第38話「レイモン様がやって来た!①」
アマンダさんがボヌール村に来てから3か月が経った。
もう彼女は王都の名物宿屋『白鳥亭』の女将ではない。
ウチの嫁ズ同様、村の一員として様々な仕事をこなしている。
畑で汗と泥にまみれたり、「ぶうぶう」「コケコケ」うるさい豚やにわとりの世話をしたり……
抜けるように白い肌も、野外労働ですっかり日焼けしてしまった。
だがアマンダさんに不満そうな様子はない。
むしろ逆で、ようやく俺に巡り会え、悲願が叶った歓びに満ち溢れていた。
実は来月、俺とアマンダさんは結婚する事になっている。
村内で行う地味な結婚式だが。
彼女はこのボヌール村が終着点といったが、今度は俺達家族と共に違う旅に出る。
結婚は新たな旅のスタートになるのだ。
そんなある日……
ボヌール村は超が付くVIPを迎える事になった。
あの妖精王オベロン様に匹敵するくらいの。
そう、俺が休暇を勧めた王国宰相レイモン様がお忍びでやって来るのだ。
遂に政務の調整が出来て、僅かだが1日半という短い休みを取る事が出来たのである。
村訪問の段取りだが……
当然非公式なので、隠密裏にこっそりと。
例によって、そっくりに擬態した妖精猫ジャンと王宮の執務室で入れ替わる。
レイモン様自身も容姿を全く変え、別人の旅行者になりすまし、俺と共に転移魔法で村近くの街道へ移動。
俺がたまたま出会った旅行者という形で村に1泊し、明日、旅立つという設定で王都へ帰る。
善は急げ!
村を出て、暫し馬車で走り、お昼前に転移魔法で王宮へ行った俺は同行したジャンをレイモン様に擬態させ、じっくり打合せをさせた。
レイモン様は擬態したジャンを見てやっぱり驚いていたけど……
俺の人生を神託で走馬燈的に見ているから、驚愕とまではいかなかった。
身代わりとなるジャンだが、万が一ボロが出ると大騒ぎとなるので、基本的には書斎にこもって読書三昧という事にしてある。
食事も書斎で独り摂るという形で、ルームサービス的なもの。
もう一回いろいろ確認をした後……
ジャンに後を託して、俺とレイモン様はボヌール村街道付近まで跳んだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移魔法の不思議な感覚から、あっという間に周囲の景色が変わり……
気が付けば、執務室から見知らぬ原野の雑木林に居る事に気付いたレイモン様は「ぽかん」としていた。
俺はそんなレイモン様に構わず、空間魔法で仕舞ってあった荷馬車を出し、自由にさせておいたベイヤールを念話で呼び戻した。
ベイヤールにハーネスを付けて、荷馬車に乗るよう促すと、レイモン様は呆れたように苦笑した。
平然と、慣れた様子で、とんでもない魔法を連発する俺に少しドン引きしたのだろう。
そのレイモン様は、当然擬態している。
金髪碧眼から、短髪の黒髪にダークブラウンの瞳にチェンジ。
容貌ももっとエキゾチックな雰囲気に。
色白の肌も健康的に日焼けしており、いかにも旅行者という趣きがある。
服も俺が用意したものに着替えている。
平民の魔法使いが着るようなラフな
これだけの仕様変更で、誰が見てもレイモン様とは分からない。
ちなみに名前は事前に考えていたらしく……モーリス・ボナールにして欲しいと告げて来た。
閑話休題。
今日も天気は快晴。
吹く風は気持ち良い。
いくつもの森が点在する広大な草原を貫く街道に入った荷馬車は、あまり速度をあげず、ごとごと進む。
俺には見慣れた超が付く田舎の光景だが……
レイモン様は若かりし少年の頃、父王と視察に行って以来なのだろう。
とても懐かしい……感無量という面持ちで風景を眺めていた。
暫く荷馬車を走らせると……
レイモン様が話し掛けて来る。
「今回の事件はとんでもなく、且つ後味が非常に悪かった。だが……ケンのお陰で助かった。そしてアマンダさんの話で私の心は救われたよ」
レイモン様に報告するにあたり……
最後に起こった『奇跡』も伝えようと考えた。
俺の事情を知っているレイモン様には隠し事をしない方が良いと思ったからだ。
当然、アマンダさんことフレッカには事前の了解を取った方が良いと思い、先にOKを貰っている。
逆にレイモン様の奥様との悲恋もアマンダさんに伝えて良いかと聞き、こちらもOKを貰ったのだ。
レイモン様の話を聞いたアマンダさんは大いに同情し、ぜひ力付けたいと言ってくれた。
俺の魔法には驚くレイモン様だが……
アマンダさんことフレッカの恋話には絶句していた。
そして感動のあまり、声をあげて、男泣きしていたのである。
無理もない……
フレッカの長い長い旅こそ、俺との運命的な再会こそ……
亡き奥様との再会を目指すレイモン様の夢を、実現したと言い切れる奇跡の出来事なのだから。
「ケン、……私はアマンダさんと話してみたい。彼女から不屈の力が貰える気がする」
「ええ、ぜひお話しください」
「ああ、でもまずはアマンダさんにしっかりと謝罪しなければならない。王都の治安悪化は宰相たる私の責任だから……遅まきながら償いもするつもりだ」
「…………」
「その後、彼女の旅の話をいろいろ聞いてみたいんだ」
「…………」
「ああ、気持ちが奮い立つ! 私は絶対に希望を捨てないぞ。君といい、クミカさんといい、アマンダさんといい、真摯な愛が大いなる奇跡を起こしたのだからね」
レイモン様はそう言うと、晴れやかに笑ったのである。
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