃の話をしよう。

 突如そう思った。


 俺の故郷と、妖精の王国アヴァロンは直接関係はない。

 風景だって、荘厳な北欧森林風のアヴァロンと、のどかな田園風景といった前世日本は似ても似つかず、何の脈絡もない。


 そして旧き良き俺の故郷は、開発により、永遠に失われてしまった。

 最早、俺の心にしか残ってはいない。


 しかしアヴァロンの自然がもたらす清々しさ、ストイックさが、

 俺の心に何かを訴えた。


 アヴァロンの風景を見て……

 何となく、消えてしまった夢魔リリアンを思い出したのだ。


 夢魔リリアンは人間の少女サキ・ヤマトに転生し、俺は彼女と運命的な再会を果たしたけれど……

 亡くなったリリアンと俺が作った『想い出』はまた別のものだ。

 一生大切にしたい宝物なのだ。


 リリアンが夢の中で見せてくれた、失われた故郷の風景がひどく懐かしい。

 管理神様との約束、サキとの兼ね合いで表だっては言えない。

 だが……

 俺の腕の中で幸せに満ちて、息絶えた彼女を想うと……

 今でも俺は、身も心も壊れそうになる……


 タバサに、そしてティナに俺の故郷の話を聞かせたら、必ず喜んでくれる。

 ふとそう思ったから。

 幻の故郷への『想い』をふたりにも継いで欲しいと思ったから……


「タバサ、ティナ。いきなりだけど俺の故郷の話をして良いかい?」


 そうふたりへ尋ねたら、


「パパ! 話して!」

「ケン! いえ、パパ、ぜひ聞きたいわ!」


「じゃあ……」


 俺は軽く息を吐いてから、話し始めた。


 真っ蒼な広い空。

 流れる、白い千切れ雲。

 大きく、ゆっくり流れる川。

 土で出来た、高い土手。


 狭い河川敷。

 整地されていない、石がいくつも転がった野球場。

 イカの燻製くんせいでザリガニを釣った用水路。

 カエルがうるさく鳴き、トンボが飛ぶ小さな池。

 大きなカブトムシが、たくさん居る雑木林。


 春になると、ピンクのレンゲソウが咲く田んぼ。

 白い蝶が、飛び遊ぶ畑。

 舗装されていない乾いた土の道。

 風雨にさらされ古びた家が、並ぶ町並み。

 その中にある、自分の家。


 初恋の相手クミカ・サオトメとの出会い……

 旧き記憶が、リリアンが見せてくれた夢の記憶と交錯する。

 子供の頃の記憶、大人になったリリアンが俺へ見せてくれた夢。

 新旧ふたつの大切な想い出が、素敵なハーモニーとなる。


 ふとタバサを見やれば……

 彼女は泣いていた。

 俺から聞いたクミカの哀しき運命が、故郷の風景と重なったに違いない。


 タバサが急に嗚咽おえつし、吃驚したのはティナである。


「ど、どうしたの? タバサ」


「う、うん……ちょっと……ね」


「ケン、何故タバサが泣いてるの?」


「うん……」


 俺が少し口ごもると……

 すかさずタバサが俺を助けてくれる。

 涙にまみれた顔で必死に訴える。


「パパ! パパのお話、ティナにしても良い?」


 一瞬だけ考えたが……

 俺は決めた。


「ああ、構わない。ティナへ、話してあげなさい。お前とティナ、ふたりきりの時が良いと思う」


「うん!」


 大きく頷くタバサを見て、何かを感じたに違いない。

 ティナも同じように、大きく頷いていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 馬車は更に走り、

 いきなり森が開けた。


 一面に芝生が植えられた広大な敷地に、建物が立っている。

 馬車同様、不思議で独特なデザインだ。

 前衛的なデザインのシュールな雰囲気である。

 敷地の一画には、見た事もない花が咲き乱れていた。


「ケン、ここがアヴァロンの王宮よ。オベロン様、ティターニア様が住んでいらっしゃるの」


 ティナのナイスガイドで、俺は目的地に到着した事を知る。

 いよいよ、オベロン様達に再会出来るのだ。

 久しぶりのご対面だ。


 馬車が停まり、やがて扉が開けられた。

 俺が先に降り、まずティナを、そしてタバサを降ろしてやった。


 相変わらず姉妹のように戯れ合うタバサとティナ。

 更にふたりとも、俺に甘えまくる。


 その様子を見た、ベリザリオは大きくため息をついた。

 父と娘の間には、何か葛藤があるに違いない。


 断られたら仕方がないが……

 ここは俺から打診してみよう。

 タバサやティナには知られたくないから、当然ふたりきり限定の念話で告げる。


『ベリザリオさん』


『……何でしょう?』


『良かったら、俺と少し話さないか?』


『……貴方と私が?』


 ベリザリオは少し驚いたようだ。

 まあオベロン様とのやりとりで、妖精との会話には慣れている。


『嫌ならば強制はしないが……ティナと貴方の間には何があるのか聞かせて欲しいんだ。相談に乗れるかもしれない』


 俺がそう言うと、ベリザリオは考え込んでいる。

 そして、


『……普通なら』


『普通なら?』


『誠に失礼な言い方だが、人間に私的な事情などは話さない』


『…………』


 相変わらず慇懃いんぎんで冷たい言い方だが、

 裏腹にベルザリオが放つ心の波動は温かい。


『しかし……ケン様。貴方は我が主オベロン様とティターニア様の和解に際し、尽力してくれた』


『…………』


『今あるアヴァロンの平和は、貴方のお陰と言い切って過言ではない』 


『……そう言って貰えるのは光栄だね』


『加えて、今回は私の娘の命を救う為、悪魔と戦ってもくれた』


『…………』


『ケン様……貴方は信用出来る方だ』


『と、いう事は?』


『ええ、回りくどくなったが、ケン様、貴方に相談したい。……何卒宜しくお願い致します』


 最後に……

 ようやく俺の提案を受け入れたベリザリオ。

 険しかった彼の表情には、ほんの少しだけ安堵の色が射していたのだった。

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