第17話 「諭す勇者①」

 怒れるソウェル……

 イルマリ・ハールス様の強く鋭い視線を受け、俺はゆっくりと首を横に振った。

 そして淡々と告げる。


「イルマリ様、いくらにらんでも怒っても凄んでも無駄です」


「な、何!? む、無駄だと? アールヴの長たるこの私をうやまい、おそれないのか?」


「ええ、確かに貴方はアールヴの長ソウェルであり、素晴らしい魔法使いだ」


「うむ! 良くわかっているではないか」


「……しかし畏れません。俺はかつて強大な魔王や怖ろしい悪魔と戦った。貴方など全く怖くありません」


「ななな、何ぃっ!! こ、怖くないだとっ! 畏れないだとぉ! な、生意気なぁ! たかが愚かな人間の分際で! 取り消して、ひざまずき謝罪せよ!」


「…………」


「さもなくば! 小虫のようにひねりつぶすぞ!」


 「虫のように潰す」と脅されても俺は至極冷静だった。

 心がとても平穏だった。


 激昂げきこうし、叫ぶイルマリ様を見ても、全然平気なのである。

 逆に相手が熱くなるほど、こちらは冷静になり落ち着いて来るのだ。


 イルマリ様だけじゃない。

 悪魔メフィストフェレスや奴が仕える『大いなるあるじ』だって怖くはない。

 

 怒りと憎悪、そして殺意。

 襲いかかる凄まじい負の感情。

 生じる不安や恐怖を克服しているのは、けして特別なスキルの力だけじゃない。

 

 俺は、はっきりと実感する。

 負の感情を『無効化』しているのは、転生の際に管理神様から貰った素晴らしい『勇気のスキル』だけではないのだと。


 じゃあ、一体何だって?

 はっきりと答えられる。

 ベタな言い方をすれば、俺の心にある『愛と誠意』だ。


 あれ、いい年してセリフが青い、臭すぎるって笑う?

 ごめん、普段の俺とは違い、今は真面目な気持ちなんだ。

 

 笑わないでちゃんと聞いて欲しい。

 

 異なる世界で出会い……俺をひたすら慕い愛し……

 悲しい別離をしてから……

 フレッカは懸命に努力し、研鑽けんさんを重ねた。

 そして祖父の跡を継ぎ、一族の長ソウェルとなった……

 

 その後、フレッカはソウェルとして立派に職務を全うし、亡くなった。

 数千年、寂しさと孤独に耐えた。

 

 しかし!

 俺と必ず再会する。

 彼女はくじけず、あきらめず……

 強い決意は永遠の別離――死さえをも克服した。


 フレッカは死してから……

 ぼうだいな時間といくつもの次元を超え、俺が存在する遥か遠きこの世界へ……

 辛く長い旅をして、ようやくたどりついた……

 

 フレッカは、この世界に……

 別人格アマンダとして生まれ変わった。

 やがて前世の記憶を取り戻し、俺と運命の再会をとげた。


 健気なフレッカが愛しい。

 しっかり抱きしめたい。

 二度と離したくない。

 俺は……彼女の一途で真っすぐな愛に応え報いたい!


 愛するフレッカを守り、大切な家族の一員として迎え入れ、絶対に幸せにしてやりたいという男の誠意!

 そんな熱い気持ちが「ふつふつ」と真っ赤なマグマのように心の中で煮えたぎっている。

 

 下手な不安やちっぽけな恐怖なんか、あっさりはねのけるほど力強い……

 凄まじい音をたてて、天高く吹き上がっている。 

 「絶対にやり遂げなくては!」という、強い使命感が、俺の心に満ちあふれているのだ。


「イルマリ様、俺をいくら脅しても無駄です。どう言われても臆しませんし、絶対に退きません」


「くっ!」


「イエーラの国民の為に! 偏った考え方を、そして誤った行動を、省み改めてください」


「何だと!」


「イルマリ様。貴方の言行不一致は目に余る」


「私が言行不一致!? ふ、ふざけるなぁ!!!」


「……イルマリ様、もう少し冷静におなりなさい。俺の諫言かんげんを聞き、良く意味を考えてください」


「くううう……」


「俺の事を悪魔と勘違いしてから、貴方は興奮し過ぎだ」


「むう……」


 俺が諭す言葉が届いているのか……

 イルマリ様はまず口汚く罵る事をやめた。

 表情が徐々に柔らかくなって行く。


 惑いと迷いがあるイルマリ様。

 彼の美しい碧眼を見つめ、俺は更に言う。


「俺もそうですが……誰しも気持ちが熱くなりすぎれば、正しい判断と行動が出来なくなる。一国を率いる施政者としてはマイナスにしかなりません」


「ぐう……」


 唸り続けるイルマリ様。

 ここで俺は敢えて問う。


「改めてお聞き致します。イルマリ様、何故貴方はかねを否定されるのですか?」


「馬鹿者! ひ、否定するのは当たり前だっ。金など汚らわしいし、卑しい。そして人間が作ったいびつなシステムだからだ」

 

 金が汚らわしい?

