第7話「ありがとう!②」
到着したベアトリスは、木造平屋(屋根裏部屋付き)の俺の家を興味深そうに眺めていた。
事前に「こういう家だ」と説明していたから、戸惑いはないみたい。
出迎えて貰い、家まで来たが、まだベアトリスの紹介自体はしていない。
何故ならば、嫁ズと共に、子供達も居たからだ。
さっきも言ったが……
子供達の前で、『幽霊』を紹介は出来ない。
つまり『お化け』の話などするわけにはいかない。
いくら「このお姉ちゃんは良いお化けだよ」と言っても、子供達にとっては同じだから。
もし理解してくれたとしても、「わあわあ!」と可愛く大騒ぎになるのは間違いない。
そうなれば、狭いボヌール村の事、ガストンさん含め村民が何事かと駆け付けて来る。
彼等を納得させる理由を考えるだけで、大変になってしまう。
なので、俺は嫁ズへの紹介方法を考えた。
結果、夕飯までの時間……
都合のついた者が来て、防音の魔法をかけた俺の部屋で、引き合わせする事に。
その時、初めて
ベアトリスと出会い、家へ連れて行くと……
嫁ズへ念話で連絡した際、そんな方法も一緒に伝えておいた。
俺が部屋へ戻り、ひと息つくと……
早速、嫁がふたりやって来た。
当然と言うか、予想通りと言うか……
一等最初に来たのは、リゼットとクッカである。
あのハーブ園を、我が家で最初に見つけたのはリゼット。
今はもう亡くなってしまったが……
当時、病気にかかった彼女の祖母へ、温かいハーブティーを飲ませてあげたい……
村の規則を破り、危険を冒して……ハーブ園へ行った。
その事がきっかけで……俺と出会った。
更に、今やハーブ園の運営はリゼットのライフワークだ。
彼女に並々ならぬ思い入れがあるのは確か。
一方、クッカも負けてはいない。
かつて女神であった頃の、彼女のふたつ名はお茶くみのクッカ。
ただ聞けばユーモラスな渾名だが、侮るなかれ。
……詳しく聞けば、ハーブティの知識に関しては先輩女神にもひけを取らなかったという。
俺の嫁になり、リゼットとハーブで意気投合してからは、ハーブの育成と料理習得にも張り切って挑んでいた。
閑話休題。
こういう時、俺が連絡するのは、リゼット、クッカ、クーガーである。
リゼットが、最初にハーブ園の『真相』を聞いた時、とんでもない大声を出して、周囲から不審に思われたそうだ。
後で聞けば、クッカも同様だった。
さてさて、まずは自己紹介である。
『リゼットです』
『クッカです』
『ベアトリスです』
それぞれ詳しいプロフを言わないのは、俺がこれまた事前にフォローして伝えている為。
限られた時間の中で、お互いに本題を思う存分話して欲しいから。
それでも、さりげない内容から会話は始まり……
会話が始まってすぐ、リゼットが頭を下げた。
『ベアトリス様、申し訳ありませんでした。貴女が丹精込めたハーブ園を、勝手に荒らしてしまって……』
この言い方はリゼットの気遣いだ。
彼女はハーブ園を荒らすなど、絶対にしていない。
西の森は、ゴブリンなど魔物が跋扈しているのは勿論の事……
肉食獣の狼や熊もたくさん居て危険だから、残念ながらひとりでは行けない。
だが、俺の都合が折り合い、護衛付きで行けた時には一生懸命ハーブの世話をしている。
そんなリゼットの気持ちを、ベアトリスはこれまたすぐ察したらしい。
『いえいえ……私の死後は……家臣は墓守りを除いて、殆ど別荘を引き上げてしまったでしょう……終いにはハーブの世話をする人も居なかったと思います。それを貴女達が見つけ、受け継いでくれて……私は嬉しいです』
『ああ、勿体ない! ベアトリス様……ありがとうございます』
リゼットは労いの言葉をかけて貰い、感動しているようだ。
そして、クッカも声が震えている。
『わ、私も……リゼットと、同じ気持ちです』
『クッカさん……』
『私、リゼットと話しました。旦那様が、ベアトリス様と巡り合い、ウチに連れて来てくれて本当に良かったって』
クッカがそう言うと、すかさずリゼットも叫ぶ。
『そうです! ベアトリス様のハーブ園のお陰で、人生が開けました。だからお礼をお伝えしたい! 私はあのハーブ園と巡り合い、子供の頃からの夢が叶い、将来への希望が持てました。ハーブ園は一生、ずっと大切にさせて頂きます!』
クッカも追随し、大きく叫ぶ。
『そうです! 私達だけじゃない、村をあげて、ずっとずっと! 大事にしますよ、安心して下さいっ!』
『あ、ありがとう! リゼットさん! クッカさん!』
ベアトリス、リゼット、クッカはお互いに顔を見合わせ、涙ぐんでいる。
ハーブに寄せる深い思いが、3人に強い共感を持たせたのだ。
と、その時。
ベアトリスは突如、俺に振り向いた。
見れば、彼女の顔は感極まって、くしゃくしゃであった。
目からは、大粒の涙があふれている。
『ケン! ありがとう! 本当にありがとう!』
ベアトリスは俺に会ってから、何度「ありがとう!」 と言っただろう……
しかし、彼女の感謝の言葉をいくら聞いても……全然薄っぺらくは感じない。
却って、俺の心に……
じんわりと温かいものが、深く染みて来たのであった。
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