第9話「奴らへ罠を仕掛けろ!②」

 尾行していた相手を突然見失い、右往左往しているバスチアン・ドーファン一味。

 魔法により透明になった俺とジャンは空中に浮かんでいた。

 大体10mくらいの高さから……

 奴らを俯瞰するような形で見下ろしている。


 OK!

 ここまでは、想定した通りの展開だ。


 しかし、ドーファン一味はすぐに動き出した。

 この場にただ居ても、仕方がないと思ったのだろう。

 アマンダさん(に化けたジャン)の行方を追うらしく、一味の半分は路地を戻り、またどこかへと駆け出して行く。


 半分は残り、付近のどこかの家へ駆け込んだと思ったのか、辺りを睥睨へいげいしている。

 中には、手当たり次第に民家の扉を叩き、出て来た住民を押しのけ、中を覗き込むとんでもない輩も居た。


 そんな中、リーダーらしき中年の男は比較的慌てず、部下に指示を出していた。

 完全に手慣れている。

 ベタな言い方だが、こいつらは『プロ』なのだ。


 やはり愚図愚図してはいられない。


『よし、ジャン、打合せ通り作戦継続だ。既成事実を作る。王都の北正門から、アマンダさんはあてのない旅に出た。もしかしたら、故郷のイエーラへ帰ったかもしれない……そう奴らに印象付けるからな』


『了解っす』


『お前を転移魔法で送るから、姿を隠したまま北正門付近で待機してくれ。俺はあいつに仕掛けを施して後から行く』


 俺はリーダーを指さした。

 そう、こういう時は全員に対処せずとも、頭を押さえれば良い。

 これまでの経験則から、俺は充分認識していた。

 

『仕掛け? うわぁ! あいつ超可哀そうっすね』


 俺の言葉を聞いたジャンは、両手を挙げるオーバーアクションで反応した。

 顔を思いっきりしかめ、苦笑している。

 以前、俺から受けた『お仕置き』を思い出したようだ。

 

 一方、俺は鼻で笑う。

 従士であり親友でもあるジャンに対するお仕置きには深い愛がある。

 だが、外道で悪党のこいつらにかける情はない。


『ふん、自業自得さ、頼むぞ』


『OKっす!』


 歯切れの良い返事と共に、ジャンは消えて居なくなった。

 俺の転移魔法で跳んだのである。


 ジャンの『転移』を見届けた俺は地上へ降り立った。

 依然として透明且つ気配も消している。

 なので、当然奴らは気付かない。


 地上へ下りた俺の耳に……やりとりする奴らの声が聞こえて来る。


 けして大声で話さない。

 潜めるような声だ。

 奴らはそんな小さな声でのやりとりでも、しっかり意思疎通出来るよう、日頃から訓練している……

 そんな感じであった。


「おい、あの女を絶対に逃がすなよ」


「へい」

「合点でさ」

「ひっ捕まえて、ボスの所へ連れて行きます」


 やはり俺の勘は当たっていた。

 こいつら……アマンダさんを無理やり拉致し、バスチアンの下へ有無を言わさず連れて行くつもりだったのだ。


 よし、こういう時こそ禁呪を使おう。

 まずは束縛の魔法でほいっと、こいつの自由を奪う。

 早速、魔法が発動され、リーダーは身体を硬直して動けなくなった。


 腕組みをして、リーダーの正面に立った俺は、念話で呼び掛ける。

 心も読んでいるから、名前も分かる。


『おい、ギャエル・ブルレック』


『な、何だ!? 貴様、何者だ!』


 いきなり自分の身体が縛られ、心に、知らない男の声が聞こえたら……

 普通はパニックになる。


 だが、さすがに悪事の場数を散々踏んだリーダー。

 良い度胸をしていた。

 ギャエルは驚きながらも、わめいたり、取り乱したりはしなかったのだ。


 まあ、これくらいは想定内。

 俺はギャエルへ淡々と告げる。


『貴様はバスチアン・ドーファンの腐れ手先だ。しかし俺の為にも働いて貰おうか』


『な! 何故、俺達がバスチアン様の配下だと知っている?』


『ふん、そんな事、お前に説明する必要はない』


 声だけが心に響く。

 相手の姿は見えない。

 いつもは優位に立っているのと違い、主導権を握られている状況に、ギャエルは悔しくて堪らないようだ。


『く、くそ! 貴様の姿が見えない!』


『ああ、見えないだろうよ』


『き、貴様ぁ、もしや……魔法使いだな!』


『そうだよ』


『畜生! この俺がいきなり自由を奪われ、気配さえ掴めないとは!』


『ははは、お前達は金と脅迫、権力と暴力で人々を屈服させ、全てを押し通して来た。だがな、遥かに上の力で今度は俺が、お前達を潰してやるのさ』


『う、上の力だと! 身の程知らずめ! お、お前、死ぬぞ!』


 こういうセリフは悪党の常套句だ。

 自分達の背後に大きな権力がある事を匂わせ、相手をひるませようとする。

 しかし……

 俺には、全く無駄な行為である。


『おいおい、人の心配より、自分の心配をしたらどうだ?』


『お、お前は、俺達の恐ろしさを知らないんだ』


 こいつは相変わらず、俺を怯ませようとするのか?

 ならば、はっきり言ってやろう。


『恐ろしさ? お前のボスのバックに居るアルドワン侯爵の事は知っている』


 俺がズバリ告げてやると、さすがにギャエルは動揺した。


『な、知っていて! 何故だ!』


『そんな外道、身分が貴族だろうと、何者であろうと関係ない、成り行きによっては一緒に死ぬからな』


『な! 何だと!』


『それより、お前の魂はこれから俺に支配される。これはな、太古から忌み嫌われた禁呪だ』


『俺が支配される? き、禁呪だとぉ!?』


『ああ、面白くなるぞ』


『お、面白い?』


『うん! お前は俺の言う通りに動く。ギャエルよ、今すぐ死ねと命じられれば、喜んでホイホイ死ぬだろう』


『そんな! や、や、やめてくれ! う、うわぁ!』


『はぁ? お前みたいな悪党の泣きごとや悲鳴は聞こえんな、あらよっと』


 そう言い捨てると、俺は容赦なく禁呪を発動させた。

 以前、暴走騎士フェルナン・モラクスを心変わりさせた魔法の凶悪バージョンである。

 ※アンテナショップとお祭り編 第30~31話参照

 

 あの時はフェルナンの心の奥底にあるヒーロー願望を突出させたに過ぎないが、今回は相手の魂を完全に支配し、意のままに操る鬼畜魔法だ。


 瞬間!


『ぎゃああああああああ……』

 

 断末魔の叫びと共に、ギャエルは俺の『操り人形』となったのである。

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