第5話 「レイモン様とご相談」

 キングスレー商会に『宿のあっせん』を頼みに行ったら……

 マルコさんから突然言われた。

 

 『やんごとなき方』……つまりレイモン様が俺に会いたいと望んでいるって。

 多忙だけど、何とか都合がついて大丈夫だって。

 そんなわけで急遽きゅうきょ、王宮へ向かう運びとなった。


 以前レイモン様がお忍びでボヌール村へいらして以来だから、会うのは久しぶりだ。

 だから実のところ、タバサは既に、レイモン様とは会っている。

 但し、その時レイモン様は俺の変身魔法で擬態している。

 素のレイモン様とは似ても似つかぬ別人の『モーリスさん』となっていたから、表向きには初対面なのだ。


 商会が用意した馬車に乗り込んだ俺とタバサ。

 事情が全く分からず、車内で戸惑うタバサへ……

 これから会うのは宰相レイモン様だと伝える。


 但し、王国宰相だと職名を告げても、スケールが大きすぎて8歳の女子には理解しがたい。

 

 タバサが今迄接したやんごとなき方は、オベール様迄。

 爵位だってオベール様は騎士爵。

 片やレイモン様は公爵。

 爵位を言ったらますます混乱するだろう。

 なので、俺達が住むヴァレンタイン王国では『2番目に偉い人』だと伝えておく。


 さてさて、

 王宮へ行く段取りは、クラリスと行った時と全く同じ。

 但し今回の『付き添い』は、会頭チャールズ・キングスレー氏が別件で不在。

 なので、幹部のマルコさん、ひとりのみである。


 マルコさんいわく、伺うのはやはり王宮内にある宰相執務室。


 やがて案内役の騎士と共に王宮内へ入り、厳しい身体チェックを何度も受け……

 途中で再び何度もチェックを受けた。


 そんなこんなで……

 やっと宰相執務室前へ到着する。

 例によって巨大で重厚な両扉の両脇には、これまた屈強な騎士がひとりずつ、計ふたりで頑張っている。


「タバサ、着いたぞ」


「うん……パパ……」


 そ~っと、上目遣いに俺を見るタバサ。

 声もひどくかすれている。


 あらら……可哀そうに……

 王宮が持つ独特なプレッシャーと、ここへ来るまでの身体チェックによるストレスで、すっかり疲れ切っている。

 後で回復魔法をかけておいてやろう。


 今回チャールズ会頭の代役を務めるのは、やはりマルコさんだ。


「殿下! ご指示により、例のお客様とそのご令嬢をお連れしました」


 と声を張り上げれば、聞き覚えのある声が戻って来る。


「分かった、入室を許可する」


 そしてマルコさんへ、重ねて指示が出た。


「但し、お客様と娘さんだけを通すように。マルコ、お前は別の場所で待機しておけ。その上でおふたりを時間通りに迎えに来てやってくれ」


「了解です」


 とマルコさんは、即座にレイモン様へ返す。

 次には俺へ、


「ではケン様、お嬢様、後ほど、お迎えにあがります」


 と言い残して、ここまで先導して来た案内役の騎士と共にどこかへと去って行く。

 すると、あるじの声を聞いていた護衛役の騎士が執務室の扉を開けてくれた。


 案の定というか、開いた扉の向こうには……

 長身痩躯のレイモン様の姿があった。

 俺とタバサを見て、にっこり笑う。


 こうして……

 俺はレイモン様と2度目の再会を果たしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 レイモン様は相変わらず気さくである。


 もう会うのは通算3度目。

 なので、俺に対しては完全に心を開いている。

 応接の長椅子ソファに座るよう、俺とタバサへ勧めてくれた。


 そして何と!