 卑しい?


 違う!

 違うよ!


 確かに完全なモノとは言い切れない。

 だが金は……通貨システムは……人類の英知だ。

 

 金と人間に対するイルマリ様の曲がった思いは、単なる偏見でしかない。

 人間に対する見方といい、変なフィルター越しに物事を見るからそういう考えにおちいる。

 ここは真実を知らしめる為に、「ガツン!」と言うべきだろう。


「……成る程。イルマリ様、全てが完全な間違いです」


「ま、間違いだと!?」


「はい! ご説明致しましょう。まず金とは……労働の対価たる象徴シンボルなのです」


「労働の対価たる象徴……」


「思い起こして下さい。イルマリ様、どうかイメージして下さい。そもそも労働とは気高いものです」


「労働とは、気高いと……イメージする……」


「そうです! 例えて言えば……イルマリ様が愛する家族の為、イエーラの国民の為に日々汗して働く姿は美しい。そして素晴らしい……今回のように危機が発生した際、即対処する為に急ぎ駆けつけた姿は雄々しく凛々しい。俺はそう思います」


「うぬう!」


 金は美しい労働の対価たる象徴。

 自分が国民の為に働く姿に例え、言い切った俺に対し、イルマリ様は反論出来ず唸るしかない。

 

 ここが攻め時とばかりに、俺は更に言い放つ。


「さて……そもそも金は、古来より行われた物々交換が発展したものだといえます。つまり古来より行われて来た方法が単に仕組みや形状を変えたに過ぎない」


「…………」


「金の持つバランスが崩れ世界が混乱する。またはミスリル貨、金貨、銀貨、銅貨等々……貨幣の品質が劣り価値が下がる物、忌まわしい偽物が出回るデメリットは確かにあります。しかしメリットの方が遥かに大きいのです」


「メリット? たかが金にそんなモノがあるのか?」


「おおありです。金には世界全てを支える力があります。その力とは派手でもあり、地味でもある」


「な、何? 金は派手でもあり、地味でもあるだと?」


「はい、極端な言い方をすれば、金は世界全ての労働、そして富へ置き換える事が出来ます。そこまでの大きなスケールを持っております」


「…………」


「一方、地味に人々の暮らしをも支えます。例えば食料や水などと違って金はすぐ劣化しない。ほどよい大きさで持ち運びも便利。この広き世界の各国各地でいつでもどこでも使う事が可能です」


「…………」


「これらのメリットを考えたらアールヴだって、金を大いに利用すべきなのです」


「むうう……」


「それにあくまでも俺の私見ですが……貴いか、卑しいかとは、金の使い方によるとは思いませんか?」


「何? 使い方だと?」


「ええ、金とはイルマリ様や俺が使う魔法。または凄い威力を持つ究極の武器とも同じではないでしょうか? 使う目的ひとつで人々の役に立つか否か、結果が全然変わって来る」


「むう……使う目的ひとつで人々の役に立つか否か、結果が全然変わって来る……金は魔法や武器と同じか……」


「はい! それとさしたる理由もなく、貴方は人間族を始め、他種族を酷く見下していらっしゃる。はっきり言ってつまらぬ偏見だ」


「何? つまらぬ偏見……だと?」


「そうです! アールヴ族が長きに亘って持つくだらない偏見なのです」


「むうう……」


「確かに人間に情けが無用な悪人は居る。絶対に許せない愚かしい奴も居る。だが誠実で立派な者も尊敬出来る者も大勢居るのです」


「…………」


「人間は長命なアールヴに比べれば生きられる時間は極端に短い。だが限られた人生を燃やし尽くそうと必死に頑張っている者がたくさんおります。愛する者と死に別れても、深い悲しみや辛さを耐え、乗り越えようと邁進まいしんする者だって居るのです」


「…………」


「俺はこの世界へ転生して、多くのいろいろな人間に出会いました。そして改めて知ったのです」


 そうだ!

 言い切って実感する。

 俺はたくさんの人達に出会った。

 

 いろいろな人が居た。

 人間だけではない。

 妖精や天界の神様だって居た。

 お互いに分かり合えた人も、どうしても折り合わなかった人も、単にすれ違っただけの人も居た。

 

 しかし……

 この世界に生まれて来た者全てが、持てる力を尽くし、助け合い、己の人生を精一杯生きている。

 この世に生まれ生きたあかしを残そうと必死に頑張っている。

 そして……

 次に生きる世代へ、素敵な財産を残そうと邁進まいしんしている。


「…………」


「例えば、俺の第二の故国ヴァレンタイン王国には、貴方の常識をひっくり返す事も可能な方が、素晴らしい人間がひとり居るのです。つまらぬ偏見を含めて……貴方を必ず変える事が出来る。俺もお会いして大きなモノを学び得ました」


 俺はそう言い……

 心の中に、ある人物を思い浮かべたのであった。

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