第13話「遺書」
ケン・ユウキ様
レベッカ・ユウキ様
ユウキ家の皆々様
皆様がこの手紙を読む頃、私はこの世には居ないでしょう。
ボヌール村へ再訪する事が叶わず、とても残念ですが、私は亡き夫に出会う為の旅へとうとう出発したのです。
長く困難な旅となるでしょうが、今の私は希望に満ち溢れております。
この世界の……いえ全く違う世界かもしれませんが、どこかで私を待つ夫と再会する期待と共に、彼に話す事、伝えたい事がたくさんあるからです。
夫と再会したら、ふたりで暮らした王都の懐かしい思い出話をするのが本当に楽しみです。
更に私がボヌール村で過ごした素晴らしい日々の事を話したら、彼はどんなに羨ましがるでしょう。
そしてケン様、レベッカ様、ユウキ家、ボヌール村の皆様と運命的な出会いをした事を心から喜んでくれるに違いありません。
人生は出会いと別れの連続といいますが、皆様とのご縁はまさに言い得て妙でしょう。
王都の片隅でひっそりと生きていた名もなき職人の私が、偶然ケン様、レベッカ様と出会った事が縁で大勢の皆様と知り合い、深い心の絆を結び、そしてまた再会を期して別れるのですから。
皆様は誰にも告げた事のなかった私の夢をいろいろ叶えてくださいました。
敢えて弟子を取らなかった夫と私ではありますが、ケン様とレベッカ様には私達の素敵な後継者となって頂きました。
おふたりの作品を拝見させて頂きましたが、まさに夫唱婦随という言葉を具現化した素晴らしいものでした。
確信しました。
夫と私の作品はケン様とレベッカ様により、そして次代の後継者の方によりずっと受け継がれて行くでしょう。
職人としてこんなに嬉しい事はありません。
これだけでも心の底から喜ばしいのにレベッカ様からはお生まれになったお子様の命名役までお任せして頂きました。
生まれた子供の名前を付けるだなんて、私にはもう絶対に叶わない事だと思っていましたから感激です。
そして予想だにしなかったボヌール村への旅は私の人生を根底からひっくり返すような衝撃的な旅でした。
王都から出て、一回くらいはどこかへ行きたいという夢がこんな形で叶うとは……
それまで王都から一歩も出た事のなかった私が……
真っ青な空の下……広大な草原をまっすぐに貫く街道を荷馬車に揺られて、草の香豊かな清々しい大気の中を行く……
生まれて初めての旅行は、まるで別世界に居るような気分でした。
どきどき浮き浮きしながらも、傍らに亡き夫が居ればなぁと……大変残念でなりませんでした。
ボヌール村へ着いて、改めて吃驚しました。
ケン様から、ユウキ家が大家族であると事前にお聞きしていましたが、これほどまでとは思わなかったからです。
同時にずっと夫とふたりきりで暮らして来た私が皆様と上手く折り合えるのかと不安にもなりました。
しかしそんな心配はすぐに杞憂だと分かりました。
皆様はとても温かく私を迎えてくれましたから。
ボヌール村に着いた日に頂いた夕食……
村の名物と言われているハーブ料理を食べた時は大変な衝撃を受けました。
以前王都で店の上得意様からご招待頂いた一流レストラン以上の素晴らしいものだったからです。
そして年寄りの私に、全ての料理が食べられるよう気を遣って頂いた優しい気配り……
私は喜びに身を包まれながら、夫にもこの素晴らしい料理を食べさせてあげたいという思いでいっぱいになりました。
その夜お招きいただいたユウキ家の『女子会』も絶対に忘れる事は出来ません。
まるで自分の娘のようなケン様の奥様達と気兼ねなくざっくばらんに話す事は今迄に全くない新鮮な経験でした。
何でも全て夫に話そうと思っている私ですが、女子会でのやりとりだけは内緒にしようと思っています。
なんたって男子禁制の会ですから。
翌日から始まったボヌール村の暮らしも驚きの連続でした。
農村の様子など、本で読んだり、話に聞いていただけの私は生きた家畜や収穫前の実っている野菜を見て感動しました。
ご好意でお邪魔させて頂いた村の学校の給食の事、その後で子供達と楽しく遊んだ事も夫へぜひ話したいです。
残念ながら夫とふたりでは『だるまさんがころんだ』は遊べませんが、