 自ら香りの良い紅茶と高価そうなショートケーキまで用意してくれた。


「君はケンの娘さんだね? 私はレイモン、王国宰相だ」


「レイモン様?」


 可愛く首を傾げるタバサ。

 宰相と名乗られても、やはりどのような方なのか、ピンと来ないらしい。

 と、ここで俺がすかさずフォロー。


「タバサ、この方は国王陛下の弟君さ」


 と言えば、タバサは吃驚びっくり


「えええっ? 王様の弟さん? じゃ、じゃあ! やっぱり偉い方なのね?」


 改めて、という感じで、タバサは立ち上がり、深くレイモン様へお辞儀をする。


「タ、タバサ・ユウキです。初めまして! レイモン様」


「ははは、しっかり挨拶が出来て偉いね、それにパパ似で可愛いね。さあ良ければどうぞ」


 レイモン様から温かい紅茶と、美味そうなケーキを勧められ……

 タバサは俺をじっと見る。

 「食べて良いのか?」という彼女のアイコンタクトだ。


「遠慮なく頂きなさい」


 と、俺が告げれば、タバサは笑顔で「はい!」と頷いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 タバサが夢中でケーキを「ぱくついている」

 すると今度はレイモン様が、思わせぶりに俺へ視線を投げかけて来た。


 これは……

 初めて会った時のように、レイモン様が神託を受けたという合図だ。

 管理神様が何か大事な用件を伝えたに違いない。


 で、あれば念話と肉声を上手く交えて使おう。


『レイモン様、もしかして……俺の出自をお知りになった時同様、また神託を受けられたのですか?』


『そうなんだ。しかし、大変な事になったようだね? 怖ろしい悪魔共が出て来たなんて』


『はい、それで……レイモン様はどこまでご存じなのでしょうか?』


『ケン。君がアールヴの国イエーラで悪魔と対峙し、隣国ロドニアをも巻き込まんとする大きな陰謀を何とか食い止めたと告げられた』


『ええ、何とか……』


『しかし安心するのはまだまだ早いと。悪魔達のあるじ、魔王がいずれ地上へ出て来るとも……ね』


『レイモン様の仰る通りです。それに俺も昨夜、改めて神託を受けました』


 俺はそう返し、管理神様から告げられた内容の概要だけを告げた。

 だって……

 俺と戦女神いくさめがみヴァルヴァラ様が愛し合っているなど、レイモン様には全く不要の情報だから。


『成る程……地上に覇権を打ち立てんとする魔王と悪魔共に対抗する為、ケルトゥリ様、ヴァルバラ様ふたりの強き女神が我々に味方してくれると……』


『はい! おふたりとも、我々の心強い味方です』


『うむ! そして、世界の生きとし生ける者は皆、しっかり心の絆を結べという神様のご指示がくだった……か』


『はい! 俺にはロドニアの事情も勝手も分かりません。しかしアールヴの国イエーラのソウェル、イルマリ・ハールス様とはよしみを通じました。ぜひレイモン様をご紹介したいと思っていますし、あちらも会見を望んでいます』


『うむ! こちらもイルマリ様と会うのに異存はない。ロドニアとの交渉方法はとりあえず私が考える。悪いがケン君、まずは私とイルマリ様との会見の段取りを組んでくれないか?』


『了解です。内々でお会いするのなら……転移魔法でお忍び訪問されるか、この前みたいに夢でもお会い出来ますよ』


『助かる! ではまず君の特別な魔法を使い、私の夢の中でイルマリ様とはお会いしよう。その上で実際に会うのがお互いにとって良策だ』


『ありがとうございます。では1か月以内のスケジュールを調整し、都合の良い日を俺に教えてください』


『ははは、スケジュールか? まあ夢の中だからな……昼間行った政務の負担が少なく、安眠出来る日が望ましいから……ええっと、この日とこの日かな?』


 こうして……

 話はまとまった。

 管理神様から託された架け橋構築の第一歩を踏み出せた。


 見やれば……

 タバサもケーキを食べ終えたようだ。


 応接の壁に何枚か架っているクラリスの描いた風景画を見ながら……

 俺は思い出した。


 おおっと!

 すっかり忘れていた。

 レイモン様へおみやげがあったんだ。

 多分、彼が一番喜ぶモノである。


 俺は収納の魔法を使い、持参したクラリスの描いた『新作』を出した。

 驚いたレイモン様、そしてタバサ。

 

 そう、俺が持って来たのはボヌール村の風景画。

 レイモン様は懐かしそうに絵を眺め、とても遠い目をした。

 今は亡き奥様が生まれた故郷ふるさとでの、素敵な想い出が甦っているに違いない。


 打合せが終わったら、タバサも交え、『肉声』を使い……

 3人でレイモン様の亡き奥様の故郷、またはボヌール村の話でもしよう。


 俺がその旨を念話で告げると、レイモン様は了解した。

 そして嬉しそうににっこり笑い、大きく頷いたのであった。

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