第10話「奴らへ罠を仕掛けろ!③」

 バスチアン一味のアマンダさん拉致実行部隊のリーダー、ギャエル・ブルレック。

 奴を禁断の魔法で支配した俺は、速攻で『命令』を出すと、転移魔法でジャンの待つ北正門付近へ跳んだ。


 ジャンは俺の指示通り、透明状態のまま待機していた。

 その上、単に待っていただけではなく、周囲の状況をちゃんと確認していた。


『ケン様、敵もさるもの引っ搔くものですぜ。見て下さい、この北正門にも監視役が居ます』


『むむ、成る程な……』


 そう、ジャンの言う通り、バスチアンの指示に抜け目はなかった。


 この北正門にも見張りを数人置いていたのである。

 また先ほど監視していた奴らもこちらに来て、更にふたりほど加わっていた。

 このまま、アマンダさんが来るのを待ち伏せするらしい。


 状況を見て、俺はジャンと改めて相談した。

 もしや北正門の守衛も完全に買収されていて、アマンダさん(に擬態したジャン)が出るのを阻止され、この場で確保される可能性もゼロではないと考えたのだ。


 しかし……

 白鳥亭へ来る客を妨害する奴らを、街中の衛兵がさりげなくお目こぼしする……

 のとは違い、北正門には多くの目がある。


 衆人環視の中でアマンダさんを拉致する派手な行動をしたら、さすがに目立つ。

 奴らがそんな目立つ事をするのだろうか?


 まあ、可能性はけしてゼロではない。

 アルドワン侯爵の権力がどれくらいのものか、俺は知らないが、なりふり構っていないのなら奴らが強行する場合もある。


 だが、アマンダさんが旅立ち、王都には不在という既成事実を作らねばならない。

 なので予定通り、北正門から出ようという事になったのだ。

 いざという時には、俺が助けるしかない。

 そのような場合も想定済みだ。


『じゃあ、ケン様、行ってきますぜ』


『ああ、頼む』


 タイミングを見て……

 ひと目のない場所で、ジャンは透明状態を解除、アマンダさんに擬態した姿を現した。

 そして北正門へ進むと、やはり見張りの視線が一斉に注がれた。


 しかし幸いというか、『最悪の展開』にはならなかった。

 奴らは襲い掛かって来たりせず、遠巻きに見張っているだけ。


 ジャンは「気ままな旅に出る」そう守衛に告げ、無事に北正門を出る事が出来たのである。


 でも、お約束というか、バスチアン一味はそのまま諦めたりはしなかった。

 5人ほどが北正門を出て、アマンダさんに化けたジャンをぴったりと尾行したのだ。


 だが「王都を出て、旅立った」という既成事実を作ればこっちのもの。

 奴らを罠にかける今回の作戦はここまで


 街道を歩くジャンは、いきなりダッシュ。

 打合せ通り、街道脇にあった雑木林へ飛び込んだ。

 当然、尾行していた奴らも、ジャンを捕まえようと続く。


 ここでジャンは擬態を解除。

 当然、脱ぎ捨てたアマンダさんの服は瞬時に俺が空間魔法で回収。


 またも『標的』を見失い、右往左往する奴らを尻目に……

 一匹の黒白ぶち猫は、ゆうゆうと雑木林を出た。


 そして透明状態の俺とジャンは合流し、転移魔法でさっさとボヌール村へ戻ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 自宅に戻ってすぐ気が付いた。

 アンジェリカことアマンダさんの気配がある。

 浮き浮きした楽しそうな波動が伝わって来る。


 当初は大空屋へ宿泊する筈だったアンジェリカは、我がユウキ家へ泊るという事になったようだ。


 ジャンと目配せし、頷いた俺は『籠っていた部屋』を出てすぐ大広間へ向かった。

 果たして……

 大広間に現れた俺とジャンを、アンジェリカは嬉しそうに迎えてくれた。

 「俺達が無事で良かった!」という安堵の波動も、彼女から伝わって来る。

 ホッとして、にっこり笑っている。本当に可憐だ。


「ケン様、もう夕食ですよ」


 そしてクッカとリゼットもはっきり宣言。


「うふふ、旦那様、アンジェリカさんは今夜はウチに泊まります」

「そうです、旦那様、今夜は徹夜かもしれませんよ」


 クッカとリゼットに加え、アマンダさんと面識のあるグレース、レベッカ、ミシェル、クラリスは仲良くして当たり前かもしれないが……

 俺が改めて見れば……

 会った事のないクーガー、ソフィ、サキ、そしてお子様軍団までが、とびきりの笑顔を浮かべていた。


 おお、凄いなアンジェリカ!

 初めて、ボヌール村へ来たのに、初めてユウキ家へ来たのに!

 もう完全に我が家へ溶け込んでいる。


 でも、リゼット……今夜は徹夜って何?

 ああ、そうか、分かった。

 例の『女子会』の開催も同時決定なんだな。


 俺には見える。

 簡単に想像出来る。

 お子様軍団が寝てしまった後、話が弾みまくる嫁ズとアンジェリカの姿が。

 

 王都での思い出話は勿論……

 今は遥か遠く天へ旅立ってしまった、ベアトリスの話で盛り上がるのだろう……


 俺は一瞬だけぞっとした。

 あのまま、白鳥亭へ残していたら……

 今頃アンジェリカはどうなっていたのかと。

 奴らの手に落ちていたのは、ほぼ確実だった。

 

 やはりボヌール村へ連れて来て良かった。

 何とか、アンジェリカを救う事が出来た。

 ベアトリスを失い、ぱっくり開いた、心の大きな穴をこれ以上広げないで済んだ。


 今度は俺から、そんな安堵の気持ちを込めて報告する。

 当然、念話である。


『アマンダさん、いやアンジェリカ、まだ全ては終わっていないが、とりあえず上手く行ったよ。それにイエーラの実家には明日、魔法鳩便を飛ばしておこう。あてがない、気ままな旅行に出たって連絡しておけば家族に心配されない』


『何から何まで……ありがとうございます。ケン様とジャンちゃんが無事で何よりです』


『安心して、留守中の白鳥亭も心配ないから』


『え? 白鳥亭も?』


『うん、もし奴らが無理やり、鍵のかかった扉を開けようとすると……』


『扉を……開けようとすると?』


『魔法水晶に仕込んだ、俺が声色を使った女性の大声で、火事よぉ! と叫ぶようにしておいた』


『え? それって?』


『ちょっと変な声だけど、女性の悲鳴が響き渡れば、すぐ野次馬がたくさんやって来る。大勢の目にさらされたら、白鳥亭に押し入るどころじゃなくなる』


『…………』


『そうなれば、奴らは泡を喰って、一斉に逃げ出す。転ぶ奴だって居るかも。ははは……面白いだろう?』


『うわぁ……確かに可笑しいですね、それ』


 俺の『警報装置』を聞いたアマンダさんは……

 すぐ悪党達が吃驚して逃げる場面を想像したらしい。

 

 大笑いしそうになるのを、口に手をあて、慌てて押さえた。

 そしてさも面白そうに「くっくっ」と可愛く笑ったのである。

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