『じゃんけんのあっちむいてホイ』ならば可能です。
ちなみに夫は大の負けず嫌いなので、きっと勝つまでやめないでしょう。
子供達に『ばぁば』と呼ばれた時にはさすがに驚きましたが、
よくよく考えてみれば、そう言われても全くおかしくない年齢です。
いつもは年寄り扱いされると腹の立つ私ですが、何の抵抗もなく受け入れる事が出来て、もう呼ばれる度に嬉しくなるくらいでした。
巷で言う孫が可愛くてたまらないというのは、あのような感覚なのでしょうね。
孫達と一緒に食事をし、一緒に遊び、一緒に寝るという素晴らしい夢も叶いました。
子供が居ない私は孫なんて関係ないと強がっていましたが、撤回します。
孫……最高に可愛いです。
ケン様からボヌール村では子供も働くと聞き、我が儘を言い、私も村の仕事をさせて頂きました。
こうして鞘職人以外の仕事をするという密かな夢も叶いました。
家畜の世話や野菜の収穫などの農作業、大空屋の弁当売りや店番もとても楽しかったです。
楽しい時はあっという間というのはその通りで、夢のような5日間はすぐに終わってしまいました。
正直、私は王都へ帰りたくなかった。
もっともっとボヌール村で暮らしていたかった。
村を出る時に別れを惜しむ皆様のお声をお聞きして、私はつい感極まってしまいました。
でも……どんな素敵な夢もいつかは覚めるものなのです。
ボヌール村に未練を残しつつ、私は王都へ帰りました。
また通常の日々が戻って来ました。
亡き夫をしのび、店を営む日々が。
でもこれまでとは全く違います。
そっと目を瞑れば……
武骨ですが優しい夫の笑顔だけではなく……
澄み切った真っ青な空、限りなく広い緑の草原、そしてボヌール村の皆様の晴れやかな笑顔もはっきりと浮かんで来るのです。
そう!
夫に思いを馳せるのは変わりませんが、今の私には第二の故郷ともいえるボヌール村があります。
頼もしい息子と優しい娘達、そして私が命名したアンジュ達可愛い孫が王都に居る私へ手を振ってくれるのがはっきりと分かるのです。
夫しか家族の居なかった私に大勢の家族が居る!
そう考えると、私の生活には今迄にない張りが出て来ました。
だけど私の人生に残された時間はあまりない事も承知しています。
敢えてお伝えしていませんでしたが、少し前から私は何度か体調を崩し、「夫の下へ行くのだな」と覚悟した事があります。
ボヌール村へ伺った際、体調は良かったのですが、いつまたそうなるか分かりません。
もし私が死んだら、全ての事は隣家のシャンタルに頼んであります。
この手紙の送付、葬儀、店の処分等も含めて……
皆様、改めて御礼を申し上げます。
私の人生を彩る素晴らしい思い出をたくさんくださり、本当にありがとうございました。
そして夫と再会した私が皆様と、いつかどこかでお会い出来る事を願ってやみません。
では、また……
オディル・ブラン
……やはり悪い予感は当たってしまった。
オディルさんは逝ってしまったのだ……
否、彼女の愛する旦那様に再会する為に遠い世界へ旅立ったのである。
「ダーリン……」
手紙を読む俺の様子を見て、もう何が起こったのか、レベッカは察したようだ。
タバサは唇を噛み締め、両拳を固く握り、立ちつくしている。
アンジュとローランはまだ大声で泣いている。
「レベッカ、タバサ、オディルさんはとても喜んでくれたよ。俺達しっかり恩返し出来たんだ。彼女と出会えて本当に良かったんだ」
俺は何とかそう言うと……
オディルさんの『最後の手紙』をそっとレベッカに渡したのであった。
※『素敵な思い出を貴女に』編は、これで終了です。
ご愛読ありがとうございました。
もっともっと続きが読みたいぞ! とお感じになりましたら、
作者と作品へ、更なる応援をお願い致します。
皆様のご愛読と応援が、継続への力にもなります。
暫く、プロット考案&執筆の為、お時間を下さいませ。
その間、本作をじっくり読み返して頂ければ作者は大感激します。
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