第19話 「対峙、再び①」
ここは広き大陸の北部、アールヴの国イエーラ。
その王都フェフ郊外にある深い森……
周囲は人家など一切ない未開の地だ。
今の時間はといえば、前世の日本で言えば草木も眠る丑三つ時。
誰もが寝ている夜。
日付けはとっくに変わってしまった深夜だ……
もう少しのところで一触即発しそうになったアールヴの長ソウェル――イルマリ様を何とか説得した日……否、もう翌日だ。
何故、こんな場所にひとりで居るのか?
答えは簡単。
そう、俺は『ある者』から念話でここに呼び出されたのだ。
今回起こった問題の大部分がほぼ解決して……
今日は夜が明けて朝飯を食べたら、ボヌール村へ帰還しようとしていたのに。
それは前触れもなく、突然来た呼び出しである……
「必ずひとりで来るように」と執拗に念を押す言葉と、聞き覚えのある嫌らしい声に凄くヤバイ気配を感じた。
だから、
いつもの俺なら、こんな時間、こんな場所へ出張るなどしない。
もろ罠の可能性も大きいし……
それをわざわざ、危険を冒してでも来たのは理由がある。
今回の案件で唯一残った大きな問題であり、会う相手が相手だからだ。
俺が見据える視線の先には……
見覚えのある漆黒の
そう!
あの場から、「ぱぱっ」と煙のように要領よく消え去った、悪魔メフィストフェレスである。
この野郎!
「面倒な後始末を押し付けて、さっさと逃げやがって」
と言いかけて、俺はやめた。
もしも激しく糾弾したって相手は悪魔。
価値観も倫理観も人間とはまるで違うだろうから。
管理神様同様、思いっ切りスルーされてしまうだろう。
とりあえず会話のキャッチボールをして、相手の目的等を聞いてから、俺が知りたい事を尋ねよう。
俺が「じいっ」と奴の顔を見やれば、さすが上級悪魔。
凶悪な人外とは思えないほど優しそうな笑みを浮かべている。
ああ、虫も殺さぬこの笑顔。
全然害のなさそうな雰囲気を醸し出している。
この人懐こい笑顔にあっさり騙される奴って、たくさん居るんだろうなぁ。
口はめっぽう上手そうだからつい乗せられて契約して、あれよあれよという間に魂を喰われちゃったとか……
つらつら考えていたら、奴は何と丁寧に一礼する。
ああ、こいつ、どこまで紳士の皮を被っているんだ。
『良く来ましたね、ケン・ユウキ。いえ……いえ、やはり呼びやすいですから、ふるさと勇者のケンさんとお呼びましょう』
『…………』
『こんな時間に、こんな場所。寒いし、面倒くさいじゃないですか? 正直なところ、ケンさんは絶対に来ないと思いましたよ』
俺が絶対に来ないと思ったって?
はぁ?
……良く言うよ!
お前の呼び出しを受けた際に感じた。
「もしも無視してすっぽかしたら、どうなるのか分からないぞ」
っていう凶悪な脅しの気配をビンビン感じたのにさ。
だからはっきりと告げてやる。
『俺だってこんなシチュエーションは嫌だ……でも仕方ないだろう? お前の誘いを無視すれば後が怖そうだし、多分これから長い付き合いになるだろうから……』
思わず口に出た言葉。
自分でも不思議だった、邪悪な悪魔と『長い付き合い』だなんて。
本当はごめんこうむりたい。
完全に無視したい。
でもこいつとバックに居る大いなる
絶対に
案の定「良く分かっていますね」という感じでメフィストフェレスは「にやり」と笑う。
『ふふふ、さすがケンさん。とても懸命なご判断です。ところで……あのおバカなソウェルを上手く丸め込んだようですね?』
おバカなソウェル?
こいつ、相変わらず口が凄く悪い。
それに「さくっ」と器用に逃げて、俺へ全てを丸投げした癖に、ふざけた野郎だ。
まあ、ここはこいつがアホ扱いするイルマリ様のフォローくらいはしてやろう。
『いや、イルマリ様はけして愚か者ではないさ。ただ真っすぐ過ぎるだけだ』
『ほう! 真っすぐ過ぎる? それは言い方をちょっと変えただけで受け止め方も変わる、敢えて角を立たせない……そういう気配りの意味ですね?』
『うるさい! 彼自身、根は良い人だから、邪心のない優秀な補佐役が居れば、立派にイエーラの国民を率いる事が出来る筈さ』
『成る程! たとえリーダーの資質を持たざる者でも優秀な他者の力を引き出す事に長ければ何とかなる……結局、貴方はそう仰りたいのですね? うむ、これはこれは勉強になります』
俺の意見に同意しながらも、相変わらず人を喰ったような独特な物言い。
一応褒められているが、全然嬉しくない。
メフィストフェレスの口調は悪魔特有のものだ。
なおメフィストフェレスと俺との会話は全て心と心の会話、念話である。
『ふん、好きに想像してくれ。じゃあ今度は俺からいくつか質問しよう。俺の事をどこまで知っている?』
俺が尋ねると、メフィストフェレスは得意げに胸を張る。
『良いでしょう。貴方の質問にお答えします。……ケン・ユウキ。異世界からの転生者。レベルはほぼ99。現在はヴァレンタイン王国ボヌール村村長兼オベール騎士爵家宰相。いくつかの戦いを経て多くのスキルを身につけた。その力は中級神にも匹敵する……まだまだありますが、面倒なので、はしょりました。簡単に言えばこんなところでしょうか?』
『やたら長いな。お前の口上は少々長すぎるが……大体OKだ』
そうは言ったが、こいつ……凄く良く調べている。
というか、面倒くさいから大部分は割愛して、
「説明を最低限の容量にまとめました」という感じだ。
俺が少し皮肉ると、メフィストフェレスはまた「にやり」と笑う。
『ふふ、長きに亘り、ご清聴ありがとうございます』
こいつ、敢えて言わないが、やはり「おまえの事はもっともっと知っているぞ」という口ぶりだ。
下手に隠しても、全て見通しているとでも言いたいのだろう。
俺は軽く息を吐き、更に問い質す。
つかみどころがない奴なので、ズバンと直球を投げ込む。
『次の質問だ。お前が仕える、大いなる
俺が単刀直入に聞けば……
『はい! それも特別サービスでお教えしましょう。前任の方が去ってから、
言い回しが微妙だが……
前任の方が去ってから、暫く空位だった魔界の長?
『魔界の長』って、やはり魔王じゃないのか。
もしも魔王なら、こいつみたいな悪魔の主としてピッタリはまる。
はっきり言える。
相手は、モノ凄い強敵だと。
やはり簡単には行きそうもない。
クーガーの時以上の厄介ごとになりそうだ。
ほぼ予想通りとはいえ、俺は荷の重さに大きくため息を吐いたのである。
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